肝っ玉母さんと腕白小僧どもの攻防戦
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更新は月曜日と金曜日の週二回です。
私に「ひどい!」と泣きついてくるソーニャさんに対して、エルフ三先生の顔は何処となく固い。
なんでか訊ねる前に、ロマノフ先生がへの字に引き結んでいた口を開く。
「お店を閉めてまでやってくるなんて……」
「だって、三人とも揃ってるって中々ないじゃないの」
「会いたいって連絡くれたら、僕たちの方で訪ねて行くよ?」
「そうだよ、ボクらの方から出向くのに……」
「来たかったんだもん!」
眉を八の字に下げたヴィクトルさんやラーラさんに、ぷいっとそっぽを向くとソーニャさんはほっぺを膨らませる。
三人とソーニャさんの外見年齢がそんなに変わらないせいか、なんか姉弟喧嘩してるみたいで、私とレグルスくんは顔を見合せた。
レグルスくんがこてんと首を傾ける。
「にぃに、ソーニャばぁばとなんでおともだち?」
「レグルスくん、ばぁばは止めようね」
「なんでぇ? ばぁばでいいっていったよぉ?」
「レグルスくんにはソーニャさんがお婆さんに見えるの?」
「ぜんぜんみえない。でもばぁばってよんでほしいっていったもん。だからばぁばなの」
「あー……そうか。うん、じゃあ、レグルスくんはばぁばでいいよ」
素直なのはレグルスくんの美徳だもんね。
私がばぁばと呼べないのとは、また違うことだもん。
それはそれとして、エルフのお耳は地獄耳らしいから、この会話もソーニャさんや先生方には丸聞こえなんだろう。
なんか四人ともこっち見てるし。
顔をそちらに向けると、小さなお手々で両頬を包まれ、レグルスくんの方に向き直らされた。
「にぃに、なんでソーニャばぁばとおともだち?」
「それはね、ラーラさんからもらった刺繍のご本を通して、ソーニャさんとお話出来たからだよ」
「そうなの?」
目を真ん丸にしたレグルスくんが「ソーニャばぁばすごいねぇ!」と、きゃっきゃすると、こちらを見ていた四組の視線がそれぞれ違う場所に移動する。
ソーニャさんはニコニコと正面の三人を見ていて、ロマノフ先生たちはジト目でソーニャさんを見ていて。
ヴィクトルさんがガシガシと長い髪を乱す。
「遠距離通話魔術、完成しちゃったのか……!」
「しちゃったのかってなんなの、ヴィーチェニカ。おばさん頑張ったんだから!」
「頑張り過ぎだし。それ、うちの両親に教えたりしてないよね?」
「はっ!? ボクのところには!?」
「えー……どうかしらねぇ?」
ヴィクトルさんの言葉にラーラさんが色めき立ったけど、ソーニャさんに軽くあしらわれて、二人とも苦虫を噛み潰したような顔をしている。
私から見たら充分大人な先生方も、もっと大人なご両親には弱いんだな。
面白いなぁ。
レグルスくんもそう思ったのか、私のお膝の上にやって来て面白そうな顔で四人のやり取りを見ている。
私もなんかニヤニヤして来ちゃった。
それを見られたようで、ロマノフ先生が咳払いを一つ。
「兎に角、私たちの顔は見たんだから、直ぐに帝都に戻って下さい」
「いーやーよ! 貴方達やあっちゃんやれーちゃんのお顔は見たけど、かなちゃんのお顔はまだだもん!」
「じゃあ、かなたんのお顔見たら直ぐに帰るんだね?」
「なんでそんなに追い返そうとするの!」
「なんでって……」
膨れっ面のソーニャさんに、ラーラさんが困ったように肩を竦める。
私が口出しすることじゃない気もするけど、一日くらい泊まっていかれては……とも思う。
さて、どうしたもんかな?
