浜辺まで後何日
評価、ブックマーク、誤字報告ありがとうございます。
更新は毎週月曜日と金曜日の週二回です。
さて、海行きが決まってからの二週間は怒濤のように忙しかった。
私とレグルスくんと奏くん以外の人が、だけど。
まず旅支度にエリーゼと宇都宮さんがてんやわんやで荷物や服を揃えてくれて、それの統括や行く場所の観光地やら私が好きそうなものを色々ピックアップして、更にEffet・Papillonの注文の整理等々をロッテンマイヤーさんがほぼ一人で片付けてくれた。
ヴィクトルさんやラーラさんは、ルイさんとシャトレ隊長に協力して、砦の運用や必要な物資の調達を請け負ってくれて。
実は私がボロボロだと思った装備は、シャトレ隊長が去年罷免された代官対策に、わざとそういう偽装を兵士たちに命じたり、自分の装備にも施していただけの、祖母から贈られた物凄く良いものだったそうな。
そこに私が全力で付与魔術をつけたもんだから、まさしく一騎当千状態になっているそうだ。
シャトレ隊長のその申告を受けて、兵士たちの装備を鑑定したヴィクトルさんがそう言ってた。
ロマノフ先生は私が軍を掌握したことと、暫く夏休みを取ることを、ロートリンゲン公爵へと伝えに行ってくれたり。
両親は相変わらず、色々な貴族に見世物的な扱いを受けているそうだ。
お誘いは尽きないから、菊乃井に怒鳴り込みに来るなら秋の終わりくらいだろうと、公爵は仰ったとか。
まあ、それは予測の範囲内だ。
それまでに気力も体力も充実させておかなければ。
バーバリアンの三人はと言えば、この機会にと武器を新調していた。
武闘会が終わって直ぐ、ジャヤンタさんは壊れた斧の破片と、ウパトラさんの曲がってしまった鉄扇を持って、ロマノフ先生に名工・ムリマの所に跳んで貰っていたんだけど、修理はやっぱり無理だった。
そこで新たに作ってもらうことになったらしいんだけど「ぽっとでの小僧だか小娘だか知らんが、ワシの武器が負けたまんまで終われるか!」と、ムリマが発起して凄いのを誂えてくれたんだそうな。
で、私は何をしてたかと言うと。
「水着って言うのか、これ」
「そう。泳ぎやすくなるの」
「にぃに、うきわってどうするのぉ?」
「これを着けてると、お水のなかでプカプカ浮かべるんだよ」
赤白のストライプ模様のツナギにも似たレトロタイプの水着を、三人揃って着てみると、気分はなんだかもうビーチだ。
レグルスくんも私も奏くんも、ドーナツ型の浮き輪まで装備してる。
タラちゃんにもござる丸にも浮き輪を渡すと、二匹ともジタバタと何だか楽しそうに遊んでいて。
「なぁなぁ、でかい魚いるかな?」
「どうかな、いたら浜で焼いて食べられるかな?」
「おしゃかな! れー、おしゃかなつかまえるー!」
試着を終えて普段着に着替えると、水着と浮き輪を旅支度のなかにしまう。
南国の白浜にさんさんと注ぐ太陽の光は、想像するだけでウキウキしてくるから不思議。
それは私だけでなく、奏くんやレグルスくんもそうみたいで、ぴょこぴょこと身体が動いてしまう。
「そう言えば」と奏くんが、にこやかに笑ったまま話し出した。
「おれさ、あたらしく『かじ』ってスキルが生えた!」
「かじ……鍛治かな? 何か作れるってこと?」
「おう。このあいだ、じいちゃんの友だちのドワーフのおっちゃんが遊びに来てさ。ちょっと農具のなおし方とか教えてもらったら、生えた!」
「えー、かな、すごいねぇ!」
「おう、ひよさまにも今ど、スプーンとか作ってやるな」
「ありがとー!」
おぉう、奏くんは物作りの才能があったのか。それは凄い。
へへっと鼻の下をすると、奏くんは誕生日に貰ったポーチから鉄板を取り出す。
「これでさ、バーベキューにつかったコンロ? そういうの作れるんだぜ」
「おぉお! 凄いね!」
「えー、どうやるのぉ!? かなー、どうやるのぉ!?」
キラキラと目を輝かせるひよこちゃんに、奏くんが得意気に「見せてやるよ」と胸を張る。
鍛治って鍛治場がないと駄目なんじゃないの?
