詩心ひとひら、ひらひらと
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更新は毎週、月曜日と金曜日の二回です。
月日って、やることがあると物凄い速さで去っていくモノだ。
気が付けばもう、秋の中頃。
あの後の話をすると、エリックさんの怪我が治ったのを見計らって、彼とユウリさんとシエルさんを、ヴィクトルさんからラ・ピュセルに紹介してもらって、歌劇団計画は始動した。
エリックさんはラ・ピュセルの歌声に感動し、ユウリさんは彼女達に可能性を見いだし、そんな二人に彼女たちは自分達の覚悟を示して協力をお願いしたそうで、ヴィクトルさん曰く「あの場面を劇にしたらいいんじゃないかな」って感じだったそう。
そしてシエルさん。
これが驚くことに、顔合わせの時にどれくらいラ・ピュセルのメンバーが踊れるのか見たかったユウリさんが、五人のダンスを見たわけだけど、彼女たちのパートナーを申し出て、まるで何処かの王子様のように彼女たちをリードしてみせたらしい。
シエルさん、実は背が高くて女の子としては少し低い声で、家族で一座をしていたときはよく男役をしていたそうだ。
キタコレ。
思わず叫びそうになって、頑張って飲み込んだ私を誉めて欲しい。
そう言えば、バーバリアンの三人から手紙が来た。
無事に帝都に帰りついたけれど、服に良さそうな素材を聞いたから、それを採ってから戻るそうで、今少し再会までに時間がかかる、と。
少しずつ仲間が増えていく。
そうなると私のしていたことを、代わってやってくれる人も増えるもんで、経理関係なんかがほぼ私の手を離れた。
今はロッテンマイヤーさんやルイさん、エリックさんからくる報告書に目を通して、経過報告を聞くくらいになってる。
そんなこんなで私のやることは、私が持ってるつまみ細工や他の手芸に関してマニュアル化して、職人さんに分かりやすく技を伝えられるようにするのと、新しい商品の開発、次男坊さんとの取引兼文通、あとはお勉強とレグルスくんと遊ぶことと彼の冬支度、それから秋の終わりにやってくるだろう両親との対決への備えだ。
まあ、両親との対決はほぼほぼ準備出来てるんだけど、急がないといけないのがレグルスくんの冬支度。
レグルスくん、去年から比べて大きくなってるから、去年作ったものが入らないんだよね。
去年のセーターやら帽子、手袋をほどいてリメイクしなきゃ。
今年はタラちゃんにお願いして、裏起毛のシャツとか作ろうかな。
ホコホコと私のお部屋でレグルスくんとタラちゃんとござる丸とで、セーターや手袋をほどいて出来た毛糸を整理していると、コンコンと扉を叩く音。
誰何すれば、返ってきた答えはロマノフ先生で、ござる丸とタラちゃんが扉を開けてくれた。
「お邪魔しますよ」
「はい、どうぞ。お勉強の時間ですか?」
「いいえ。マジックバッグを整理していたら、良い物が出てきたので鳳蝶君にプレゼントしようと思いまして」
そう言ってロマノフ先生が私に差し出したのは、古くて大きなタペストリーだった。
「ありがとうございます。これは?」
「二百年くらい前に、とある遺跡で見つけたモノなんですが、太古の魔術国家の伝説をモチーフに織られたものです。興味があるようだから」
「遺跡から見つかったモノって……目茶苦茶価値があるんじゃないんですか!?」
「いえいえ。買い取れないと言われたので仕舞ってたのを、うっかり忘れてたくらいなので」
そう言われて渡されたタペストリーをじっくり見ると、それはもう見事な美品で、下から見上げるのを計算した作りなのか、上へ行くほど織られた物語が進んで行くのが解る。
その当時はこんな素敵な物が、値段が付かないほど沢山出回ってたのかな。
ほぇー、凄い。
ありがたく頂戴することにすると、先生が壁にタペストリーを固定してくれるという。
その作業を手伝うのに、部屋に備え付けの椅子をレグルスくんと壁に運ぼうとしていると、開けっ放しの扉からパタパタと走ってないけど、それなりに急いでる雰囲気の足音が二つ聞こえてきた。
