月影さやかに
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はっとして目を開くと、辺りは暗くて。
瞬きを繰り返すと、ようやく目が慣れてきたのか、闇が薄らぐ。
さらさらと衣擦れが聞こえて見回せば、カサカサと黒い塊が頭上で動いた。
「タラちゃん?」
呼べば塊から延びた蠍の尾のようなモノが、激しく左右に揺れる。
犬は喜ぶと尻尾をブンブン振るけど、それに似ていてちょっと面白い。
「ふふっ」と笑えば、『起きたか?』と影が動く。
「ひょう、りん、さま?」
『ああ』
さっきまで寝てたからか、声がちょっと枯れてる。
眉をしかめたら、背中にひやりとした手が差し込まれて、身体を起こしてくださる。
お礼をいうと、氷輪様が水の入ったグラスを差し出して下さった。
『熱がまだあるのだろう、飲むがいい』
「は、い」
頷いてお水を飲むと、冷たさが身体に染み込む。
あー、なんか生き返るわぁ。
ホッと一息つくと、サワサワと頭を撫でられる。
「ありがとうございました。あの、ここまで運んで下さったのって……」
『気にせずともよい』
抱っこされたと思ったのは錯覚じゃなかったらしい。
あわあわしていると、もう一度頭を撫でられた。
『気にせずともよいというのに、難儀なこどもめ。そんなことだから回さずともよい気を回して、熱なんぞ出すのだ』
「う、その……申し訳あり」
「謝るでないわ」
「ッ!?」
いる筈のない姫君様の声が聞こえたと思ったら、部屋のど真ん中で空気が渦巻く。
そしてピカッと光ったかと思うと、姫君が部屋のど真ん中にいらして。
『遅かったな』
「喧しい。そなたがいきなり現れた上に、妾まで姿を見せたとなれば、神気が強すぎてひよこ以外の者が気絶するであろうが」
『そうか』
「ふん!」と鼻息荒く言う姫君を、氷輪様はさらりと流す。
そのやり取りをぼんやりみていると、しゃなりしゃなりと姫君がベッドへと近付いてきた。そうしてボスッとベッドに腰かけると、私の額に手を伸ばす。
ひたりと触れる手はさらりとしていて、柔らかく、たおやかだ。
「どれ」とさやかに唇が動いたかと思うと、何だか身体が軽くなったような。
「熱を下げたが、調子はどうじゃ」
「はい、何だか楽になりました。ありがとうございます」
「うむ、後は水を沢山飲んで休むが良いぞ」
くふりと微笑みを浮かべると、姫君に身体を押されてベッドに沈む。
するとすかさず寝かしつけるように、氷輪様にぽんぽんとリズムをとるようにお腹を擦られて。
『お前のお守りたちには、お前が熱を出したのは、我らが異世界の文化を真似するなら異世界の歴史も学んだ方が良かろうと見せたものが悪かったのだろう、と説明しておいた』
「お主、こやつがロッテンマイヤーとやらに革命云々言うておったところからみておったのかえ?」
『……あのやり取りを知っていると言うことは、お前も見ていたのだな』
「妾はこれの主ゆえな。臣下のことを常に見守るのは主の務めぞ」
『ふん、その割に出遅れたな』
「夜はそなたの支配下ゆえ、妾が干渉しにくいからではないか!?」
キッと姫君の眉がつり上がる。しかし氷輪様はそっぽを向いて応えない。
っていうか、話を総合すると、お二人はいつでも私を見守ってくださっているようで。
「あの……私の体調が悪そうだから、来てくださったんですか?」
『それ以外に何がある』
「うむ、朝は元気であったのにのう。桃をおいておくゆえ、朝にでも屋敷の者と食すが良いぞ」
「ひぇ!? 仙桃みたいな大事なものを頂くような病気じゃ……!?」
「イゴールの囲うておる小僧も、病の時は桃じゃと言っておったそうだ。桃は桃よ。見舞いじゃ」
何でもないことのように仙桃を枕元におかれてしまう。
目を白黒させていると、氷輪様が『受けとれ』と目線で仰って。
これは貰っておかないと逆に怒られるやつだ。
お礼を伝えると、姫君の眉が上がる。
「そなたの憂いは、異世界の歴史と今の帝国の有り様が似ている……だけではないのじゃろ?」
「それは……その……」
識字率をあげる、産業を起こす。
それは一見良いことだけれど、物事には何事も表があれば裏もある。
領民に学問を敷くことで起こるのは、きっと良いことだけじゃない。良くないことも起こるんだろう。
口ごもると額をちょんと、姫君の爪紅の鮮やかな指先でつつかれた。
「理由はあえて聞かぬ。聞かぬが、だからこそ言っておく。それはまだ杞憂じゃ。何せまだ、そなたは何も成してはおらぬからの」
『もっとも何かを成して、それがどういう変化をもたらそうともお前の責任ではない。道具は道具。使い方を教えたら、そのあとでそれをどう使おうとも、使うもの次第だ』
そう、なんだろうか?
ぽふぽふとあやすようなリズムに、段々と眠気がやってくる。
もっとちゃんと考えないといけないと思うのに、目がしょぼしょぼしてきて。
ああ、でも、来て下さったお礼もまだ言えてない。
と、トントンと外から扉を叩く音がする。
「誰」と聞く前に、姫君が「ひよこ?」と呟く。
姫君が扉に向かって団扇を閃かせると、静かに重いドアが開いて。
「にぃに?」
「ひよこ、部屋に入って速やかに扉を閉じよ」
「ひめさま? はい!」
ぱたりと扉が閉まると、とてとてと軽い足音。
レグルスくんがベッドに近付いて来たようで、姫君が声をかけた。
「どうした、ひよこ」
「にぃに、おねつ……?」
「もう大丈夫じゃ、明日には元気になっておるぞ」
「れー……わたし、ここにいちゃだめですか?」
「兄が心配かえ?」
今にも落ちそうな瞼を開ける努力をしていると、そっと氷輪様に手で目を覆われる。
「大人しく眠れるかえ?」
「あい!」
「そうか、ならば兄の横に入るがよいぞ」
もそもそと布団が動くと、真横にレグルスくんが寝転んだような気配があって。
『弟も案じているし、我らも案じている。よく休め』
お礼も言えないまま、私は静かに眠りに落ちていった。
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