カルチャーショックとサンドリヨン
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更新は毎週二回、月曜日と金曜日です。
渡り人の件はその方向でロマノフ先生が対応してくれることになった。
先生の予測では恐らく「国益に繋がる知識が出てきたら、必ず報告する」という約束はさせられるだろうってとこだけど、それはこちらも折り込み済み。
兎も角、ミケルセンさんとユウリさんのことはこれで片付いた。
後やらなきゃいけないことは、彼らの生活の拠点になる家を見つけたりすることなんだけど、これはとりあえずユウリさんとロッテンマイヤーさんが話し合って決めるとか。
ミケルセンさんの怪我はヴィクトルさんがいたから大事にならなかったけど、本来なら全治1ヶ月でも早いくらいの怪我だったそうで、二日は安静が望ましい。
だから動けるユウリさんがやることになったのだ。
「まあ、その方が都合が良いし」
「そうなんですか?」
「ああ。だってエリック、仕事は出来るのかも知れないけど、生活能力は皆無に等しいもん」
昼下がりの菊乃井屋敷の庭、源三さんが整えてくれた庭で花を見ながらティータイム。
ウゴウゴと蠢くタラちゃんとござる丸相手に、レグルスくんはおやつも食べずに、木刀を「えやー!」と振るっている。
それをちらっと見ると、ユウリさんが不思議そうに私に尋ねた。
「あれ、なにやってんの?」
「ああ、なんか、多対一は戦闘の基本だからって」
「戦闘……」
げんなりとした表情でユウリさんが髪をかき上げた。
実の所、ユウリさんは自身の言によれば、かなりこの世界に馴染んできているらしい。
「最初はそりゃ驚いたけれど、死んでないなら生きてかなきゃな」と、早々に腹を括ったそうで、彼が事態を飲み込んで最初にしたのはなんとミケルセンさん──本人は「エリックとお呼びください」と言ってたから、エリックさんでいいか。
彼の部屋の掃除だったと言う。
「だって酷かったんだ。使ってない食器に埃が溜まって字が書けたんだぞ」
「おぉう……」
家主が仕事に出掛けている間に家の中を漁るなんて、決して誉められた行為じゃない。
しかし、あまりの埃の溜まり具合に蕁麻疹がでたそうで、ユウリさんは「やらなきゃ埃に埋もれてた」と遠い目をした。
オマケにエリックさんときたら、彼が仕事の間にお腹が空いたら冷蔵庫に入ってるもの何でも食べていいと言いながら「ほぼほぼ食べられるもんがない」状態。
「味噌と醤油と米があって助かった。それで適当に味噌汁とおにぎり作って食ったけど」
「ユウリさんってそういうのお得意なんですか?」
「うーむ、得意というか……」
ユウリさんはあちらの世界では元俳優というか、ダンサーよりの俳優だったそうで、表舞台から下りたのも怪我で満足に踊れなくなったからだという。
ダンサーとしての彼は聞くだにストイックだったようで、パフォーマンスの質を保つためにコンディションも環境も、全て自分で整えていたそうだ。
食事だって栄養管理から自分で計算していたとか。
プロって凄い。
それは置いといて、兎に角世話になってるし、食事もまともなものが食べたいし埃と寝るのは勘弁して欲しい。
幸い自分は簡単な家事が出来るからと、自ら家事をするのを申し出たそうだ。
エリックさんにしたら、家に帰ったら推しがご飯作ってくれてます。
一緒にご飯を食べてくれます。
なんというファンサービス。
神かよ、貢ぐぞ。
そうなって仕事を頑張りすぎたんだろう。
沼の住人のあるあるだ。
若干遠い目をした私に、ユウリさんが苦く笑った。
「俺の座右の銘は『Que Sera, Sera』さ」と軽やかに言うユウリさんの、その言葉を素直に信じるとして、しなやかに日々を受け入れて生きることにしたユウリさんにも、馴染めないものが一つあるという。
それが「戦闘」だ。