そう思っていると、私のお膝から降りたレグルスくんが、ソーニャさんのお膝に移る。
「レ、レグルスくん!?」
「ソーニャばぁば、おみせはいちにちもやすんじゃだめなの?」
「うぅん、そんなこと無いわ。留守にするけどご用がある時は連絡出来るように使い魔を置いてきたし、お店のお隣の人にもよろしくお願いしてきたもの」
「じゃあ、おとまりする? にぃに、だめ?」
「いや、駄目じゃないよ。うちがダメでも代官屋敷の客室が使える筈だから……」
私の座っているソファの後ろに控えているロッテンマイヤーさんを振り返ると、深々と頭を下げて「客間は整って御座います」と返してくれた。
じゃあ、別に一泊くらい大丈夫なんじゃないの?
ロマノフ先生は去年の暮れに会ったきりっていうし、ロッテンマイヤーさんとは初めてみたいだもん。親子や家族水入らずで話したいこともあるだろうし。
そう思ってハッとした。
もしかして先生たちは親子関係に問題のある私とレグルスくんに気を使って、ソーニャさんを早く帰そうとしてるんじゃ……?
それはいけない。
私は表情を引き締めると、ソーニャさんに頭を下げた。
「気が利かなくて申し訳ありません。先生たちが頑ななのは、私に気を遣って下さるからです。きっと私と両親の関係が悪いのに、ソーニャさんとの再会を喜ぶなんて無神経だと思われて……!」
そうだよね。
教え子が両親と仲が悪いのに解ってて、身内できゃっきゃするなんて先生たちには出来ないはずだ。
こう言うことは、普段からお世話になってる私の側で気が付かなきゃいけないことなのに。
「大丈夫です、先生方。私、解ってますから! どうぞ、今日はご家族水入らずで過ごされて下さい。ロッテンマイヤーさんもお仕事を少しおやすみしても良いですからね! 私とレグルスくんとエリーゼと宇都宮さんたちで、出来ることはしますし」
「ね!」とレグルスくんに目を向けると、レグルスくんも「はい!」と、元気に手を上げて返事してくれる。
するとロッテンマイヤーさんの更に後ろに控えていたエリーゼと宇都宮さんが「お任せ下さいませ!」と揃って頷いてくれた。
しかし、ロッテンマイヤーさんは静かに首を横にふる。
「若様のお気持ちはとても嬉しゅう御座いますが、私は出来れば普段通りの私を大祖母様にお見せしたく存じます。私がどうやって生きてきたかは、普段の働きにこそ現れると思いますので」
「そうね、私もいつも通りのハイジちゃんでいて欲しいわ」
うっすらと唇に笑みを帯びるロッテンマイヤーさんは、いつもと同じく背筋が伸びているし、それをソーニャさんに見せたいという。
ソーニャさんも普段のロッテンマイヤーさんを見たいなら、私に異存はない。
それならお家のことはいつも通り、ロッテンマイヤーさんに任せよう。
「ソーニャさんとお話したかったら、その時はいつでも休憩してね?」
「ありがとうございます」
美しいお辞儀を披露するロッテンマイヤーさんに、ソーニャさんはニコニコだ。
翻って先生方を見ると、ロマノフ先生が眉間にシワを寄せて大きなため息を吐く。
「違うんですよ、鳳蝶君。君が私達やその人を思いやってくれるのはとても嬉しいけれど、その人には大事な使命があるんです」
「使命……ですか?」
仰々しい言葉にきょとんとすると、ロマノフ先生もヴィクトルさんもラーラさんも重々しく頷く。
それにソーニャさんが僅かに視線をそらした。
麒凰帝国とエルフの郷は、対等な同盟関係にある。
それは何でかっていうと、麒凰帝国初代皇帝の友人にエルフがいたからだそうで、初代皇帝の親友の辺境伯にならってそのエルフが臣下の礼を取ろうとしたところ「アイツにも臣下の礼を取られて傷心の俺に、お前まで追い討ちをかけるのか!」と泣かれてしまい、結局臣下の礼を皇帝に受け入れてもらえなかったことに由来するそうな。
エルフは麒凰帝国の友、そういうことらしい。
表向きは。
「表向きは……ってことは、なにか他に大人の事情があるんですね?」
「そうねぇ、初代皇帝陛下とエルフの友人には何もなくても、周りにはあったみたいねぇ」
コロコロと鈴を転がすように、ソーニャさんは軽やかに笑う。
その話とソーニャさんのお店がどう関係するのかってのが肝心なとこだけど、要するにソーニャさんのお店はエルフの郷の大使館のようなもので、ソーニャさんは駐在員みたいなものなのだとか。
そんな大事なお役目を任されるソーニャさんは何者なんだろう。
英雄のお母さんってだけじゃないよね。
もしかして、初代皇帝陛下のお友達だったのかしら?
