新しいこと、新しいひと
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「こちらの準備が整ったら連絡するよ」と、お高い蜂蜜を入れたお高い紅茶を飲み干して、瓶詰めのウスターソースやマヨネーズを持ってイゴール様がお帰りになった後のこと。
「さて、何を思い付いたかお聞きしても?」
「はい、勿論です」
ロマノフ先生やラーラさん、ヴィクトルさんが改めて私を囲むようにソファに座ると、レグルスくんと奏くんも傍の椅子に座る。
レグルスくんも奏くんも、こういうときひょんっと良いアイデア出してくれるもんね。
ロッテンマイヤーさんは宇都宮さんと給仕を変わって、私の背後に立った。
「イゴール様がおっしゃっていたのは『ミサンガ』という、糸を編んで作ったブレスレットです。異世界ではあれに願を掛けて手首に巻いて、それが自然に切れると願いが成就する……ともいう、お呪いの小物でもあるそうです」
「それを神殿で販売してもらう……と?」
「はい」
ロマノフ先生の言葉に頷く。
「だけど願いが叶うかも……ってだけで、そんなに売れる?」
「そこは種類を細かく分けるんです。『家内安全』とか『技芸上達』とか」
「つまり用途別に買わせるってことかい?」
「はい。別に自分が着けるだけじゃなく、人に贈っても良いんです。それなら爆発的に売れなくても、長く細く売上はあるかなって」
ヴィクトルさんとラーラさんからの疑問に、前世のお守りの例を出して説明すると、二人が「なるほど」と顎を擦る。
爆発的じゃなくても、神殿なんてなくならそうな卸先があれば、少しは孤児院の経営の足しになるだろう。
だけじゃなく、孤児院の子供たちがミサンガの作成をするなら、アクセサリーを作るっていう技能を少しだけでも身に付けさせてやることも可能だ。
更に言えば神様ごとに違う効用が期待できるとすれば、売り方や卸先は拡がるだろう。
材料も安価だし、販売価格も飛び抜けて高くはならないだろうから、売れないということもないはずだ。
例えばの話、ミサンガは一年毎に取り替えなければならないっていう制約をつけてやれば、どうしたって信心深いひとは一年に一回は買わなきゃいけなくなる。
「それは……神様に不敬なのでは?」
「そこはご許可を下さった神様の神殿のみの発売に絞れば……と」
「それでイゴール様に掛け合ってくださるよう、お願いしていた訳ですか」
「はい。もし販路がもう少し必要なら、ロスマリウス様にもご相談に行こうかと」
本当だったら一番にご許可をいただきたいのは姫君様なんだけど、姫君様は帝都の合同祭祀神殿より他に大きな神殿をお持ちにならないそうだ。
以前そう言った場所があるなら聖地巡礼じゃないけど行きたいと思って先生に聞いたら、姫君様はそのようなことはお嫌いだとされていて、逆に神殿なぞ建てようもんなら怒りに触れると言われておられるんだとか。
じゃあ氷輪様はどうなのかと言えば、大きな神殿はあるものの、なんと場所は帝国とイザコザのあるお国と来たもんだ。
当然国交なんかないんだから、行けるはずもない。残念無念。
なのでどうしたって、イゴール様以外はロスマリウス様しかいらっしゃらないんだよね。
ロスマリウス様にご相談申し上げるなら、先に姫君にお話しておかないと。
でもそれは、きちんと次男坊さんのところの孤児院でミサンガが作れるようになってからの話だ。
「まず前段階として、ミサンガの作り方をマニュアル化します」
「それを見たら、ある程度手芸が出来る人ならすぐ作れるようにするんだね?」
「はい。でも作り方を教えられるひとも養成したいと思います。これは次男坊さんの息のかかった人をこちらに送って貰った方が良いかと思うんですが……」
「そうだね。菊乃井で教えられる人を出すにしても、あーたんかエリたんくらいしかいないもん」
「まんまるちゃんは当然ムリだけど、リーゼに菊乃井を離れられるのも痛いもんね」
「はい。エリーゼには菊乃井の孤児院に技術を教えに行って貰ってもいますから」
エリーゼはEffet・Papillonの主力だ。彼女を出張させるとか、一日だけならともかく、誰かが完全に作り方をマスターするまでなんて、とてもじゃないけど無理。
それに次男坊さんとこの利益率を上げるためには、下手に他所から職人を呼ぶより、次男坊さんとこの人員に技能を習得してもらう方がいい。
そう言うと奏くんが手をあげた。
「どうしたの?」
「ごりやくごとに、デザインや糸を変えるってどうかな?」
「それはありだと思う」
前世のお守りだってご利益ごとに、袋の色や形が違った。
逆にご利益の区別をハッキリさせるためには、色を変える方が分かりやすいかもだし。
するとレグルスくんも「はーい!」と手を上げる。
「れー、どんぐりとかピカピカのいしをつけたらいいとおもう!」
「それも良いよね。例えばロスマリウス様のミサンガなら、貝殻をくっつけたりしてもお洒落だと思う」
オーダーメイドでお高いビーズをくっつけたりもありだと思うし。
アイデアは広がるけど、今日の所はここまで。
とりあえず、そこから先はイゴール様と次男坊さんの反応を待つ方が良いだろう。
そういう話で纏まった。
それから数日、菊乃井は雨だった。
雨が降るとお外で弓や剣の修行が出来ないから、レグルスくんと奏くんとダンスの練習をしたり、魔術の修行や座学をやる。