しばらくしてひょいっと開いたドアから、ヴィクトルさんとロッテンマイヤーさんが顔を覗かせて。
私には「やあ」と笑顔だけど、壁にタペストリーを架けようとしていたロマノフ先生を見ると、ヴィクトルさんはキッと目を吊り上げた。
「ちょっとアリョーシャ、顔貸して」
「おや、ヴィーチャ。ご機嫌斜めですね?」
「今はそんな軽口を叩く気にもならないから、とりあえず耳だけでもいいから貸して!」
「おやおや」
珍しい。
ヴィクトルさんはラーラさんやロマノフ先生より、感情の起伏が分かりやすいひとだけど、怒ってたり不機嫌な様子を見せることは少ない。
初対面の時、マリアさんとのやり取りがちょっと不機嫌な感じだったのと、私のためにウパトラさんに食って掛かってくれた時に怒ってるのを見たくらいだもん。
それが、割りと本気でイライラしておられる。
興味が湧かない訳ないんだけど、そこはやっぱり聞いちゃ駄目なんだろう。
どうしたのか、ロッテンマイヤーさんに視線で尋ねると、ロッテンマイヤーさんも困ったように眉を八の字に落としていた。
こちらも随分と珍しい表情だ。
ロマノフ先生は肩を竦めると、足音も立てずにヴィクトルさんの傍に近づく。
なんのお話なのか耳をそば立てていると、余程聞かれたくない話なのか防音の結界が敷かれていたようで、何にも聞こえない。
私の目の前で二人が無音でゴニョゴニョすると、ロマノフ先生の顔色がさっと変わって、目が見開かれる。
そんな様子を見ている私と、ロマノフ先生の目があって、スッと結界がほどかれた。
ロマノフ先生の表情が固い。
「……鳳蝶君、つかぬことを聞きますが……ネフェル嬢のお国がどこか、もう解りましたか?」
「へ? ああ、いえ……」
それなんだけど、あれからすぐに地図で確かめようと思ったんだけど、奏くんが自分も一緒に探すって言うから、宝探し気分で祖母の書斎の本棚から探そうかってことにしたんだよね。
祖母の本棚は民話や神話の類いも沢山あって、年代別・国別に分類されている。
手がかりは「過去帝国と諍いがあった」っていうのと、ネフェル嬢にあった羊のみたいな角。
それだけでネフェル嬢のお国を、祖母の書斎の沢山の本の中から探すなんて、中々のトレジャーハントだと思う。
そんなようなことを言うと、ヴィクトルさんとロマノフ先生が、ちょっと微妙な顔になった。
なんだろう?
こっちも微妙な顔になると、ロッテンマイヤーさんが「実は」と口を開いた。
「若様が夏休みに御一緒なさったご令嬢のご家族から、ご令嬢が夏の間にすっかりご成長なされて……。どなたの影響なのかとお国に問い合わせがあったそうでございます」
「えぇ……それは……悪いことになりそう?」
「いえいえ、あちら様は大変感銘を受けられたとのことで、一度若様とお会いしたいと……」
うーむ、それはちょっとどうかな。
武闘会からこっち、大分菊乃井は目立ってる。
神様の加護を公にしてないのと、両親が片付いていない今、余所のお国の人と繋がりを持つってのは、余計な耳目を集めることになりそうだし。
返答に困っていると、同じように困った顔をしたヴィクトルさんが私の肩にポンッと手を置く。
「あちらのお嬢様はあーたんと『将来の約束』をしたって言い張ってるらしくてね。ご両親が心配してるのもあるんだけど」
「将来の約束……?」
凄い言い方。
まるで結婚の約束でもしたみたいな言い方に、ちょっと笑ってしまった。
「そんな大袈裟な。知識不足と不理解とを、お互いのやり方で解消していこう。それを大人になってまた会った時に報告し合いましょうねってお約束ですよ。約束の証にネフェル嬢は私に『月の近くで一番輝く星』をくださって。詩心がありますよね」
ロマンチックなこととか、お花が好きとか、ネフェル嬢とは本当に話が合いそうだよね。
あの時の事を思い出して笑っていると、ロマノフ先生の口元がひきつる。
同じく、ヴィクトルさんも微妙に眉を上げた。
なんなの、この反応?
