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菊乃井繁盛、万々歳

いつも感想などなどありがとうございます。

今週は書籍発売記念に毎日更新となっております。

 ポテポテと歩くこと暫く、フィオレさんの宿屋に着いた。

 以前来た時は寂れて泊まり客より軽食のお客さんのが多かったらしいけど、厩舎を見ると何頭も馬がつながれていて、二階も通りに面している窓に人影が引っ切り無しに映っている。

 「こんにちは」と挨拶してドアを開けると、中がしんとしてお客さんの視線が私達三人に注がれた。

 しかしそれも一瞬、後はまたガヤガヤと賑やかで、受付から私達を見たフィオレさんの優しそうなお母さんがパタパタと迎えに出てくる。


「まあまあ、よくお越しくださいまして……」

「フィオレさんが私に用事があると聞いたものですから」

「あらあら、あの子ったら! 若様を呼びつけるなんて……!」

「いえいえ、先日出張料理をしてもらいましたから」


 玄関先で話すのもなんだからと奥に通される。

 するとバタバタと厨房からフィオレさんが走ってきたようで、肩で息をしつつやって来た。


「さーせんっ! オレの方から出向かないととは思ったッスけど、どうしても宿から出れなくて」

「忙しいのは何よりですよ。私も散歩になりますし」


 焦りながら話すフィオレさんにお水を勧めると、一気にそれを飲み干して、フィオレさんが一息つく。

 大きく息を吐き出した彼に、レグルスくんがキラキラした顔を向けた。


「またたこぱたべられるのぉ?」

「たこぱ?」

「にぃにがつくった、おいしいの!」


 きゃっきゃはしゃぐレグルスくんは可愛いけど、たこパが何か解らないヴィクトルさんは首を捻り、当のフィオレさんの顔は暗い。

 どうしたんだろう?

 目で問うと、「実は」とフィオレさんが話し出す。


「タコが菊乃井では結構な値段で、高くなっちまうッス。安くて旨いのが売りの街の宿屋じゃあンまり出せそうになくって」

「それならたこじゃなくてベーコンやチーズを入れて作ったらどうです?」

「それだと『たこパ』じゃねぇッスよ」

「ああ……じゃあ、別の名前を考えて、たこパは特別メニューにしたらどうです」

「自分もそれを考えたッスけど、そンなら師匠のお許しが欲しいッス。弟子の分際で師匠のレシピを、勝手に改編したり改名するなんて許されねぇ!」

「ああ、そういう……」


 なんという義理堅さ。

 眉が無かったり、目付きが悪かったりして、取っつきにくそうな見掛けに反して、フィオレさんはそういうところはきっちり筋を通そうとする人だ。


「私の方は構いませんよ。ベーコンまんまる焼きでも(チーズ)まんまる焼きでも、お好きな名前にしてください」

「あざっす!」


 被ってたコック帽を取って最敬礼するフィオレさんの頭には旋毛が一つ。

 そういえばソースは再現出来たんだろうか。

 ウスターソースを自力で作ろうとしたら、凄い時間が掛かる。

 圧力鍋があれば時短にはなるけど、魔術を掛けたのはうちの鍋だけだ。

 聞いてみれば案の定、ソースは目茶苦茶時間が掛かって、それもたこパを安く出来ない理由だとかで。


「ソース自体はトンカツにかけたって美味しいので、需要はあると思うんですよ。後はソースを作るのに掛かる人件費さえどうにかなったら、安価でウスターソースは使えるかと思いますが、どうです?」

