I can’t do it at my pleasure
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ロッテンマイヤーさんとの話し合いの後、少し休んでからの夕方。
ヴィクトルさんがヘロヘロになりつつルイさんを連れて屋敷に戻ってきたので、一緒に夕食でもという話に。
本来は食事の席で消化が悪くなりそうな話はしたくないんだけど、エストレージャは砦に留まり、屋敷の守りは先生方とバーバリアンの三人になった。
情報共有のためには、まあ、しょうがないのかな。
ルイさんはヴィクトルさんと一緒に砦に行き、シャトレ隊長と今後のことを話し合ったそうだ。
現場の指揮権はシャトレ隊長が執るのは当たり前として、連絡役を置いて密に連絡を取ることにしたそうだ。
そして、形式上の指揮権はやはりルイさんが持つことになったらしい。
それは要するに父が砦にやって来て、演習だとかなんだとか言って出兵を促しても「経費見直しのために私には権限がなくなりました。サン=ジュスト氏に確認を取って下さい」で押しきるための方便だとか。
で、ルイさんは「では演習の目的や指針、今回の演習にかかる費用の見積もりを用意して所定の書類を提出して下さい」って感じでのらりくらりする気でいる。
これで父がルイさんを罷免するとか言い出したとしても、ルイさんは宰相閣下からご紹介頂いた人材。辞めさせるとなれば、如何なる非があったのかをお話して、宰相閣下の御納得を頂かなくては後々の仕事や人間関係に響く。
だけどルイさんが雇われたのは領地の立て直し、つまり経費削減や何やかやをするため。
いきなり何も起こってないのに領地の軍を動かすなんて言い出す伯爵と、経費削減のために難色を示した代官と、どっちが筋の通ったことを言ってるかなんてお察しだ。
更に伯爵夫妻の社交費の費用対効果の低さを理由に、それを削減して本来あるべき防衛費に回す旨の書類も出来ているという。
これで父の武器は使用不可。
残るは母の方だけど、これが意外や意外「何か誤解があるようですけど、私はあえて息子を厳しい環境においているのですわ。陛下からのご叱責は、ある意味私の計算通りですの」なんて嘯いているそうな。
私を領地に放っておいたのも、祖母が私に領地を守る強さを身に付けさせるべく、母に「育児に関わるな」と遺言していたからだと、お涙頂戴の三文芝居をやっているという。
真に受ける人間は当然いない……こともないそうだ。
そして、そんな嘘っぱちを真に受けて、私と母の親子仲を取り持とうとする者もいるらしいので注意するようにと、冒険者ギルド経由の速達でロートリンゲン公爵が教えてくれた。
面倒くさい輩が湧いたな。
そんな感想が表情に出ていたらしく、報告してくれたルイさんが苦く笑った。
「解らなくもありませんが、そういう想像力の足りぬ輩は一定数いるものです」
「かかわり合いにならずに済めばいいんですけどね」
それよりも冒険者ギルド経由の速達の存在の方が気にかかる。
どんな仕組みなのか訊ねると、軽く眼を見開いた後でラーラさんが教えてくれた。
まず、冒険者ギルドや職人・商人ギルドは、海をまたにかけるネットワークを持つそうで、そのネットワークは転移魔術を刻んだ石盤で結ばれている。
ただ運べるもの自体は人なら一人が限界だし、荷物もそんなには無理。送れる場所だって、冒険者ギルドを経由したなら指定した冒険者ギルド、商人ギルドなら指定した商人ギルドにしか送れない。後はギルドへの依頼として届けて貰うか、取りに来て貰うしかないそうだ。普通の輸送法よりは割高だけど、一刻を争う場合やら貴族的には充分早くて便利。
「うーん、沢山運べたらラ・ピュセルのコンサート観賞ツアー組めるのに」
「巡業に行くんじゃなくて、こっちの専用劇場に来てもらうってこと?」
