一寸先はホラー
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件のカトブレパスは結局、Effet・Papillonで素材になりそうな物を一部買い取り、他は菊乃井の冒険者ギルドが他所に売りに出すことに。
ロートリンゲン公爵の元にカトブレパスの取り扱いについての使者に立ってくれたロマノフ先生に、閣下から「カトブレパスと、『初心者冒険者セット』と育成ノウハウを物々交換して欲しい」と申し出があったのだ。
私としては、うちの冒険者ギルドの専属教官になってくれた人との約束を果たすために、まず近隣に「初心者冒険者セット」を売り込もうと思ってたし、その近隣にはお隣の公爵領も含まれる。
渡りに船だから一も二もなく承知して、カトブレパスを売りに出したら付くだろう平均価格と同額分の「初心者冒険者セット」をお譲りしたんだよね。
でも、正直いって「初心者冒険者セット」が沢山売れても、Effet・Papillonは儲からない。あれはほぼほぼ慈善事業な金額設定だし、目的は利益を出すことでなく人材育成なので、将来への投資、或いは人という資産を増やすだけ。
更に取り扱いするのなら、初心者冒険者への講習を取り扱いする側で用意してもらわなきゃならない。その分だけ扱う側の金銭的負担が増えて赤字になる。
だから慎重に周りを説得していこうと思ってたところで、閣下からの申し出は本当にグッドタイミングというやつだったのだ。
閣下は領都の冒険者ギルドに命じて、菊乃井と同じレベルの講習を購入者に課し、また購入者に訓練も兼ねて領都の治安維持に協力してもらうという。この辺りも菊乃井と同じやり方だ。
ノウハウはうちの冒険者ギルドにあるので、それを提供する。
元々ロートリンゲン公爵は、私と誼を通じた事で、自領に初心者冒険者を保護する取組を行おうとしていたらしい。
しかし、領都の冒険者ギルドも旧男爵領の冒険者ギルドも、公爵の提言を断ったのだ。
領都の冒険者ギルドは、菊乃井と違って公爵領には腕のいい冒険者が集まっているとして、旧男爵領の冒険者ギルドはギルドマスターやら職員やら、不正の温床で男爵とズブズブだったことから、全職員の首をすげ替えたばかりでとてもそんな余裕はない、と。
冒険者ギルドに対して強制を課すことも、勿論領主には出来る。
だけどそれをすると、位階の高い冒険者はその街には寄り付かなくなることも。位階の高い冒険者は大概が自由を愛し強制を厭い、権力にものを言わせる領主を嫌うからだ。
名のある冒険者が来ない冒険者ギルドが廃れるなんてのは、以前の菊乃井の状況でお察し。
なので閣下としては、初心者冒険者への取組は「考えてほしい」くらいの話で終わらさざるを得なかったそうだ。
でも、今回のカトブレパス騒ぎで事情が変わったようで。
旧男爵領の冒険者ギルドは、領都の冒険者ギルドの傘下。
旧男爵領の冒険者ギルドは武功を求める冒険者たちに、暴れ狂うカトブレパスの討伐を緊急依頼として発注した。
しかしながら、蓋を開けてみればカトブレパスを退治したのは見下していた菊乃井領の冒険者ギルドから派遣された冒険者たちで、更には初心者冒険者が討伐に大きく貢献していたのだ。
翻って旧男爵領から派遣された冒険者たちは、我先にと武功を焦るあまり、お互いを盾にしあい、結局のところ全員揃って石化の呪いや毒のブレスの餌食になるというお粗末さ。
そもそも旧男爵領のギルドにいた冒険者は、領都の冒険者ギルドから、綱紀粛正のすったもんだで冒険者を集めることも叶わない旧男爵領のギルドへと紹介されてやって来た人たちばかり。
閣下は領都と旧男爵領の冒険者ギルドのマスターを呼び出して、菊乃井の初心者冒険者達の武功についてどう思うか問うてみたそうな。
すると二人とも神妙な面持ちで、菊乃井の初心者冒険者に対する取組を自分たちのギルドでも行いたいと言ったそうで。
領主やギルドが負う負担も承知の上での申し出だというなら、私の方に否やはない。
そんな訳で私は急いで次男坊さんに手紙を書いて、早急に用意できるだけの「初心者冒険者セット」を準備して公爵にお渡ししたら、カトブレパスが丸々手に入ったという。
なんという藁しべ長者。
カトブレパスの両目は加工すれば石化の呪具になるし、反対に石化の呪いを反射するアクセサリーや防具にもなる。
