冬が来る前に
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更新は月曜日と金曜日の週二回です。
雨が上がった翌日、菊乃井の気温はぐんと下がり、冬の到来を予感させた。
街はこの時期、晴れていなければ霧に包まれることが出てくる。
朝霧の中を冒険者ギルドのマスター・ローランさんに連れられて、女の子が一人、菊乃井屋敷の門を潜った。
次男坊さんからの手紙を携えたその人は、次男坊さんが肩入れする孤児院の子の一人で、アリサと言う。
ぶあつい眼鏡のお下げ髪、頬にはえくぼ。
愛嬌のある話し方をする15歳さん。
「あー……えー……こちらでは次男坊で通しておられるそうなので、あたしもそう呼びますが、次男坊様からこちらで作り方を教わって、みんなに教えられるようになれと……」
受け取った手紙を読んでいると、差し向かいに座るアリサさんが朗らかに言う。
手紙には『売り方まで考えて貰った上に、人材育成まで請け負って貰って悪いな。代わりにミサンガとソースとマヨとタコ焼き器とタコ焼き・お好み焼きなんかの粉もんの製法はEffet・Papillonの名前で特許取っとくから』とあって。
そっか、お好み焼きは忘れてたな。
お好み焼きも屋台の定番だ。
お詣りのついでに屋台で食べられるようにすれば、もっと収益がでるかも。
菊乃井でもラ・ピュセルのライブの合間に軽食として出せるかもだし、歌劇団の舞台の幕間弁当にも使えるかも知れない。
ともあれ、次男坊さんは私の意を汲んでくれたようだし、提案した販路に関しては『売り方はこちらでも工夫してみるよ』とも書いてあった。
であれば、こちらはアリサさんにミサンガの作り方を覚えてもらうのと、マニュアルを持って帰ってもらうだけ。
人が増えると役割分担が出来て、楽だよね。
アリサさんには、ミサンガの作り方をマスターしているエリーゼが、マニュアルを元に指導することになり、アリサさんは菊乃井の屋敷に滞在することになった。
その対価にアリサさんは労働力を提供してくれるそうで、ラ・ピュセルと言うか歌劇団団員のための寮の寮母さんを手伝ってくれることに。
ラ・ピュセルの五人を保護した際、ヴィクトルさんが昔豪商が住んでたとかいう屋敷を借りてくれて、そこにローランさんからご紹介いただいた怪我がもとで引退した女性冒険者さんに寮母さんになってもらって、社員寮を作ったんだとか。
シエルさんもアンジェちゃんも、今は屋敷からそっちに引っ越してて、アンジェちゃんは毎朝そこから源三さんや奏くん、二人が来ないときは寮母さんに連れられて屋敷に来てる。
気立てのいい寮母さんで、まさに肝っ玉母さんって感じなんだけど、冬になると引退原因になった怪我の痕が凄く痛むらしく、ラ・ピュセルの面々が交代で家事とか手伝ってるんだそうな。
でも今年の冬は沢山課題が出来たから、彼女たちに負担は掛けられない。そこで誰か手伝いを雇おうかって話になってたんだよね。
ミサンガの作り方をマスターするまでは、アリサさんはそっちを手伝ってくれるそうだ。
新年に向けて、着々と色んな物事が進んでいく。
その前にはケルピーの引き渡しがある。
いい加減に名前を付けてやりたいところだけれど、ケルピーの主は艶陽公主様だ。
主人になる方を差し置いて名前を付けるなんて不敬だから、とりあえず「ポニ子さんの旦那さん(仮免)」と呼ばれていて、本人(馬)も満更でもない様子。
秋も冬も夜が長い。
お陰でレグルスくんの冬の用意は何とかなった。
次はポニ子さんの旦那さん(仮免)のために、私のできることをしよう。
そんな訳で色とりどりの糸を指先に絡めていると、窓から差す月の光が人の形に変わる。
『来た』
「ようこそ、おいでくださいました」
ヒラヒラと蝶の羽の模様が付いたマントが揺れる。
今日のお髪は闇紅色で、服装は黒の軍服だ。
いずれにせよ、私のベッドに座って長い脚を組むお姿は、目の保養と言うやつで毎度拝みそうになる。