変な二人に変わって、ロッテンマイヤーさんが「まあまあ」と声をあげる。
「星をいただくなんて、ロマンチックですこと。それで若様はどのような返答を?」
「へ? ああ、ござる丸のお花をさしあげましたよ?」
「ござる丸のお花、ですか?」
そう言うと、ロッテンマイヤーさんがござる丸に視線をやる。
照れているのか、見られたござる丸は手で青々としげる葉っぱを指した。
するとロッテンマイヤーさんが、ぎぎっと錆びた音がしそうな様子で首を巡らせて、私を見る。
「ござる丸のお花……」
呻くような声に、私ははっとした。
ござる丸の見た目は大根。
花は菜の花っぽい可愛いやつを想像されているのだろう。
星の返礼にそれは余りにも地味だと、ロッテンマイヤーさんに思われたのかも。
慌てて弁解する。
「あ、ござる丸の花って言っても、ビックリするくらい綺麗なお花だったんですよ! 七色に光る月下美人っていうか!」
「……それを、差し上げた、と?」
「そ、そう。星のお礼にはなるかなって……。あ、ちゃんと枯らさないように、タラちゃんの糸で作った、魔力を込めた花籠も一緒に渡しましたし!」
魔力を与えれば、ござる丸のようなマンドラゴラが生えてくるらしいし。
そこで私は再びはっとする。
いくら綺麗なお花でも、ござる丸が特に無害でも、モンスターを増やす花を贈っちゃった訳で、これはヤバいかも。
「あ、問題って言えば、その花は魔力をあげ続けたらござる丸と同じくマンドラゴラが生えるそうです。綺麗だったからって、モンスター渡しちゃったんですが国際問題になりますか!?」
ひぇえ、どうしよう。
ござる丸があんまり大人しくてこちらの言うことをきちんと聞いてくれるからほぼ忘れてたけど、マンドラゴラもモンスターだ。
単に歩いて鳴く大根じゃない。
サッと血の気が引いて行くのを感じると、肩に置かれたヴィクトルさんの手が、ゆっくりと頬に触れる。
そしてむきゅっと摘ままれた。
「マンドラゴラは大人しいモンスターだし、魔力を与えて一から育てたんなら、魔力をくれた人には絶対に危害を加えたりしないから、それは大丈夫」
「あ、ひょうれすか。良かっひゃ」
むにむにと頬を揉まれるのに任せていると、ヴィクトルさんはご機嫌が治ったのか、ふぅっと長く息を吐く。
「なるほどね。まあ、うん、あーたんのことだからそんな話だとは思ったけど」
「えー……はい、私が迂闊でした。二人で仲良くお話ししてるなと思ってたんですが、そんな話だったとは」
「この件に関してはラーラも交えて、ロートリンゲン公爵からお呼び出しくらってるからね?」
「ああ、はい……はい……」
何かよく解んなくってロッテンマイヤーさんを見れば、彼女も困ったように小首を傾げる。
私としてはネフェル嬢のご両親とお会いするのはちょっと今はマズいかな。
両親が来るかも知れないし。
じっとロマノフ先生とヴィクトルさんを見ていると、ヴィクトルさんが頷く。
「あちらの方には、ちょっと時期が悪いって説明してもらうようにするよ」
「はい、ありがとうございます。でもロートリンゲン閣下からお呼び出し?」
「ああ、うん。宮中の噂話は全部公爵から連絡をもらってる代わりに、こちらの事情は先にお話しする約束だから」
「ああ、なるほど。ではよろしくお伝えください」
「任せてよ」
言うが早いか、ヴィクトルさんはロマノフ先生の耳を引っ張って行ってしまった。
その後ろ姿をレグルスくんが半眼で見てたのは何故だろう。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら、幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