「モンスターがいるのは、まあ……。野性動物の原種だと思えばなんとでもなるけど、俺が生きてきたとこは平和で戦いなんてものとは無縁だった。趣味で武道をする奴はいても、生き死にに関わるからって修めてる奴なんか、俺のいた国にはほとんどいないんじゃないかな」
「それなら驚かれたことでしょう」
「今も驚いてる。あんなおちびちゃんが、木刀振り回してモンスター二匹と互角とか」
ござる丸とタラちゃんをレグルスくんの修行相手に指名したのは、源三さんだ。
彼の見立てによれば、タラちゃんとござる丸のコンビは、レグルスくん一人よりちょっと強いか互角ぐらいの相手で、レグルスくんにはモンスターの人間とは違う動きを学べるし、ござる丸とタラちゃんには人間をいかに傷付けずに無力化するかを学べるという、一挙両得狙いだとか。
私としてもタラちゃんとござる丸ならレグルスくんに大怪我をさせたりしないだろうし、レグルスくんだってそうだろうから、下手に人間同士で打ち合うより安心できる。
時々レグルスくんの木刀が、二匹を掠めて地面の固い石を砕く。
それを見てユウリさんが肩を竦めた。
「こっちのおちびちゃんは、皆地面を割れるのか?」
「私は出来ませんけど、奏くん、私とレグルスくんの友だちなんですけど……は出来る、かも?」
「かも?」
「弓使いだから、比べられないかなって。あ、でも魔術でなら空けられますね。それなら私も出来るし」
「魔術……!」
呻くとユウリさんは天を仰ぐ。
ユウリさんの世界には魔術がないそうだ。
私の前世にだってなかったんだから、同じ世界と思われる場所から来たユウリさんだってそうだろう。
カルチャーショックというのは、結構な打撃だ。
それまでの自分の常識が壊れたり反転したり、兎に角足元があやふやで不安定になりかねない。
私とユウリさんがお茶してるのだって、今までユウリさんを支えてきたエリックさんが、怪我で寝込んでしまっているので、何かと不安定になるだろうユウリさんを心配してのことだ。
異世界に精通していて、違いを説明できる人が傍にいると心強い。
ロッテンマイヤーさんからの提案だ。
ユウリさんにはその心配が解っているようで、なるべく整理を付けるために今までとこれからの話を、私に積極的に話してくれてるみたい。
人に話を聞いてもらうだけで、落ち着くことって結構あるもんね。
一頻り自身の中での整理が付いたのか、ユウリさんが姿勢を正す。
「俺も魔術、使えるかな?」
「え?」
「いや、だって、こっちって日常茶飯事に戦うことが組み込まれてるんだろ? それがこっちの日常なら、オレだって馴染まなきゃならんし、自衛も考えないと。エリックが戦ってくれたから俺達は無事だったけど……アイツ、大ケガしたし」
「日常茶飯事というか、こっちでも戦闘なんて非常事態です。ただ、対処法を知ってるだけで。普段街の人は、うちの衛兵が守りますし」
「その対処法を知ってるのと知らないのとじゃ、雲泥の差って話だな」
「それは否めないかと」
自身の腕を強化してガンガンとレグルスくんの木刀を打ち合わせるござる丸を、援護するようにタラちゃんの糸がレグルスくんへと吐き出される。
それを避けるために、レグルスくんが後ろへと飛び退ると、ござる丸が追撃のために地面に腕のような枝を突き立てると、レグルスくんの着地地点に木が生えた。
しかし、レグルスくんはその木の幹を逆に蹴り飛ばして前方に飛ぶと、屈んで動けないござる丸へと木刀を振り下ろす。
当たると思った瞬間、にゅっとタラちゃんの糸がござる丸を包む。
白い繭に包まれたそれに木刀が触れると、ぺたりと張り付いてしまった。
「むー、れーのまけー……」
木刀を取り上げられてしまったら負けというルールらしい。
ぷくっと頬を膨らませてレグルスくんが私とユウリさんのいるテーブルにやってくると、背後に控えていた宇都宮さんが、レグルスくんの汚れた手を拭いてやる。
するとちょこんと私の膝に乗って、テーブルの上のクッキーに手を伸ばした。
