哀は愛より出でるもの
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更新は毎週月曜日と金曜日です。
再び気泡に包まれて、クアドリガで海を進む。
今度は凄く静かな海で、ゆらゆらと珊瑚の合間に小さな魚が見え隠れするくらい。
時折魚がロスマリウス様にご挨拶するように、近寄ってきては、ロスマリウス様はそれに手を振り返す。
そのうちに景色が変わって、木の大きな破片がゴロゴロと水底に転がるようになってきた。
目を丸くしていると、ロスマリウス様がニヒルに笑う。
「ありゃあ、難破船だ。沈んで大分経つ」
「難破船……」
「かいぞくせんとか!?」
「いや、商人の船さ」
ああ、海賊って海のロマンだよね。
沈んで大分経つという言葉通りに、漂う木片には藻やフジツボがびっしりついていた。
見回せば船室の壁だったと思われる木の板の隙間をぬって、白いイルカが群で近づく。
その突き出た口に革の袋を、私達の頭数だけ吊り下げていて。
それをロスマリウス様が手を振ると、気泡の中に頭だけを入れて、私達に渡してくれた。
「土産だとよ」
「へ? あれだけ歓迎してくださったのに!」
「いいさ、気持ちってやつだから受け取っとけ」
良いんだろうかと思いつつ、お礼を言うと静かにロスマリウス様は頷く。
景色は変わり続けて、少し周りが暗くなるとともに、何やら巨大な白い角のような物がチラホラ。
じっと見ていると、なにかに気付いたのかレグルスくんが、ツンツンと私の服の裾を引っ張った。
「にぃに。れー、しろいのどこかでみたきがする」
「うーん、私もそう思ってた」
「ああ、おれも。特に筒みたいなのにトゲトゲがついてるのとか……。どこだったかな」
もうちょいで何だか思い出せそうなんだけど、喉元で引っ掛かって出てこない。
魚の骨でも刺さったみたいで気持ちが悪いなぁ……と、思ったところで何か閃いたのか、宇都宮さんが「ああ!」と声をあげた。
「お魚の骨ですよ! あの突起のある筒みたいなの、お魚の背骨です!」
その言葉にまじまじと白い角やら筒やらを見てみると、たしかに骨っぽい。
「魚の骨とは、ああいう形なのか」とネフェル嬢が呟いたのもある意味ショックだけど、骨が転がる海の底もかなりショッキングな光景じゃないかな。
じっと見ているとロスマリウス様が、あれは鯨や海龍の骨なのだと教えてくれた。
だかだかとそんな場所を駆け抜けると、急に辺りが明るくなる。
真昼のような明るさになった矢先、狭まった海溝を抜けると、今度は大きく開けた場所に出た。
そこには陸にあった神殿に使われていたのと同じ柱が何本も建っていて。
立派な柱の前でクアドリガが停まると、ロスマリウス様が柱の前に降り立つ。
「息災か」
慈しむような声でロスマリウス様が、誰もいないのに問いかける。
すると、柱の向こうに見えていたエメラルドの山がずるりと動いた。
そして大きな大きな蛇に似た、しかし角や髭の生えた頭が山から現れ、ゴロゴロと猫が喉を鳴らすのに近い音が降ってくる。
「これはティアマト、海に住まう古龍だ。ここで墓守をしてくれている」
「墓守」
その言葉に辺りを見回せば、花の置かれた木の杭や石柱が乱立していた。
小さなものから大きなものまで、特に小さなものには花輪や貝殻が供えてある。
「大きいのは大人、小さいのは子供のさ。人魚族の子らが眠ってる」
ぽつりと溢れた言葉に、労るように海の古龍が、その頭をロスマリウス様に寄せる。
海に住まう人魚や陸の龍族は、ロスマリウス様の娘さんの嫁ぎ先と聞いた。
その一族は家族として、海神の加護を皆持ってるという。
「あのな、俺は神だ」
「はい」
「神は食物連鎖の仕組みを作った。だからそれを阻んではならん」
皆頷く。
