二足歩行のお客さん
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なんか、こう、甘やかされてるよなぁ、と。
海行きの話が出た翌日、サクサクと魔術で土を耕しながら、同じく魔術で畔を作っている奏くんに相談すると、きょとんとこっちを向く。
「ダメなのか?」
「え?」
「それってダメなことなのか? 若さまがいやならおれが先生たちに言ってやるけど、いやじゃないんだろ?」
「嫌なんてとんでもない! 嬉しいよ! でも……」
先生たちにご迷惑やご負担になってないだろうか。
去年も野菜を植えた菜園、今年は人参と大根が加わって更に色鮮やかだ。
青々と繁った葉ごと人参を引き抜くレグルスくんを横目に、私たちは冬野菜用の土作りに勤しんでいる。
「あのさ、若さま。先生たちはおとなだぜ? それも若さまやお家にやとわれてるわけじゃない。いやならいやって言えるんだ。それが言わないなら、別にいいんだよ」
「なぁ、じぃちゃん!」と、レグルスくんを見てくれている源三さんに、奏くんが水を向けると「おうさ」と源三さんが返してくれる。
でも家庭教師にしたってほぼ無料だし、その他にもご協力いただいてるのに、この上遊びにまで連れて行って貰うなんて。
本当に良いのか気になってしまう。
「そんなに気にするなら、行くの止めたらいいじゃん」
「いやー、でも……」
「ジャヤンタ兄ちゃんたちだって別に先生たちがいなくたってそこには行けるんだろ? 若さまがそんなに気を使うならことわりゃいいよ」
「うー……海には行きたい! っていうか、レグルスくんや奏くんと海で遊びたい!」
「じゃあ、先生たちに『ありがとうございます』でいいんじゃね? 後のことは後で考えりゃいいんだよ」
細けぇことはいいんだよとばかりの言葉に、思わず頷く。
そうだよね、折角連れて行って貰えるなら目茶苦茶楽しむのが礼儀ってもんだよね。
後でやっぱりお礼がしたくなったら、何か作ろう。
そう決めて畔や土の整備を終えると、レグルスくんのもとに奏くんと歩き出す。
すると、大根の畑の一角、規則正しく並んでいるはずの場所に、一本だけ抜いたような跡があって。
「レグルスくん、大根一本だけ抜いた?」
「れー、にんじんしかぬいてないよぉ?」
「そうなの? 一本だけどこにいっちゃったのかな?」
「さがす?」
こてんとレグルスくんが首を傾げると、ふわふわの金髪が揺れる。
この屋敷の庭には、狐も狸も出るし、ウサギもいたりするから、それが持っていったのかも知れないな。
そういうと、ちょっと奏くんが変な顔をする。
「たぬきにきつねは大根食べないと思うぞ。うさぎは大根よりにんじんじゃないかな」
「ああ、そうか。うーん、じゃあ何でないんだろ?」
首を捻ると「あ!」と奏くんが声をあげた。
何か思い当たったようで。
「ポニ子じゃないか?」
「ポニ子さん? ポニ子さんは厩舎に繋がれてるから、ここには来ないよ」
「いや、ポニ子、さいきん、きゅうしゃを抜け出して庭で遊んでるみたいなんだ。さっきヨーゼフさんが『若様に言わなきゃ』って言ってて、おれが伝えとくって言ったの忘れてた」
「ああ、そっか……。おやつに持ってったのかな?」
つか、厩舎から抜け出せるってポニ子さんどんだけ賢いの。
だけどイメージ的には馬も大根より人参な気がする。
まあ、それでも畔一つ食い尽くされてるなら問題だけど、大根一本くらいなら特に気にしなくていいかな。
今日のサラダに使う人参数本と去年も植えていたトマト、きゅうり、茄子、それからフランボワーズを収穫すると、庭仕事はこれで終り。
源三さんが一番重い人参と茄子の入った籠を持つと、奏くんがトマト、私がきゅうり、レグルスくんがフランボワーズの籠をそれぞれ持って厨房へ。
とてとてと歩いていると、後ろから裾を引っ張る感じがあって。
レグルスくんかと思って振り返ると、誰もいない。
というか、レグルスくんは隣にいたし、何より両手はフランボワーズの籠で塞がっているんだから、私の服の裾を引っ張るなんて出来ない。
気のせいか。