「ッス。カレーのお陰で大量に買い付けるから、若様が見つけてきた商人のジャミルさんがスパイスは帝都より安くしてくれるんで、それがどうにかなれば……!」


 そうか、ならやるしかないな。

 ヴィクトルさんを振り返る。

 すると「解ってるよ」と返事をくれた。


「えぇっと、君は魔術使える?」

「料理人なンで、火の初歩程度は」

「じゃあ大丈夫だね。ソース作るのに使う鍋持ってきてくれる?」

「なンすか?」


 突然鍋を持ってこいと言われて、フィオレさんが無い眉を寄せる。

 私は彼にうちの鍋に掛けた魔術を説明して、より簡易に使えるように調整したのをヴィクトルさんがかけてくれると伝えると、パァッとフィオレさんの顔が明るくなった。


「このエルフさん、そんな凄いひとなンすか!?」

「うん。私のもう一人の先生だよ。ロマノフ先生とヴィクトルさん以外にもあと一人いるんだけど、その人は今盗賊退治に行ってるから今度紹介するね」

「あざっす!」


 深々とヴィクトルさんにも頭を下げると、フィオレさんは厨房に駆け出した。

 その背中にヴィクトルさんは肩を竦める。


「夏休み取る筈なのに働いちゃって。あーたんはもっと遊んで良いんだよ?」

「遊んでて出来た魔術ですもん。美味しいものが食べられるなら、バンバン使いますよ」

「君は趣味と労働が綯交ぜになってるのが問題だよね」


 そうかな。

 私、人が言うほど働いてないと思うけど。

 つまみ細工もネックウォーマーみたいな小物も、趣味の延長線上にあるだけ。

 最初に作り方とか教えて会社を立ち上げはしたけど、そこからはロッテンマイヤーさんや先生方、ルイさんやその他の私の知らない人達が頑張ってくれて、ようよう成り立ってるし。

 街興しだって同じで、メニューこそ考えたけど、それで勝負してるのはフィオレさん達、街の人達だ。

 そういうと、ヴィクトルさんが首を否定系に動かす。


「領主の仕事は直接労働するだけじゃなく、そのための環境を整えたり、食扶持になるような事業を起こしたり、そこに適した人材を配置することも含まれる。その点をいうなら、君はその歳で君のご両親より遥かに義務を果たしているんだから、立派だし誉められて然るべきだよ」

「うーん、あの人達と比べられても……」

「あー……ねー……」


 あの人達が勤勉と正反対なのは周知の事実。それと比べて立派だと言われたところで……。

 苦笑するとヴィクトルさんが目を逸らしつつ、レグルスくんに水を向ける。


「れーたんは、あーたんのこと、どう思う?」

「にぃにはいつもしゅごいよ! にぃにはぁ、れーのすちなのたくさん、たぁくさん、つくってくれるのぉ!」


 両手を大きく振って「沢山」をアピールするレグルスくんは、とっても可愛い。

 レグルスくんが喜んでくれるなら、それで良いや。

 ほわぁっとしていると、レグルスくんが手を広げたまま抱きついてくる。それを抱き締め返していると、鍋を抱えたフィオレさんが戻ってきた。


「これなンスけど」

「はいはい。じゃあ、あーたん見ててね」

「はい」

「はーい!」


 私の真似してレグルスくんも鍋を見るし、当然フィオレさんも期待を込めて、ヴィクトルさんの鍋に触れる指先を見る。

 何かを小声でゴニョゴニョと唱えると、ヴィクトルさんの指先から出た光が淡く鍋を包んだ。

 魔力が鍋に馴染むと、光は鍋に吸収されて、やがて消える。


「はい、完成」


 軽いヴィクトルさんの声に、弾かれたようにフィオレさんが鍋に駆け寄ると、具合を確かめるようにペタペタと触れる。

 鈍い光を放つ鉄の鍋を、よくよく見て撫で回して、そしてガバッと勢いよく、ヴィクトルさんへとフィオレさんは頭を下げた。


「あざっす! 本当に助かったッス!」

「どういたしまして。使い方を確認して、不具合があったら菊乃井のお屋敷に連絡してよ。すぐ見に来るから」

「はいッス!」


 嬉しそうに笑うとフィオレさんはすぐに鍋を厨房へと持っていく。

 丁度作りかけのソースがあるそうで、それで試してみたいそうで、【圧力鍋】の魔術が掛かった鍋に中身を早速移し替えた。

 待つこと暫し、圧力鍋効果で煮えた鍋の中身を濾すと、完成したソースを味見してフィオレさんが頷く。


「ウスターソース、まだあと少し煮詰めないとッスけど、出来たッス!」

「やったー! たこパまたできるー!」


 万歳するフィオレさんと、同じくきゃっきゃとはしゃくレグルスくんと。

 二人のはしゃぎ方が似ていて、私とヴィクトルさんは顔を見合わせて笑ってしまった。

お読みいただいてありがとうございました。

感想などなどいただけますと幸いです。

活動報告は当面夜の更新になるかと思われますが、覗いてみてくださると嬉しいです。

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