瑠璃と碧に魅せられて
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更新は毎週月曜日と金曜日です。
コーサラの気候は菊乃井の気候とはまるで違って、雨が多いそうだ。
菊乃井は夏は湿気が少なくて爽やかな代わりに、雨が少ないから油断すると水不足になったりする。
コーサラは夏は台風が多い代わりに、冬も暖かくて、なんなら半袖で過ごせる日もあるのだそうだ。
コーサラより南に行くと、朝夕は非常に寒くて、昼間は凄く暑いらしい。
ネフェルティティ嬢のローブ・ア・ラ・フランセーズは、そんな中を散策するにはかなり不向き。
だから宇都宮さんが買ったばかりのシャツとサルエルパンツをお貸ししたんだけど、お手伝いは断られたそうだ。
自分だけでお着替え出来るなんて、貴人ぽいのに珍しい……訳じゃないみたい。
「風習的な理由で王族も自分で着替えする国もありますね」
「そうなんですか?」
「ええ。肌を親や配偶者以外に見せるのははしたないとか、他にも言い伝え的なものが理由だったりしますけど」
「じゃあ、そんなところは子育ても自ら行う感じで?」
「幼い頃はそうですが、自分でお着替え出来るようになると家庭教師の出番ですね」
なるほど、ところ変わればなんとやらだね。
因みにシャツとサルエルパンツになったのは「普段出来ない格好をしてみたい」というネフェルティティ嬢のご要望に応じてだったり。
宇都宮さんのお部屋からネフェルティティ嬢が出てきたのを確認すると、お出掛けの準備は完了。
ヴィラの玄関から出ると、左右にネフェルティティ嬢の護衛として軽傷だった二人──カフラーとジェセルとか言う、やっぱり顔の彫りがかなり深い色黒男性──が立っていた。
お伴としてイムホテップ隊長が置いていったんだけど、怪我とか問題ないんだろうか。
尋ねると「自分たちは軽傷でしたし、もっと重いお怪我の隊長が働いておられるのです」って。
勤め人、辛い。
さて、これから観光なんだけど、その前に昨日の蟹とタコをモンスターから食材に変えてくれる場所にいくそうで。
前を行くロマノフ先生のマジックバッグの中に、ござる丸とタラちゃんが入り、タラちゃんから延びた糸が私やレグルスくん、奏くん、宇都宮さんとネフェルティティ嬢にくっついて迷子防止のセーフティネット状態。
で、歩きだそうとすると、ネフェルティティ嬢が私の真横に来たんだけど、その間にぐいぐいとレグルスくんが割って入ってきた。
「れーがにぃにとおててつなぐから、れーとおててつないだらいいよ」
「あ、ああ……」
おぉう、世話焼き発動。
そのレグルスくんの姿を見て、宇都宮さんと奏くんが生温く笑う。
それだけレグルスくんの趣味に付き合ってくれてるのね。
ヤシが左右に植えられた大通りを歩くと、団体さんだから自然と道が割れる。
木陰に出ている出店を見ながら進むと、大きな木造のヴィラと似た作りの建物の側で、ロマノフ先生が止まった。
建物に出てる看板は「冒険者ギルド」とある。
「クラーケンがもしかしたら討伐依頼対象になっているかもしれないので、ちょっと調べて来ますね。ついでに食材として切り分けて貰えるよう手配してきます」
「はい、よろしくお願いします」
シュタッとタラちゃんとござる丸が鞄から飛び出すと、ロマノフ先生はギルドの中に入っていった。
ヤシの木陰で先生を待っていると、ふわっと強い風が吹いて、シャツの裾がヒラヒラとそよぐ。
ネフェルティティ嬢の前髪も、さわさわと持ち上がった。
すると、そこには左右で色の違う──右はラピスラズリ、左はアクアマリンの瞳があって。
