ホラー耐性は生えてません
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次回の更新は6/12・金曜日です。
デミリッチとは、リッチやレイスが進化した上位種らしい。
そもそも高位の魔術師や呪術師が、暗い負の未練を遺して死んだときになるのがリッチやレイスなんだから、その上位種となれば当然強いわけで。
「負ける相手じゃないので、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」
「は、はひ……!」
凄まじい轟音で落ちてくる雷を、剣の一振りで軽やかに薙ぎ払うロマノフ先生はカッコ良いけど、そんな場合じゃない。
いや、先生が負けないっていうんだから大丈夫なんだろうけど、骨を鳴らして蠢く骸骨が不気味すぎて失神しそうです。
だけど、ここで踏ん張らないとバーバリアンの三人が危ない訳で。
黒い靄が渦を巻いた後で現れたローブに王冠の骸骨は、レグルスくんの誕生日プレゼントに憑依していたデミリッチが実体化したもので、何がおかしいのかケタケタ嗤いながらこちらに攻撃を仕掛けてきた。
なんかねー、リッチやレイスの死霊系アンデッドって物理攻撃効かないんだよねー。
氷柱や火の玉が降るなか、「やべぇな、俺足手まといだわ」と豪快に笑うジャヤンタさんの頭を、カマラさんとウパトラさんの二人が同時に張り倒して。
「ジャヤンタはお嬢さんと下がらせるけど、ワタシたちは?」
「私たちも足手まといだろうか?」
そう尋ねた二人にロマノフ先生が少し考えて出した答えは「邪魔ではないですが、お嬢さんを連れて逃げてくれた方が助かる」で、ヴィクトルさんは「念のためにラーラに『呼んでる』って伝えてくれる?」だった。
まあね、バーバリアンの三人が後退するなら、私なんて邪魔の極みじゃん?
だから一緒に避難をするもんだと思うじゃん?
でもそうはならなかった。
だって、デミリッチったら私を狙ってくるんだもん!
そんな状況でバーバリアンと一緒に逃げる訳にもいかないし、そんならロマノフ先生やらヴィクトルさんにくっついてる方が安全だ。
なので私はバーバリアンを早く逃がすために、使える付与魔術全部使って彼等の能力を上げまくり、ついでに自分と先生方の能力も上げまくり。
更にバーバリアンの後ろを守るため、結界張ってデミリッチを通せんぼジャストナウだ。
「素晴らしく堅固な結界だ。日頃の成果が出てますね」
「だねー。付与魔術もいい感じに効いてるし、どこに出しても恥ずかしくない上級魔術師だよ」
「ありがとうございますー! でもそんな場合じゃないー! 空飛ぶ髑髏ぉぉぉっ!?」
ビシビシと落ちてくる雷も氷の礫も、結界が通さないから怖くはない。ないんだけど、さっきから攻撃が少しも通らないことにイラついてるのか、骸骨の眼窩が物凄く紅く光ってて、気持ち悪いことこの上ないんだよ!
そんな私の心の悲鳴は、先生方には届かなかったようで。
「さて、どうするかな?」
「アリョーシャ、一思いにザクッとヤれば?」
「うーん、いや、それは簡単ですけど、ちょっと勿体無いかと」
歯軋りするような音に紛れて、カタカタとローブに王冠の骸骨が空を舞う。
舌があったら「キィッ!」とヒステリックに叫びそうな雰囲気だ。
なのにヴィクトルさんは指を弾くだけで、デミリッチが起こした上級魔術の炎の嵐を打ち消して「勿体無い?」と小さく首を傾げる。
「なんで?」
「鳳蝶君、神聖魔術が生えたんでしょう? だったら基礎の浄化を覚える練習台にデミリッチを確保しようかと」
「ああ、そういうことか……。たしかに、いい練習台にはなるね。デミリッチだし、基礎の浄化なら二、三度掛けたところで消えたりしないだろうから」
……なんか、怖いこと言い始めたよ?