そう思う私を他所に、奏くんは出した鉄板を両手で持つと、レグルスくんと私にちょっと離れるように告げる。
「ほんとはちゃんと場所がいるんだけど、おれはまじゅつが使えるから、かんたんなのならいらないんだ」
奏くんの額にじわりと汗が浮いて、両手で持った鉄板がぐにゃぐにゃと赤く柔らかくなっていく様子に、私もレグルスくんも視線が釘付け。
まるで粘土でも捏ねるようにして、奏くんは鉄板をコンロの形に変えると、今度は「ふんっ!」と気合いを入れて、鉄を冷ます。
すると、そこにはバーベキュー用の小さなコンロが見事に出来ていた。
鍛治ってスキルはかなり便利らしい。
そういうと、奏くんが首を否定系に振った。
「これ、かじだけじゃないんだって。他にもレンなんとかいうのが二つ生えてたけど、じいちゃんの友だちのおっちゃんの話だと、おれはその二つとまじゅつが使えるから、他のかじのスキルもってるヤツよりべんりな使い方ができるんだってさ」
「へぇ、そうなんだ……」
「うん。だから金物がひつようになったら言ってくれよな。おれがかんたんなのなら作るから!」
にかっと白い歯を見せて笑う奏くんは、本当に頼れる兄貴って感じだった。
その夜のこと。
『百華は正しかったようだな』
おいでになった氷輪様が、籠に布を敷いて作ったベッドで寝ているっぽいござる丸を一瞥して仰った。
「どういうことでしょう?」
『マンドラゴラと妖精馬は、共生している。この庭に一年前に根を張ったなら、その時にケルピーはこの辺りにいたということだ』
「そうなんですか?」
『ああ。マンドラゴラの頭に生える葉はケルピーの好物でな。マンドラゴラはそれをケルピーに与える代わりに、種子をそのたてがみに乗せて他所に運ばせているのだ』
なんかくっつきむしみたいだな。
でもマンドラゴラって魔素や魔力が沢山ないと、生きていけないんじゃなかったっけ。
私の心を読まれたのか、氷輪様が頷く。
『ケルピーは高い魔力を持っているから、マンドラゴラの種子に少しばかり取られたところで痛くも痒くもない。ケルピーが魔素の濃い場所を通ると、自然と種子が落ちる仕組みになっていてな。庭で歌っているうちに、無意識に魔力を撒き散らしていたんだろうよ』
「わぁ……」
『お前は異様に効率的に魔素を魔力に変換出来ているからな。加えて百華が長く逗留したのも作用しているんだろう』
氷輪様はふわりと藍地の星が散りばめられたように光るマントを閃かせると、少し目を伏せる。
相変わらずお美しくて、そんな何気ない動作にもため息がでそうだ。
『マンドラゴラが生えたなら、ケルピーがまたこの庭にくるかも知れん。百華を手伝ってやるがいい』
「はい、必ずや」
『ああ』
姫君の憂いの一つが解消できるなら、家来としては嬉しい限りだ。
そんなことを思っていると、ふっと氷輪様が目を細めて、ふっと口の端を上げる。
『海に行くそうだな。あそこはロスマリウスの領分。奴にはお前と弟とお前の友の話を通しておく。楽しんでくるがいい』
「はい、ありがとうございます!」
『どこにいても、お前の歌は我や百華に届く。安心して旅路を行くといい』
これってどこにいても見守ってくださってるってことだよね。
恵まれてるなって、こういうときに何時も感じる。
私は少しでも、それに報いられてるのかな。
お読みいただいてありがとうございました。
評価、感想、レビュー、ファンアートなどなど、いただけましたら幸いです。
小躍りするくらい喜びます。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




