月日は癒しの御手のごとし
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四人が件のカトブレパスに接触した時、集まった冒険者達ははっきりと二種類に別れていた。
カトブレパスと戦闘をしているものと、戦闘不能者の二種。
このカトブレパス、どうやら突然変異種だったようで、石化の魔眼以外に猛毒のブレスも使うので、戦闘不能者は石化の上に毒までくらっていたそうだ。
それで、我らがエルフ三英雄とサンダーバードの二つ名を持つ晴さんは二手に分かれて、ロマノフ先生と晴さんはカトブレパス退治、ヴィクトルさんとラーラさんは戦闘不能者の回収と治療に当たったとか。
幸いなことに、先生達の到着が早かったので、石化が内臓に到達する前に、その場にいた全ての犠牲者は治療され、大事には至らなかった。
カトブレパスの方も防御の固さに攻めあぐねていたけれど、ロマノフ先生と晴さんの援護を受けて、先に戦闘していた冒険者が見事にこれを討ち果たしたそうだ。
しかし、このカトブレパス討伐、裏にちょっときな臭い事情が見え隠れしているようで、冒険者ギルド預かりの案件になるそうな。
「それで私は何かすることがありますか?」
「今のところは、なにも。ああ、討伐に参加した冒険者達になにか……そうですね、ワインの一杯でも振る舞っては?」
「そうですね、それくらいなら」
菊乃井さんち、ちょっと景気が良くなったからそれくらいなら出来ますとも。
私が頷くと、晴さんは「ご馳走さまです!」と朗らかに、冒険者ギルドに伝達しておくと言いつつ、街に戻って行った。
私達もワインの手配をするために家に戻ることに。
練習を見させてもらったお礼を、ユウリさんやラ・ピュセルの皆、シエルさん達に伝えると、笑顔で見送ってくれた。
そしてばびゅんっと転移でロッテンマイヤーさんの待つお屋敷に飛ぶ。
玄関ポーチに降り立つと、廊下からロッテンマイヤーさんと、何故かルイさんが顔を出した。
「お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ、我が君」
二人して綺麗な礼をするのに「ただいま戻りました」と挨拶して、私は首を傾げた。
「今日は何かありましたか?」
「いいえ、本日はロッテンマイヤー女史に用がありまして」
「街で何か困った事があるとか、菊乃井の政で何か問題があるとかではないんですね?」
尋ねると、ルイさんは何故かロッテンマイヤーさんの顔を見て、少しだけ口の端をあげる。
「はい。菊乃井は順調に回っております」
「それなら良かった」
「お力が必要な時は、必ずご報告致します」
「はい、いつでも言ってください」
私はいつでも頑張りますからね。
意気込みを示すように胸を張って笑うと、何故かロッテンマイヤーさんが「んん!」と咳払いする。
「ロッテンマイヤーさん、お風邪ですか?」
「いいえ、少し乾燥しているのかと」
気のせいかもだけど、ロッテンマイヤーさんの頬っぺたが何時もより赤くなってるような?
じっと見ているのもなんだから「風邪気味なら早く休んでいいからね?」と声をかける。
するとソーニャさんがロッテンマイヤーさんとルイさんとを見て、それからロマノフ先生に視線を投げた。
そして何か閃いたのかソーニャさんが唇を開きかけたのを、ラーラさんとヴィクトルさんが押さえ込む。
驚く私とルイさんに、先生が凄く良い笑顔を浮かべた。
「あの……?」
「いや、ほら、鳳蝶くんの紹介もないのに、私の母と言えどサン=ジュスト氏に馴れ馴れしく話かけるのはどうかなと思いまして?」
「ああ! 気が利きませんで!」
「いえいえ。私の母が好奇心旺盛すぎるのですよ」
ソーニャさんは私のゲストで、ルイさんは菊乃井の臣下。
自分より身分の高い人にはこちらからは話しかけられないし、身分の高い人だって自分より身分が低い人には紹介がなきゃ話せないんだったかな?
ルイさんは本来はもっと上の地位でも良いくらいの人だけど、ここは帝国だし、なによりソーニャさんの身分がどうなのかもちょっと解らない。
この場合は私からソーニャさんにルイさんを紹介してから話してもらうのが双方にとって無難なはず。
そんな訳でソーニャさんにルイさんを、ルイさんにソーニャさんを紹介すると、ルイさんは凄く驚いた様子で「ロッテンマイヤー女史の大祖母様」と呟く。
っていうか、ルイさんはソーニャさんがロマノフ先生のお母さんというより、ロッテンマイヤーさんの大祖母様って方に重きを置くのね。
ロマノフ先生よりロッテンマイヤーさんのが、ルイさんとは親しいからかな。
ともかく、ルイさんは本当にロッテンマイヤーさんに用事があっただけなようで、お茶に誘ったら昼休みを抜けてきたから帰らないとって、さっくり屋敷から去って行った。
「良い人そうねぇ」
「ルイさんですか? 凄く良い人ですよ」
リビングに用意されたお茶を楽しんでいると、「ふふっ」と笑いながらソーニャさんがルイさんを評する。
そしたら後ろに控えていたロッテンマイヤーさんがまた「んん!」と咳払い。
本当に大丈夫なのかな?
レグルスくんや奏くんもロッテンマイヤーさんの様子がおかしいと思ってるようで、クッキーを齧りながら首を捻ってる。
「本当に大丈夫?」
「はい、ご心配をおかけしまして……」
「申し訳ないとか言わないでね? ロッテンマイヤーさんがいつも頑張ってくれてるの、皆知ってるし、調子が悪いなら本当に早く休んで早く元気になって欲しいから……」
「はい、ありがとうございます。でも本当に乾燥していただけですので」
ロッテンマイヤーさんの目はメガネに被われて見えないけど、口許は微かに笑ってる。
彼女が大丈夫というなら大丈夫なんだろうけど。
なんとなく不安に感じていると、ふわりとラーラさんがソファから立ち上がって、私の肩に触れた。
「まんまるちゃんが心配なら、ボクが後で身体が暖まる風邪予防効果のある飲み物を作ってハイジに飲ませるよ。それで良いね」
「よろしくお願いします、ラーラさん」
「いえ、そんな、お手を煩わせるのは……」
「良いんだよ。レーニャのことを久々にきちんと話せたから……。レーニャにもよく作ってあげたんだ。昔話に付き合うと思って、受け取ってよ」
ぱちんっとロッテンマイヤーさんに向かって、ラーラさんのウィンクが飛ぶ。
それを受けて懐かしそうに、ヴィクトルさんが私やレグルスくんや奏くんを見た。
「僕も、レーニャが風邪を引いた時はそれ作ってあげてた……。あーたんやれーたんや、かなたんも飲むなら作るよ?」
ああ、これは……。
「あい!」
「うん、飲みたい!」
「私も飲みたいです!」
返事をすると、ヴィクトルさんがロマノフ先生をつつく。
「アリョーシャも手伝いなよ」
「ええ、良いですよ」
ロマノフ先生がつつかれた脇腹を押さえながら苦く笑う。
これは良い方向に物事が動き始めたのかな?
窺い見たソーニャさんの瞳は、とても柔らかく優しい光を湛えていた。
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