首を傾げて、ヴィクトルさんが聞く。
ラ・ピュセルのコンサートとあって、ジャヤンタさんもきらきらした目で私を見ている。
「だって行くより来て貰う方が、菊乃井にお金が落ちますし。たとえばですけど、コンサートチケットと交通費、宿泊費込みでいくら~とかパックにして売り込むんです。転移魔術が容易に使えたなら馬車より安く交通費設定出来るし、浮いたお金で何度も来てもらえたら、その方が得かな……」
「と」と言いかけて、ロッテンマイヤーさんの背中から雷雲が立ち込めた気がして、口をつぐむ。
そうだった。
私、ちょっと休むんだった。
そんな私の様子とロッテンマイヤーさんを見比べて、ウパトラさんが何か言いかけたジャヤンタさんの口を塞ぐ。
「それよりも、坊や体調はどうなの? 倒れたってきいたけど」
「ああ、目眩がしたと聞いたが?」
「実はその件なんですけど……」
目眩がしたのは一瞬で、後は取り立てて何もない。でも大事になる前に、少しだけ休養しようと思う。ついては依頼された服の完成が遅れてしまうので、申し訳ない。
そんなようなことを話すと、ウパトラさんがコロコロと笑った。
「気にしなくていいわよ、そんなこと。だってワタシたち、アナタの愁いが晴れたらって言ったでしょ。それは体調も含まれるのよ」
「うん。ムリマも『体調が万全でないと、どんな名工だって良いもんなんか打てねぇよ』って、体調が整わない時は打ってくれないもんだよ。そんな時、客はその気になるまで何年も待つものさ」
「え……そういうもんなんですか?」
売り手市場しゅごい。
っていうか、そう言うのは世界に名だたる名工だから出来ることで、Effet・Papillonは零細企業もいいとこなんだから、ダメなんじゃなかろうか。
ちょっと返事に困っていると、ウパトラさんが首を横に振る。
「アナタ、その名工の銘付きの武器を粉々にしたのよ? 新たな名工の出現に、職人ギルドがざわついてるって速達を届けに来た、ここのギルマスが教えてくれたわ」
「そうだよ、まんまるちゃん。ボクの情報網にも早速色々引っ掛かって来てる」
「そうなんですか……」
益々休んで大丈夫なんだろうかって気がしてくる。
そわっとした私の気配に、後ろに控えていたロッテンマイヤーさんがすっと動いて、私の横に立つ。
「若様、何も若様のご趣味までお止めになることは御座いません。ただ少し速度を緩めて、お身体のことを一番にお考えくだされば……」
「そう?」
「はい」
なんか難しいな。
学校を作りたいとか、法律を整えたいとか、領地を豊かにしたいとか、考えるだけでちっとも現実は動いていない。
それなのに、中途半端に革命だのなんだのを知っているせいか、似てるってだけなのに、どうしてもこのまま進んだらあっちと同じく血が流れる日がくるんじゃないかって、気ばかりが焦ってしまう。
もう頭の中がぐちゃぐちゃのごちゃごちゃだ。
整理しきれない色んなものが出てきて、目の奥が熱くて仕方ない。
「若様!?」
「ぅ?」
ロッテンマイヤーさんの珍しく慌てた声に目線をあげると、何だか彼女の顔がゆらゆらと滲んで歪む。
おかしいと思って瞬きすると、頬っぺたが濡れたような。
さっとロッテンマイヤーさんの手が額に伸びるのと同時に、椅子がさっと引かれて、ロッテンマイヤーさんと反対側にラーラさんが立っていた。
すると首筋にひやりと冷たい手の感触。
「お熱が……!?」
「結構熱いね」
ざわっと室内の空気が揺れる。
『お前はなんとも難儀なこどもだな』
男とも女ともつかない声が降ってくる。
ふわりと身体が持ち上がって、目の前いっぱいに夜色の布が広がって、ああ抱っこされてると気づいた瞬間、猛烈な睡魔に瞼が勝手に落ちていた。
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