奏くんもレグルスくんも、もう難しくない字は読み書きがきちんと出来るし、計算だって九九なら暗算も楽勝。
まあ、こっちでは九九って言わないんだけど。
ヨーゼフからは毎日のようにポニ子さんとその旦那(仮免)、子馬のグラニ──命名、レグルスくん──の調教の報告があって、着々と日々が進んでいる。
因みに、ポニ子さんの旦那(仮免)は、初対面が良くなかったからかグラニと違って私を怖がっているらしい。
あれはちょっと私も悪かったかなぁ。
初対面の時、ポニ子さんの旦那(仮免)はこちらに怯えて、ポニ子さんの後ろに隠れてた。
その姿に、未だにレグルスくんのために事業の一つも起こせない父上の姿が重なって、必要以上にイラついちゃったんだよね。
だけどここ数日、ポニ子さんの旦那(仮免)はヨーゼフの言葉をよく聞いて、妻子と共に生きるため訓練に励んでいるそうな。
私はもう正直、親って生き物には期待なんか抱けない。
でもレグルスくんは違う……と思う。
あの子の中には優しいお母様の思い出もあるし、父上だってあの子を抱っこしたりで、そんな優しい記憶があるはずだ。
あの子がここに来てから、父上は一度もレグルスくんに会いには来てない。
だけどポニ子さんの旦那(仮免)のように、家族のためにきっと頑張っていると、親って生き物は子供のために頑張る生き物なんだと、レグルスくんには希望を持って欲しい。
だから私はポニ子さんの旦那(仮免)には、結構期待してるんだ。
『……そうなの。あっちゃんはポニ子ちゃんの旦那さんを信じてるのねぇ』
「ポニ子さんの選んだお馬さんですからね」
ちくちくと針をズボンのポケットに通して、ひよこの刺繍を刺していると、パカパカと表紙を開いたり閉じたりして刺繍図案が喋る。
ただし、野太い声じゃない。
軽やかに明るい、おっとりした女の人の声だ。
『それにしても、あっちゃんも大変ねぇ。あっちでお商売の話、そっちでお馬さんの手配、こっちでお家や領地のことをしなきゃなんて』
「うーん、でも、嫌々やってる訳じゃないですから」
『……人手、足りてるの?』
いや、正直全然足りてない。
足りてないけど、人材が育つには時間がいる。
「孤児院の子で、今年施設を出ないといけない子がいるそうです。去年から読み書きとか教えてるので、その子を雇えればなんとか……」
『でも職人さんも必要なんでしょ?』
「それは……」
『ねぇ、あっちゃん。ばぁばが何とかしてあげましょうか?』
「いや、そんな! ロマノフ先生にはお世話になりっぱなしで、この上ソーニャさんにまで迷惑をお掛けできません!」
『ソーニャさんだなんて……、ばぁばでいいのよ?』
ロマノフ先生のお母様を、ばぁばなんて呼べる訳がない。
驚くことなかれ、つい三日ほど前の夜のことだ。
ラーラさんから貰った刺繍図案を通して、ソーニャさんから話かけられたのは。
ソーニャさん曰く『遠距離通話魔術がようやく完成したから、このオバサンを師匠って呼んでくれるって聞いたし、あっちゃんとお話ししてみたかったのよねー』と。
「あっちゃん」ですって。やったね、あだ名が増えたよ!
『うちの不良息子、この間の年の瀬に二百年ぶりくらいに訪ねてきて、私のお薦めの針箱買って、さっさと帰っちゃったの。あの子も、もうお嫁さん連れてきてもいいような歳なのに、あっちフラフラこっちフラフラしちゃって。ヴィーチェニカやラルーシュカも同じだけど、ヴィーチェニカは季節毎に、ラルーシュカは十年に一回は会いに来てくれるってのにさ。誰に似たのかしら?』って、物凄い勢いでお話しされたけど、ようは先生方が教師をされてて育てた子達を我が子のようだと思うなら、自分には世界中に孫やひ孫がいることになる。
それならそのうちの誰かとお話ししたっていいだろう。そう言えば最近三人とも同じ家にいるんだっけ……って、軽い気持ちで遠距離通話魔術を開発したそうな。
幸い媒介というか通話媒体になる、お母様お手製喋る刺繍図案集があったし、ダメ元で話しかけたら、私がたまたま図案を読んでいて呼び掛けに応じ、そのまま直通通信手段が確立されちゃったのだ。
因みにこの魔術、転移魔術の応用らしく、ラインが一度出来たら双方向で使えるんだって。
つまりお母様に私からも通信が出来るってわけ。
んで、ロマノフ先生のお母様──ソーフィヤさん、ご本人は「ばぁばとか、ソーニャでいいよ」って言ってたから、ソーニャさんと呼ばせてもらってる──ソーニャさんは、なんと建国以来ずっと帝都住みで、初代皇帝陛下とも会った事がある歴史の目撃者なんだそうだ。凄いよね。
しかし、この事はロマノフ先生たちには内緒だ。
もうちょっと魔術を改良して、通話媒体が出来たらサプライズを仕掛けたいからって。
話しながら刺している糸をきちんと目立たないよう留めて、鋏で糸をチョキンとやる。
その音に紛れて『……ちゃおうかなぁ?』なんて、ソーニャさんの言葉が聞こえたけど、聞き返す間も無く、『もう遅いから今日はこれでお休みなさい』と話は終わった。
何だったんだろうな?
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら、幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