食べなきゃ死ぬのは人間だけじゃないし、動物だってそうだ。
その仕組みを作っておいて邪魔するなら、なんでそんな仕組みを作ったって話になる。
だから神様といえど、そこに手出しは出来ない。そういうことだろう。
「だけどな、人魚族は俺の子ら……正確には孫とかになるんだろうけどよ。俺の家族なんだよ」
小さな墓はこどものもの、大きなものは大人の墓。
ここにあるのは全てロスマリウス様のこどもの墓なのだ。
「お前らが倒したあのクラーケンは賢い奴でな。人魚を狙う時は、必ずお前らくらいのちびを狙うんだ」
ロスマリウス様のお話によると、最初はレグルスくんくらいの小さな子が犠牲になり、その次は私と奏くんくらいの兄弟が犠牲になり、更にその姉が二人の仇討ちをしようとして帰って来なかったそうだ。
陸で私達が彼のクラーケンを討った時、亡くなった子供達が還ってきて、自分達の復讐を遂げたのかと、一瞬柄にもなくロスマリウス様は思ったという。
「ありがとよ。お前らが仇を討ってくれたお陰で、俺もネレイスもクラーケンという種を恨み、憎しみの果てに滅ぼさずとも済む」
「そんな……私達は偶々、ネフェル嬢が捕まってたからで」
「ああ。異国の子、お前にも怖い想いをさせたな。あの時お前を助けることも俺には出来たが、もしやコイツらならお前を助けるためにあのクラーケンを討ち取るやもと、放置した。赦せよ」
衝撃の告白に、一瞬ポカンと口を開いたネフェル嬢だったが、ブンブンと首を振る。
「あ、あの時、直ぐに姿を現されたのは、彼らが駄目だったら助けるためにいてくださったからでしょう? それに、私も少しですがお気持ちが解る……と思います」
「もしも」とネフェル嬢は言う。
もしもあの時、ばあやさんやイムホテップ隊長達が、蟹に食い殺されていたなら、きっとあの蟹を自分は殺し尽くそうとするに違いない、と。
それはクラーケンを憎むロスマリウス様の気持ちと、同じとは言わないが近いのではないか。
それを聞いたロスマリウス様はほろ苦い笑みを浮かべた。
「俺はクラーケンを、いや、クラーケンだけじゃない、生き物を他の生き物を食らうことで生き長らえるように作った。それなのに、自分のちびどもを食い殺されたからって、あるべくように振る舞ったクラーケンを憎む。お前のそれは、俺の身勝手とは違うさ」
ポンポンと頭を撫でられてネフェル嬢が俯く。
人には人の悲哀があって、神様には神様の悲哀があるのだ。
そうして、それを完全に理解することは出来なくても、悲しみに寄り添うことは出来る。
祈るために胸の前で手を重ねて握ると、同じくレグルスくんも奏くんも宇都宮さんも手を組んだ。
ネフェル嬢も手を組むと、誰ともなく黙祷を捧げる。
と、私の肩にロスマリウス様が手を置かれた。
「祈ってくれるのもありがたいが、なにか一曲歌ってやってくれ。俺のちびどもは歌を歌うのも聞くのも、楽器を奏でるのも好きでな」
「はい」
死者への弔いは、即ち生者への慰め。
遺された側は、逝ってしまった誰かの面影を追いながら生きていく。
すぅっと大きく息を吸うと、魔素神経を意識して、一音目を声に乗せた。
神々の世界に迷い込んだ少女が、謎の少年や周りの人々に助けられながら、生きる力を養い、奪われた名前と両親を取り戻すアニメ映画のテーマ。
穏やかな曲調に、生きることの不思議やその先にある死の不思議を柔らかに謳った曲だ。
緩やかに歌が終わりを迎える。
「ありがとよ」
そう言ったロスマリウス様の目元は、僅かに赤くなっていた。
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作者が小躍りします。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