視線だけで先生方に問いかけると、ソーニャさん本人が否定系に顔を動かした。
「私はエルフの郷の先々代の長の娘だから、あのお店を任されてるのよ。人間のことも好きだしね」
「え? じゃあ、初代の皇帝陛下のご親友様は先々代の長様ですか?」
「いいえ。それはまた別の人」
「ははぁ……」
なんちゅう壮大な話なんだろう。
つまり、先生方が頑なに早く帰るようにソーニャさんに言ってたのは、大事な使命があったからなのね。
早とちりして「解ってますから!」なんて胸張ったりして、超恥ずかしいんですけど!
内心で悶絶していると、やわやわと柔らかな手で頭を撫でられた。
ソーニャさんの手は、ロッテンマイヤーさんとはまた違う柔らかさがある。
「本当にあっちゃんは稀世ちゃんそっくりねぇ。会いに来て良かったわ」
「そうですか?」
「外見も中身もそっくりみたいで、ばぁば嬉しいわ」
私は祖母に会ったことないけど、ロッテンマイヤーさんは頷くし、外見はちょっと違う気もするけど、中身は源三さんからも「わりと似てる」って前に言われたし、そうなのかも。
何よりソーニャさんが凄く懐かしそうな目で私を見てるもんね。
そんなものかと思っていると、ロマノフ先生が眉を胡散臭げに顰めた。
「その話も私は初めて聞いたんですが?」
「だってアリョーシュカ、母さんの冒険の話なんて聞かないじゃない」
「ぐぬ……」
おぉう、ロマノフ先生が言葉に詰まるとか珍しい。
そしてもっと珍しいのは、ソーニャさんのお膝にレグルスくんが乗ったままってこと。
小さい子にはお母さんみたいな存在がやっぱり必要なのかな?
ちょっと寂しく思っていると、こそっと宇都宮さんが近付いて来て。
「若様。レグルス様、絶対面白がってますよ」
「へ? なにを?」
「ロマノフ先生がぐぬぐぬしてらっしゃるのを、です。レグルス様、実はロマノフ先生にだけ絶賛反抗期なんです」
「えぇ……? なんで?」
思いもよらない言葉に困惑していると、ロッテンマイヤーさんも微かに頷いて、話の輪に加わる。
「……このお屋敷には大人の男性は源三さん、料理長、ヨーゼフを除けば、ヴィクトル様とロマノフ先生だけですし、ヴィクトル様はレグルス様の魔術の先生ですから」
「んん? ロマノフ先生のことは先生と思ってないってこと?」
「先生と言うよりは……なんでしょう、越えるべき壁というか……」
先生と言うより越えるべき壁。
それはもしや。
「え? なに? レグルスくんってロマノフ先生のことお父さんみたいに思ってるってこと?」
私の言葉にロッテンマイヤーさんも宇都宮さんも目をそらす。
それはつまり、私の「反抗期の対象=父親」を肯定する反応なような……。
そうか、そうなのか。
私も子供だし、子供の発達なんてよく解んないんだけど、反抗期は誰にでもくるって前世では聞いた気がする。
ご迷惑かもだけど、レグルスくんもお父さんのように慕ってるから、ロマノフ先生には対抗心とか反抗心が出てくるのか。
こうやって子供って大きくなるんだね。
ほわっと和んでいると、ヒラヒラと虹色に光る蝶が窓ガラスをすり抜けてリビングの中へと入り込む。
この蝶って確か、姫君様の先触れだったような?
首を捻っていると、ふよふよと漂う蝶が私の髪に止まった。
『鳳蝶、庭に来よ』
静かに、けれど否やを言わせぬ強い姫君様の声が、リビングの中で響いた。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただければ幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




