ほう・れん・そうと海の恩寵
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「……なるほど、そんな事情があったんですね」
「かー、坊達はなんか凄いな!」
ヴィラのリビングで、ロマノフ先生は溜め息を吐き、ジャヤンタさんはお腹を抱え、カマラさんとウパトラさんは遠い目をして、ネフェル嬢のばあやさんとイムホテップ隊長、それから二人の護衛は神妙な面持ち。
あれからロスマリウス様には海底神殿に送ってもらったんだけど、そこには護衛の一人・ジェセルさんが連絡したそうで、バーバリアンの三人と、ばあやさんにイムホテップ隊長もいて。
ロスマリウス様が「じゃあな」と空に消えた後、ロマノフ先生の「ではお話しましょうか」という言葉で、ヴィラへと帰って来て直ぐにお茶を飲みながらの事情聴取が始まったのだ。
といっても、代表して私が喋ってるだけなんだけど。
人食い蟹の群の騒動の時、マリウスお爺さんとお孫さんのロスさんと出会った事、そのマリウスお爺さんとロスさんはロスマリウス様が変身して現れた存在だった事、私達が倒したクラーケンはロスマリウス様やそのご息女のネレイス様にとっては我が子の仇であった事などなど。
「我らが父なる海神が、そんなにお心を痛めておられたとは……」
「そうね。もっと頻繁に地元に帰って話を聞くべきだったわ。ありがとうね、坊や達」
「ありがとう」
カマラさんとウパトラさんは、ロスマリウス様の血を引く龍族。
ロスマリウス様がどれほど一族を愛しているか知っているからか、二人揃ってお礼を言われた。
しかし、ロマノフ先生の表情は固い。
「鳳蝶君、せめて私達にはそのマリウスお爺さんとロスさんに会ったことだけは伝えておくべきでしたね。奏君に直感があったとしても、それを凌ぐ気配隠蔽の手段はあるんです」
「まあ、現地の人間がここに許しもなく入ったら、良い顔されないのは確かだけどな。大方爺さん達の立場を慮ってのことだろうけど、世の中善人の顔した悪党はいるもんさ」
「それは……申し訳ありませんでした」
そうだよね、「ほう・れん・そう」は基本だもんね。
素直にごめんなさいと皆で頭を下げると、くしゃくしゃと頭を撫でられる。感触からしてロマノフ先生の手だろう。
「なんにせよ、ロスマリウス様やそのご息女様のお慰めになると良いですね」
「はい」
「お疲れ様でした。海の中は楽しかったですか?」
「はい! 凄く綺麗でした!」
「ね!」と奏くんやレグルスくん、ネフェル嬢や宇都宮さんに話をふれば、それぞれ「綺麗だった!」とか「あおかった!」とか、そんな歓声が上がる。
そんな中、ネフェル嬢がおずおずとばあやさんを手招いた。
「これ、人魚族の人達から頂戴した。お土産だそうだ」
「左様ですか。よう御座いましたね、ネフェル様。ネフェル様が海を嫌いにならぬようにとのお心遣い、ばあやは海神様に御礼申し上げたく存じます」
「明日、一緒に神殿に行こう。ばあややイムホテップ隊長、ジェセルやカフラーのことも、労ってくださった……」
「なんと……有難いことで御座いますねぇ」
ネフェル嬢が嬉しそうに頷くと、ばあやさんは勿論、厳めしい顔をしていた隊長さんも二人の護衛も、表情を緩ませる。
なので、私達も頂戴したお土産を先生やジャヤンタさん達に差し出した。
「えぇっと、私達もお土産をいただきまして」
「そうなんですか。では開けてみても?」
「いいよー!」
にこにこなレグルスくんから、お土産の袋を受け取ったジャヤンタさんが、カマラさんとウパトラさんにも見せるように、袋の口を開く。
一枚の紙切れが何処からともなく現れた後、袋が消えてどんっとテーブルの上にご馳走が広がった。
それに奏くんが大きな声を上げる。
「あー! 海のなかで食べたごちそうだ!」
「本当です! 若様、これあの宮殿でいただいたお食事ですよ! しかも出来立てのほっかほかっぽいです!」
ひぇ!