皮は硬くて良い鎧や盾の材料になるし、骨も石化効果を付加した武器の材料になるとか。
最初は全部売ろうかと思ったんだけど、ローランさんが「両目は鳳蝶様が持っといてくんな」と言うので、ありがたくEffet・Papillonで安く買わせてもらった。
献上するって言われたけど、売れば安くても両目で金貨10枚にはなるんだから、そんなわけにいかない。
だって流石の変異種。
ヴィクトルさんにカトブレパスの目を鑑定して貰ったら、猛毒の邪視って効果も付いてたんだもん。
これって上手く加工すれば石化反射に猛毒反射のアクセサリーが作れるってことだし。
あれこれ話し合って、本当に安値で買わせてもらったんだよね。
なにか大事があった時に使わせて貰おう。
そうした問題が片付いた頃、菊乃井に初雪が降った。
新年まであともう少し。
「今年の大晦日はラ・ピュセルのコンサートをやるんでしたよね?」
「はい。今、舞台設営のために大工さんに頑張ってもらってます」
リビングの暖炉の前は、本日も盛況。
ソファに掛けたロマノフ先生の質問に答える私の前には、姫君からいただいた蜜柑の入ったパウンドケーキと、蜜柑を皮ごと使って作ったジャムを溶かした紅茶が。
同じく蜜柑ジャムを溶かした紅茶を飲みながら、ヴィクトルさんが進捗を教えてくれた。
「歌の方は大体仕上がってるよ。あーたんが去年歌った『歓喜の歌』も、ユウリのお陰であの子たちにも歌えるくらい簡単な歌詞に出来たし」
「去年のまんまるちゃんの歌は、古典的な言葉が多かったからね」
「はぁ」
ラーラさんの言葉に少し首を傾げる。
私は「歓喜の歌」の原文をそのまま歌っただけで、皆の耳にどう訳されて聞こえたかまでは解んないんだよね。
でも、祝福するような歌詞だったのはなんとなく解ると、奏くんは言ってたっけ。
蜜柑のパウンドケーキを一切れ、フォークで切って、お膝のレグルスくんのお口に入れると、返礼なのかレグルスくんもフォークにパウンドケーキを突き刺して「にぃに、あーんして」と食べさせてくれる。
ケーキの大きさが若干大きいから、一口では食べきれない。
噛み千切ると、まだ「食べて」と言わんばかりに、ケーキの残りが刺さってるフォークをぐいぐい押し付けられる。
その様子に、宇都宮さんがアワアワとレグルスくんを止めに入ってきた。
「レグルス様、お兄様まだお口の中にケーキが入ってらっしゃいますから」
「んー、にぃに、ケーキなくなった? まだ? もうたべた?」
何故こんなにレグルスくんはぐいぐい来るんだろう。
とりあえず、口にあるのを飲み込んでしまうと、レグルスくんにまたパウンドケーキを食べさせられる。
美味しいんだけど、なんかこう、沢山口に入れられると、ケーキに水分持ってかれちゃう。
またパウンドケーキをフォークに刺して口元まで持ってくるレグルスくんを止めて、私は紅茶をくびくびと飲み干した。
皮の苦味と身の甘味が程好く紅茶の中で混ざってるのが、とても美味しい。
ふはっと息を吐いたところで、ラーラさんが小鳥のように僅かに首を傾げた。
「もしかして、ひよこちゃんはまだ諦めてなかったのかい?」
「へ?」
なんのことだ?
レグルスくんを見ると、唇を尖らせてラーラさんの方に顔を向けて。
「だって! ラーラせんせー、うそついたもん!『にぃにはのびるよ』っていったのに、にぃに、ぜんぜんのびないもん!」
「嘘なんかじゃないさ。まんまるちゃんの背は順調に伸びてるからね」
「は? 伸びる? 背? なんのことです?」
そう言えば去年の今頃、伸びる伸びないっていう話をしたような記憶があるけど?
問うようにレグルスくんを見ると、ぷすりと丸い頬を膨らませた。
「ラーラせんせー、にぃにのおなかへらすかわりにのびるっていったのに、にぃにのおなかぜんぜんのびない!」
「んん?」
「もしかしなくても『伸びる』ってまんまるちゃんのお腹がお餅みたいに伸びるかってことだったのかい!?」
ふはっとラーラさんが笑ったのと同時に、ごふっとヴィクトルさんとロマノフ先生が噎せる。
ぷうっとぶすくれたままのレグルスくんを見るに、そういうことだったみたいだけど、それなんてホラー。
びよーんっと伸びる自分の腹肉を想像して、私は白目を剥いてしまった。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