それからまたとことこ歩いて厨房に今日の成果を届けると、そこで本日の庭いじり会はお開き。
海への旅行の件を詰めようと、奏くんを誘ってレグルスくんと三人でお茶することにした。
奏くんを連れ出す許可は、源三さんを通じて奏くんのご両親から得ている。
なので、持っていくものとか着るものとかの相談をしようと思って。
まあ、着るものの相談って言っても、浮き輪がいるかどうかと、水着を持っていくかどうかなんだけど。
浮き輪も水着も、正直あるのか無いのか聞いたことがない。
あってもなくても作ればいいんだけど、奏くんが水着や浮き輪を持ってるなら、それを参考にしたいんだよね。
そんな訳でお茶を飲みながら、その辺のお話をするために、手足を綺麗に洗って、リビングへ。
その途中の廊下で、またもやツンツンと裾を引っ張られた。
レグルスくんとは手をつないでいるし、奏くんは真横を歩いてる。
なんなんだろうと裾の方に視線をやると、足元には大根が立っていた。
それもボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」みたいなポーズの、いわゆる四肢のあるセクシー大根が。
「だいこん……」
「なんで大根が」
「それより、この大根、なんか内まただし、若さまの服にぎってるぞ?」
そう、大根が私の裾をツンツン引っ張ってる。
しかもちゃんと歩けるようで、内股気味に脚に見える根を曲げてもいるのだ。
試しに大根がツンツンしてる側の私の脚を動かすと、大根もつられて二足歩行で着いてくる。
「にぃに、だいこんがあるいたよ?」
「うん、歩いたね」
「大根って歩けたのか。すげぇな」
三人で大根に拍手すると、照れているのか腕に見える部分を動かして、葉っぱが青々繁る頭部を掻くような仕草を見せた。
それに奏くんがはっとする。
「若さま、大根畑から一本無くなってた大根ってこいつかも!?」
「あ!」
歩けるから、きっと自分から畑を出てきちゃったんだろう。
時々口もないのにやたら高い声で「ゴザルゥゥゥ」と聞こえるのは、この大根の鳴き声だろうか。
ていうか、大根って鳴くんだ。
驚いていると、ポンッと背後から肩を叩かれて。
びくっとして振り向くと、ラーラさんが立っていた。
「どうしたんだい、廊下で円陣を組んだりして。海で何するか相談かな?」
「ああ、いや……」
三人で大根を指差して、畑から歩いて出てきちゃったんだろうことを説明すると、ラーラさんが何だか痛そうな顔をして、眉間をもんだ。
それから、ガシッと肩を掴まれる。
「まんまるちゃん、ひよこちゃん、カナ。この世の真理を一つ教えてあげよう」
「「はい」」
「なぁに?」
なんだろう。
私もひよこちゃんも奏くんも、ラーラさんの真面目な表情に息を飲む。
「いいかい、三人とも」
「はい」
「大根は歩きも鳴きもしない」
「「「あっ!?」」」
思わず三人で顔を見合わせたけど、そうだった!
大根は歩きも鳴きもしないんだった!
突きつけられた事実に愕然としていると、大根が小さく「ゴザルゥゥゥ」とまた鳴く。
大根じゃないんなら、これは一体なんなんだろう。
考えていると、ラーラさんの背後からひょこんとヴィクトルさんが顔を出した。
「四人とも、こんな廊下でなにやってんの?」
なにと言われても困るんだけど、レグルスくんと奏くんも同じく困ったのか、大根に視線を落とす。
それに気がついたヴィクトルさんも視線を下に向けると、大根に気づいたようで「ん?」と眉を寄せた。
「ちょっと、ラーラ。あーたんが心配なの解るけど、こどもにマンドラゴラなんか食べさせたら興奮して夜に寝られなくなっちゃうよ?」
「マンドラゴラ!? この大根、マンドラゴラなんですか!?」
「ああ、そうか。マンドラゴラなら二足歩行出来るし鳴くか」
「え、なに? どう言うこと?」
首を傾げるヴィクトルさんに、「なるほど」と納得するラーラさん。
背後から更にやって来たロマノフ先生の笑顔が凄いのは気のせいかしら。
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