確かにテーブルにある料理はどれも海の宮殿で食べたものだし、湯気もほこほこ立っている。
残りの袋を見ながら、ロマノフ先生が感嘆の溜め息を吐いた。
「流石は魔術の神様でいらっしゃる」
「え?」
「こういうのはヴィーチャの方が専門なんですが、今見ただけでもかなり高度な術がいくつも袋に掛けられていますね」
「そうなんですか?」
「ええ。臨時授業をしましょうか」
というわけで、ロマノフ先生に解説してもらうと、袋にはざっと見ただけでも、私達の居場所を探知する魔術に、マジックバッグの魔術と転移魔術が使われているそうで、転移魔術は私達が袋を開けたタイミングで発動するように仕掛けられていた……らしい。
更に中身を残して袋が宮殿に転移するのと同時に、ロスマリウス様のお手紙が探知した私達の元に転移してくるって魔術も掛けられていた。
そもそもの話をすると、マジックバッグの魔術自体が、空間拡張やら時間停止やらいう複雑な魔術の複合だから、種類でいうならかなりの魔術が使われていることになる、とか。
「これだけの魔術を、それも複数の袋に仕掛けるなんて、まさに神業ですね。ヴィーチャならもっと詳しい解説をしてくれるでしょうから、帰ったら聞いてみるといいですよ」
「ふぇー! 神さますげぇな!」
「それにとてもお優しくていらっしゃる」
ネフェル嬢が袋と同時に現れた手紙を読むと、袋は私達それぞれに料理を食べさせたいと思った人の分だけ出てくるそうで、例えばレグルスくんの袋にはジャヤンタさんやウパトラさん、カマラさんの分の料理が入れてあるそうだ。
ネフェル嬢にはばあやさんやイムホテップ隊長に二人の護衛、それからご両親の分、奏くんには源三さんと奏くんのご両親と弟くんの分、宇都宮さんには屋敷で働く宇都宮さんが仲間だと思ったひと達の分、そして私にはエルフ先生達とロッテンマイヤーさんの分の料理が入っているそうな。
でもそれだけじゃないそうで、これにはカマラさんとウパトラさんが悲鳴をあげた。
「ちょっと。お父様ったら、こどもになんてものを……」
「いや、それだけ感謝しているということなんだろうが……」
よく似た双子が、それぞれに色違いの目を見合わせて眉間を揉む。
その視線は私達それぞれが持つお土産の入った袋に向けられていて、手紙を読んだネフェル嬢も、喜びに紅潮していた顔色を青く変えた。
「あ、鳳蝶、た、大変だ!」
「はい?」
「それぞれの袋の底に、あのティアマトという古龍の爪に牙に角、髭に鱗が、どれか一つ入っているそうだ!」
「へぇー……え?」
確かドラゴンの鱗とかって、結構なお値段がする素材じゃなかったっけ?
ぎぎぎと錆び付いたように首を巡らせて、視線でロマノフ先生に尋ねると、先生は思い切り重々しく頷いた。
「どれも武器や防具の材料ですし、単なる龍でも入手は難しい代物です。まして古龍となれば……爪一つだけでも鳳蝶君のお家一つくらい余裕で傾きますね」
「ひょえっ!?」
あわわわわわ!
とんでもない品物に、ロマノフ先生の言葉の意味が解る面々は、私も含めて真っ青だ。
しかし、カラカラとジャヤンタさんが笑う。
「確かティアマト様って名前の龍だよな? 二百年に一回若返って、牙から爪から全部生え変わるんだったか。凄いモン貰ったな!」
つまり、二百年ものの魔力が角だの牙だの髭だのにこもってる訳ですよ。
そういえばレグルスくんの分の袋は開けちゃったんだよね。
はっとしてテーブルに並べられた料理を見ると、皿と皿の間にいつの間にかどーんっと効果音が付きそうなほど堂々と、白く鋭い牙が鎮座していた。
食卓に料理と共に牙が並んでるとか、超シュール。
つか、なんでレグルスくんには牙なんだろう。
他の袋には何が入ってるのかな?
そう思ってると、ロマノフ先生が「もしかして」と呟く。
「どうしたんですか?」
「いや、龍の牙は刀に使われることが多いんです。レグルス君のお土産に龍の牙なら、奏君のは多分髭かと。宇都宮さんは……爪か角かな?」
なるほど、そういうものなのか。
頷くとカマラさんが説明を引き継いでくれる。
「ああ、龍の髭は弓の弦の最高クラスの素材だしな。角は槍の柄に最適だし、爪なら穂先によく使われてる」
「でも宇都宮、モップは使えても槍はちょっと……」
「じゃあ、角が妥当ですかね」
それなら私とネフェル嬢の手元には何が残るんだろう。
鱗は砕いたらビーズにできるっていうし、凄くワクワクするんだけど。
まあ、そんなこんなでこの日は解散。
バーバリアンの皆と海の宮殿の食事を分け合って、和気藹々と過ごした。
次の日は昼近くまで寝てて、起きてからもぼんやりしてたんだけど、お仕事から帰ってきたバーバリアンの皆の元気がなくて。
「悪ぃなぁ、俺らの雇い主がもう明後日に帰るって言い出した」
ジャヤンタさんの話では、なんでも移動したヴィラの景観がそれほど良くなく、更に雇い主さんの小さなご家族が海を怖がって帰りたいと言い出したそうな。
明日は荷造りとか諸々があるけど、明後日にはもう帰ると決まった、と。
「いえいえ、連れてきていただいてとても楽しかったです。ありがとうございました!」
「ありがとな、ジャヤンタ兄ちゃんたち」
「ありがとー! たのしかったー!」
お礼を言うと、バーバリアンの表情が和らぐ。
すると、宇都宮さんが「あ!」と手を上げる。
「ネフェルお嬢様方にもお別れを言わなきゃですね!」
ここで出会った友達とも、お別れの時が来たようだ。
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