「ひぇぇ、美人!」
私の声に驚いたのか、ネフェルティティ嬢はハッとして直ぐに瞳を隠してしまう。
それを咄嗟に背伸びして、ネフェルティティ嬢の頬を両手で包んで邪魔してしまった。
「綺麗なんですけど! なんで隠すんですか!?」
「ッ!?」
私、美人は男性も女性も好きなんだよね。
見てて飽きないもん。
大分誉められない趣味だけど、こればっかりはいかんともしがたい。
って言ったって、見てるのが好きなだけなんだけど。
「若様! お嬢さんにいけません!」
「あ! ごめんなさい!」
宇都宮さんが出した悲鳴に我にかえると、両手を慌ててご令嬢の頬から離す。
護衛の二人も凄く慌てて、私をネフェルティティ嬢から引き離そうと手を伸ばしていたようで、ござる丸とタラちゃんと宇都宮さんはそれを抑えてくれていた。
いやー、あんまりにも美人でびっくりしちゃった。
無作法な行動にネフェルティティ嬢は顔を赤くしていたけれど、ブンブンと首を横に振って。
「い、いや、驚いたが……謝らなくていい」
「でも女性にして良いことではありませんでした。本当に申し訳ありません」
「気にしないから……。それより、気持ち悪くないのか?」
「何がです?」
「……その、眼が……」
怒る処か気にするなって言ったかと思うと、モジモジと気持ち悪くないのかって、どういう流れなんだろう?
頭に疑問符が浮かびまくったけど、先ずは肝心な事を話さなければ。
「気持ち悪いなんてとんでもない! 余りにも綺麗だから、ついつい隠すのが勿体無くて。不躾なことをしました……」
「そうか……綺麗、か」
色違いの両目を伏せると、長い睫毛が顔に影を作る。
それも芸術的なラインで素晴らしいと思う。
じっと見ていると、奏くんが「ああ!」と何か思い付いたように手を叩いた。
「それってアレだ。『金銀妖瞳』ってヤツだ」
「金銀妖瞳?」
それはアレか。
前世では遺伝子の悪戯で起こるとされていた人体の不思議で、猫や犬に現れたら『オッドアイ』と呼び名が変わるヤツか。
ほぇー、奏くんたらよくご存知で。
私の内心を悟ってか、奏くんが肩を竦める。
「若さま、もしかして知らないのか?」
「何が?」
「あのな、おれたちの国では金銀妖瞳って言えば、英雄の証なんだぜ?」
「へ? そうだっけ?」
そんな話、あったっけ?
怪訝な顔をすると、レグルスくんが何かを察したようで、後ろをはっと振り向く。
するとそこには苦笑いのロマノフ先生が立っていた。
「鳳蝶君には大分前に軽くそんな話はしたんですけどね。本当に興味のないことは覚えてないんだから」
「あー……ごめんなさい」
そういや私、あんまり麒凰帝国の歴史に関して知らないや。
その国に伝わる英雄譚は、歴史の縮図でもある。今度からはもうちょっと真面目に聞こう。
そう思っているとロマノフ先生が説明してくれた。
曰く、帝国の初代皇帝の親友がヘテロクロミアで、初代皇帝が帝位に就いた際に、元々の皇帝の所領を任され、コーサラの前にあった国が帝国建国のゴタゴタに乗じて攻め込んできたのを、寡兵で滅ぼしたそうだ。
その後はよく辺境を安堵したらしい。
しかし、その家も何代目かの当主の出来が悪かったそうで、既に断絶して久しく、辺境伯は違う血筋のひとに任されているとか。
「なるほど」
「本当に君は落とし穴が凄いところにあるんだから。こちらもうっかり『知っている』と気を抜けないところではありますね」
うーむ、気を付けよう。
兎も角、気持ち悪いとかあり得ない。
ネフェルティティ嬢に満場一致で伝えると、とても驚いた顔をする。
いや、ネフェルティティ嬢だけでなく、護衛二人もなんだけど。
何なんだろう?