『……イゴールが、鐙や馬銜、鞍やら手綱やらの用意が整ったと言っていたが』
「左様ですか。こちらも鞍の下に敷く敷物は出来ました。あとはこの手綱飾りを仕上げれば……」
『ふむ。イゴールにはそう伝えよう』
「ありがとうございます」
ケルピーに着けられる馬具はやはりというか、予想通りイゴール様が作ることになったそうだ。
なので、艶陽公主様のお身体に直接触れる部分は同じ神様のイゴール様が作るとして、主にケルピーの身体を保護したり飾ったりする部分に関しては、馬を提供するこちらの餞として作らせて貰えることに。
ポニ子さんの鬣とグラニの鬣を少しずつ貰って、それをタラちゃんの糸に混ぜて作った布や紐を使った上に、精神安定とか身体保護を目的とした魔術を、これでもかってくらい付与してる馬具は、きっとケルピーの助けになるだろう。
モショモショと指と紐を動かしていると、指先に氷輪様の視線が集中する。
二つ折りにした紐で輪を作って、片方の紐をその輪に潜らせると、そこから輪を作ったり結んだりで、梅の花のような飾りを作っている所だったんだけど、氷輪様はそれをそっとつまみ上げた。
『これは……紐を結んでいるだけか?』
「はい。えぇっと前世ではアジアンノットって呼んでた紐を結わえて作る飾りです。これは梅の花ですが、他にも蝶々とか菊の飾りも出来るんですよ」
『ふむ……器用なものだ』
イゴール様から手綱飾りを作ることを提案された時、何か吊るすならって思い浮かんだのがアジアンノットの飾りで。
紐さえあれば作れるこれに、海でもらった真珠や珊瑚をくっつければ意外と豪華になるんだよね。
それに結び方の組み合わせ次第でブレスレットや髪留め、帯留めにも使えるし、マントや服の飾りにだって使える。
だから新年の誕生日プレゼントは、アジアンノットで色々やろうと思ってたり。
ケルピーのことが無事に済んだら、今度はそっちに取りかかろうと思ってる。
氷輪様が摘まみ上げた梅花結びを、しげしげ眺めてから、そっと私の手の平へと戻す。
それから少しだけ首を傾けて、なにやら考え事をしているような仕草をされた。
長い脚を組み替えると『鳳蝶』と、吐息混じりに名前を呼ばれる。
『以前、お前に貰った猫の編みぐるみとやらだが……』
「ほつれましたか?」
『いや、我の神威に触れたからか自我が芽生えた』
「は……?」
しれっと言われたけど、自我が芽生えたって、それって動き出したとかそういうこと?
びっくりして氷輪様を見ると、少しばつが悪そうに目を逸らされた。
『どうやら我が構いすぎたようだ。本物の猫のように動いては、我の宮の中を遊び回っている』
「そ、そうなんですか……」
『ああ。それでだが、アレは小さいからどこにでも入り込む。しかし元が生き物でないからか、どこにいるのか気配を掴むのが難しい。アレの姿が見えぬと嫦娥が寂しがるのだ』
ふうっと深くため息を吐かれる姿が、なんとも悩ましい。
でも悩み事は飼い猫がやんちゃでどうしようって感じだから、凄く微笑ましいんだけど。
いやでも、寂しがるのは「ジョウガ」という誰かさん。
氷輪様には奥様も旦那様もいないって、ロマノフ先生が教えてくれた神話にはあったけど?
そう思っていると、くふりと笑われてしまった。
『そうだ、我に伴侶はおらん。嫦娥とは我が飼う古龍よ』
「そうなんですね」
『うむ、月光色の鱗をもつ』
氷輪様の古龍の嫦娥は凄く甘えん坊らしく、猫の編みぐるみは大好きなお友達らしい。
姿が見えないと編みぐるみを探して、きゅんきゅん泣くんだとか。
「えぇっと、じゃあ、アジアンノットで鈴付首輪を作りましょうか?」
『ああ、頼む。百華が馬を連れ帰る前の夜に、受け取りに来よう』
そう言うと、ふわりと月の光に氷輪様のお姿が解けた。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら、幸いです。
凄く元気になれます。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