神聖魔術の練習台って、そんな実験台みたいな。
話し合う二人の声が聞こえたのか、カタカタと骨を鳴らしてデミリッチが肉のない腕を振り上げる。
今度は氷と雷の合わせ技だけど、結界が全て明後日に弾き飛ばしてしまった。
うん、我ながらいい仕事してる。
「じゃあ、ある程度弱らせてから魔封じで封印して、何処かにしまっとこうか?」
「そうですね。戻ったら早速神聖魔術の先生を探さねば」
「善は急げだね」
うんうんと二人で頷いて決まっちゃったようで。
だけど、私としては承服しかねる。
「ちょ!? 嫌ですよ! あんな怖いので練習とか嫌です!」
ジタバタと腕を振って抗議すると、エルフの二人はその綺麗な顔を見合わせて、同時に肩を竦めた。
「神聖魔術の練習って、本場の桜蘭ではゾンビとかグールでやるんですけど、そっちの方が良いですか?」
「まだゾンビやグールよりは、デミリッチのが気持ち悪くないと思うんだけど」
「ひぇぇぇっ!?」
幽霊やら骸骨も嫌だけどゾンビはもっと駄目ー!
というか、いくらモンスターになったからって、あれは生前人間だった訳で。じゃあ生まれつきモンスターなら殺して良いのかとか、それは別の問題だから割愛するけど、倫理的に練習台とかどうなんだろう。
おずおずと尋ねると、先生たちは首を横に振った。
「寧ろ桜蘭ではゾンビやリッチを練習台にするのは、彼等への慈悲とされてますよ」
「アンデッドになる事自体が大罪だもんね。その罪から救い上げて昇天させてあげるんだから、神の慈悲って言ってるよ」
「おぉう……」
なんてこった!
天を仰ぎ見ると、今にも何か降ってきそうなほど、魔力が満ちていて空間が重い。
これは大きいのが来るかもしれない。だから結界を重ね張りして層を厚くすると、そこに凄まじい激しさの火柱が降ってきた。
火炎系上級魔術の中でも最上位クラスの魔術だ。
それでも結界の中にはなんの影響もない。
もう、お家に帰りたい。
デミリッチだってさっきの火柱で大分魔力を消費したのか、肩で息するように纏ってるボロボロのローブが激しく上下している。
なんか、お疲れ様です。
「先生、デミリッチお疲れみたいだから……」
「いやいや。もう少し魔力を使ったら飛べなくなりますから、それまで待機です」
「やー、あーたんの結界凄いね。何もしなくてもなんとかなったんじゃない? 僕、こんなに楽なデミリッチ退治初めてだよ」
朗らかに笑うヴィクトルさんとは対照的に、デミリッチの雰囲気が萎れていく。
ケタケタ嗤ってた白骨の顎も、今ではなんだかガチガチ歯の根が合わない感じだ。寧ろ震えてる。
ごめんよ、私が神聖魔術なんか生やしたばっかりに。
そりゃいきなり襲ってきた相手だけど、別に私はデミリッチを恨んでるわけでも憎んでる訳でもない。
サクッと倒すことに異論はないんだけど、あれ私だけで倒せるもんだろうか。
いや、でも、先生方は私のためにデミリッチを捕まえるって仰ってるんだから、出来たとしても勝手に倒しちゃったらまずいだろう。
嗚呼、殺るべきか殺らざるべきか、それが問題だ!
……じゃないし。
独りで勝手に盛り上がってる辺り、私も大分テンパってるんだな。落ち着け。
兎に角、デミリッチをここで逃がすことはあり得ない。
それなら倒すか、先生方が仰るようにある程度弱らせて封じ込めるか、二つに一つだ。
そして目の前のデミリッチは、肩で息するほど弱ってる。
はぁっとため息を吐くと、私は結界をもう一つ、森全体を覆うように張った。
逃亡阻止用の結界で、これに包まれると敵も味方も戦闘が終了するか、私が気絶して結界が消えない限り中から出られない。
ロマノフ先生とヴィクトルさんが目を軽く見開いた。
「おや珍しい、やる気ですね」
「逃げられて、またレグルスくんのプレゼントに憑依されても困りますし」
「もう今頃屋敷の中に入ってるだろうから、心配ないんじゃないかな」
ああ、そうか。屋敷と森は本来目と鼻の先。稼いだ時間的には、余裕で屋敷にたどり着いている筈。
じゃあ、目的は果たしたわけだ。
ほっと一息吐いていると、ロマノフ先生とヴィクトルさんが弾かれたように後ろを向く。
私もつられて後ろを向けば、屋敷の方から砂煙が凄い早さでこちらに近づいて来ていて。
『……ぃにーっ!』
こども特有の高い、けれど鋭く焦ったような声が聞こえて、段々と砂塵の中から小さな影が見え始めた。
同時に、それまで項垂れていたデミリッチが大きく身体を反らし、骨しかない両腕を天に乞い願うように差し出す。
バリバリと大きくて異様な黒い稲妻がその頭上に現れたかと思うと、デミリッチは腕を大きく砂塵に向けて放った。
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