首を捻ると、私とレグルスくんを挟んでいたのが、レグルスくんと二人で私を挟むように手を繋ぐことになって。
「鳳蝶、次はどこにいくのだ?」
「次は……どこですか? 先生?」
「そうですね、コーサラ名所の『海底海神神殿』が近くのようですね」
海底神殿って名前だけでもワクワクしてくる。
海底に住む魚とか見られるんだろうか。
ポテポテとまたロマノフ先生の後ろに着いて歩き出す。
椰子の並木は街から少し出た小高い丘に続いていて、そこには遠目でも解るパルテノン神殿のような建物が鎮座していた。
彼処の建物から海底につながる道があって、自走する道……前世のエスカレーターとかそんな感じの……に乗って、海底の神殿に行くらしい。
さわさわと海風が気持ちよく、髪や裾を閃かせていく。
その度にネフェルティティ嬢が前髪を手で押さえつけているのが、凄く勿体ない。
それを後ろで見ていた奏くんが、小首を傾げつつ言った。
「なぁ、なんで隠すの?」
「え……あ、の……」
モニョモニョと小さな声で言うネフェルティティ嬢の言葉を待っていると、私と奏くんとご令嬢のやり取りに気付いたロマノフ先生が、何かに気がついたようで何か言おうとする。
しかし、それより早くネフェルティティ嬢が意を決したように口を開いた。
「その……私の国では金銀妖瞳は不吉とされていて……気持ち悪いって言われるんだ……」
「へ?」
「何でだよ、おれたちには英雄の証だぞ!?」
「それは……でも私の国ではそういう言い伝えなんだ……」
思いがけない言葉に絶句すると、脳内で「俺」の記憶が迸る。
前世、とある国では神様の乗り物とされた存在が、そのとある国と敵対していた国では魔物とされていた。
もしや、これは。
押し黙った私を奏くんがワクワクした目で見詰め、ネフェルティティ嬢は俯く。
ロマノフ先生は私が何かを思い付いたと感じたのか、ご令嬢の護衛二人に何やらゴニョゴニョ話している。
レグルスくんが「にぃに?」と、私を呼んだ。
「もしかして……もしかして、ネフェルティティ嬢のお国は昔帝国の辺境を攻撃したお国では?」
「あ、長いからネフェルでいい。……そうだ。私たちの国は王朝が何度か変わってて定かではないが、そう伝えられている。い、今はちゃんと国交もあるが……」
「ああ、そうなんですね。じゃあ、やっぱりこの線かな……」
まあ、他にも何かあるのかもしれないけど、帝国では英雄の証がネフェル嬢のお国では不吉の証という。同じ事象に対して、二つの国で正反対の言い伝えだというなら、さっきの敵対していた国同士の例の線が一番濃い。
「他にも根拠があるのかもしれませんが」
そう前置きして、私は金銀妖瞳が帝国では吉祥、ネフェル嬢の国では不吉とされている理由は、かつての辺境の争いが原因で、帝国の辺境伯は帝国では英雄だが、ネフェル嬢のお国ではモンスターみたいなものとされているのだろう。
ならばその辺境伯の特徴たる金銀妖瞳が不吉の証と伝わってもおかしくはない。
そしてそのうち理由だけが風化して、金銀妖瞳が不吉だという偏見だけが残ったのだ……と思うと伝えた。
「……そんなことってあるのか……」
「無くはないですよ。戦争した国同士なんて、国民感情最悪だし」
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いは、よくあることだ。
大方最初は「帝国の金銀妖瞳は不吉」って言われてたのが、時間を経て「金銀妖瞳は不吉」だけが残ってしまったのだろう。
人の感情の縺れや諍いの爪痕は、根深く残って迷信や偏見を生んでしまうのだ。
「なるほどな。おれ、若さまが勉強しろって言ってる理由が本当にわかった。勉強して、今みたいにちゃんと原因とか考えられたら、生まれつきのことで他人を変だって指差すアホなヤツにならなくて済むもんな。おれ、がんばるよ」
「これはでも、私が考えたことだから本当にそうか解んないよ。けど、一緒に頑張ろうね」
「おう!」
「れーも! れーもがんばる!」
きゃっきゃする私たちを、ネフェル嬢と護衛二人が唖然と見ていた。
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