ござる丸もタラちゃんも、修行は終わりになったので、私の足元に来て寛ぐ。
それを見ているユウリさんの視線が、ふっと私の後ろに向かった。
何だろうと振り向くと、アンジェラちゃんを連れたシエルさんが、エリーゼに連れられてやってくるところ。
「あー、アンジェだぁ。クッキーたべる?」
「ひーたま……くえゆの?」
「あ、こら、アンジェ……!」
分けて上げるつもりなのだろう。
レグルスくんはクッキーを幾つか掴むと、私の膝からぴょんっと飛び降りた。しかし、それを宇都宮さんが捕まえて阻止する。
「レグルス様、アンジェちゃんやシエルさんのはちゃんと用意してますから、お席に座ってくださいませ」
「そーなの? わかった!」
言い聞かされてレグルスくんが戻るのは私の膝の上で、そんなやり取りをしてる間に、パタパタとアンジェラちゃんがテーブルに駆けて来て、その後ろを追い掛けてシエルさんがやって来た。
「ひーたま、おやちゅちょーあい!」
「はい、よくかむんだぞ!」
「うん!」
「アンジェ、おへんじは『はい』のがかっこいい」
「あい!」
あらあらまあまあ、微笑ましい。
ほわぁっと二人の幼児の可愛いやりとりに和んでいると、申し訳なさそうにシエルさんが「お邪魔します」と、そっと席に着く。
隣にいるユウリさんの存在に安心したのか、はふぅっと長く息を吐いた。
「少しは落ち着かれましたか?」
「あ、はっ、はい! お屋敷の皆さんにも良くしていただいて!」
緊張ぎみに答えるシエルさんの前には、紅茶とクッキーが並べられた。
カップに口を付けて唇を湿らせると、女の子にしては高い背を縮める。
その様子を見て、ユウリさんが眼を閉じて、再び眼を開いた時には、なにかを決めたような雰囲気を漂わせた。
「シエルちゃん、あのな」
「は、はい!」
「俺とエリックはこの街で働くことになった」
「え? お、お仕事決まったんですか?」
「ああ。それで、今まで家事とかは俺がやって来たけど、仕事をしながらだとちょっと自信がない。だから、シエルちゃんさえ良かったら、俺とエリックの家政婦さんしないか?」
ユウリさんの言葉に、パァッとシエルさんの顔が輝く。
それから立ち上がると「ありがとう御座います!」と、ユウリさんに勢いよく頭を下げた。
するとユウリさんは、私にちょっと意味ありげな視線を投げる。
「と言うわけで、お給料弾んでくださいよ? オーナー?」
「そりゃあ、適正にご相談させていただきますよ」
問いかけに答えると、シエルさんがきょとんと私を見る。
そして小首を傾げると、ユウリさんが「教えていい?」と聞くのに「是」と答えた。
そのやり取りにもシエルさんは不思議そうにする。
お姉さんにつられて、アンジェラちゃんもクッキーを頬張って、ハムスターのようになりながら首を傾げた。
「この街には『菊乃井少女合唱団』っていうのがあるんだ」
「あ、はい。それは知ってます。昨日カフェでお会いしました」
「そうか。それでその合唱団を今度はお芝居が出来るように教えて、歌劇団にするんだ」
「かげきだん……?」
聞きなれない言葉なのか、シエルさんが益々首を捻る。
ユウリさんの言葉を補足するべく、口を開いた。
「ようは歌と踊りを交えたお芝居をするということですよ」
「お芝居!?」
ガタッと椅子を跳ねてシエルさんが立ち上がる。
その様子に驚いていると、シエルさんが私に視線を定めた。
「あの! お芝居ならぼく出来ます!」
「へ?」
「ぼくの家、芝居の一座だったんです! ぼくはお芝居が好きで……でも追い出されて……だけど! だけど! 叶うなら、お芝居がしたいんです!」
カップの中で、大きく紅茶が揺れた。
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感想などなどいただけましたら、幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




