動かざること山の如く
評価、ブックマーク、誤字報告ありがとうございます。
来月からまた更新を月曜日と金曜日の週二回に戻せることになりました。
次回の更新は10/4の金曜日です。
「大変、申し訳御座いませんでした!」
「「「「「申し訳御座いませんでしたー!!」」」」」
隊長と共に、五十名程の兵士が一斉に土下座する。
その頭やら腕、脚、顔には包帯が巻かれたり、薬草が貼り付けられてたりしていて、思わず私は遠いところに視線を飛ばしてしまった。
どうしてこうなった。
そう思うのは私だけじゃないようで、苦笑しながらジャヤンタさんが私の肩を叩く。
「まあ、掃除が出来たんだし、良いじゃねぇの」
「良い……のかな!?」
つか、麒凰帝国の最上級のお詫びが土下座なんて、今知ったよ。
ヨーロピアンなのに土下座!
私の戸惑いを知ってか知らずか、ふわふわ金髪を揺らしたひよこちゃんが「ふんす!」と鼻息も荒く、腕組みしながら隊長と兵士たちの前に仁王立ちで。
「ひとに! ものをなげるのは! めー! ですよ!」
「皆様ぁ、復唱して下さいませぇ」
「はーい! ご唱和下さいませ!」
「ひとに! ものをなげるのは! めー! ですよ!」
「「「「「ひとにィ! ものをなげるのはァ! めーェ! ですよォ!」」」」」
レグルスくんの言葉に、メイドさんたちがにこやかに笑顔で付け加え、それを強面の屈強な男たちが大声で大真面目に正座で繰り返すとか、もうカオス。
本当に、どうしてこうなった。
「いやー、ひよさま凄いなぁ」
「まさかひよこちゃんポーチから木刀出してくるのも驚いたけど、その木刀一振りの剣圧で兜真っ二つだし、その上後ろの壁が割れるってなぁ」
「や、でも、それを言うならロマノフ師匠と若様も凄いべ? 何せあの速度のひよさまの剣圧が兵隊連中に届く前に奴等に障壁張ってやってたし」
エストレージャは前から思ってたけど、内緒話してるつもりで声が大きい。
大きくため息をつくと、視界の端に真っ二つになった兜が入る。
投げられた兜に一番最初に反応したのは、やっぱりロマノフ先生で。
先生が魔術で私たち全員を包む障壁を張り終わる頃、ジャヤンタさんとタラちゃんが兜を落とすために行動しようとしていた。この間、瞬き一回分くらい。
しかしその瞬きの合間にレグルスくんが、いつも首から下げてるひよこちゃんポーチから、源三さんに作ってもらった木刀を取り出して「ちぇすとぉー!」と気合い一閃。
木刀から発せられた剣圧で兜が割れる寸前、威力の大きさに気が付いた私とロマノフ先生で周りの兵士たちに障壁を作ったという。
ロマノフ先生は流石の一語だけど、私は正直タラちゃんの布を咄嗟に魔力を込めて伸ばしただけで、本当に間に合ってたのか怪しい。
で、剣圧で出来た風の刃は兜を真っ二つにしただけでなく、砦のおよそ頑丈そうな石壁を大きく抉ったのだった。
びっくりだよ。
うちのひよこちゃんは本物の天才だったのだ。
……じゃ、なくて。
ざわついていた食堂が、耳が痛いくらいに静まり返った。
けども、当人の言動によると鬼瓦のような兵士──鬼平兵長とか言うらしい──は、その時非番だったから朝から大分お酒を過ごしたらしく、何が何だか解んないけど、兎に角喧嘩を売られたと思ったそうな。
それで彼とその取り巻きが一斉に立ち上がって、こちらに向かって来たんだけども。
「若様ぁ、この砦ぇ、ちょっとぉ埃っぽいですよねぇ。お掃除してもぉ、よろしゅうございますかぁ?」
「え? あ、はい」
いつもの間延びしたエリーゼの言葉に、なんで頷いたのか。
いや、砦が埃っぽいのはそうだったからなんだけど。
だから後でゆっくりお掃除して貰えばいいかなぁ、とか思っただけなんだよ。
「では、宇都宮さん」
「はい、エリーゼ先輩」
「なァにが、掃除だってん……ぐォッ!?」
エリーゼと宇都宮さんが顔を見合わせているのに、鬼瓦兵長……いや、鬼平兵長が吠えた刹那、その顔面にお盆がめり込んだ。
投げたのはエリーゼで、宇都宮さんも何処から出したのか解らないモップを持っていて。
「えぇ!? ちょっとぉ!?」
「うちゅのみやー! がんばれー!」
「はーい! 宇都宮、頑張ってお掃除しますねー!」
「エリーゼさんも、頑張ってくださいね」
「まぁ! ロマノフ様にぃ応援されてしまいましたぁ!」
いやいや、応援してどうすんの!?
私の焦りを他所に、いきり立った屈強な兵士たちが立ち上がる。しかし殴りかかったものは全て、か弱そうなメイドさん二人にちぎっては投げ、ちぎっては投げされて。
もう、何かエリーゼのスカートがふぁさって広がったら、その下から鋏を二つに割ったような双剣は出てくるし、宇都宮さんはモップを槍みたいに使って、容赦なく兵士たちの顔面を磨くし。
「宇都宮さんの『モップさばきの才能』ってこう言うことだったの……?」
「あ、若様ご存じなかったんですか?」
「なにが?」
「宇都宮ちゃん、ティボルトの稽古相手だし、エリーゼちゃんはマキューシオの投げナイフの師匠ですよ」
「はぁぁぁぁぁっ!? なにそれ!? 初耳!」
どういうことなんだってばよ!?
ロミオさんの言葉に頷くティボルトさんとマキューシオさん。
唖然としていると、ロマノフ先生が悪戯に笑う。
「日頃から二人とも『お掃除はメイドのお仕事に含まれます』って言ってたじゃないですか。屋敷に忍び込んだ溝鼠を退治するのも、主の庭に生えた雑草を取り除くのも、メイドさんのお仕事に含まれるんですよ」
「溝鼠に雑草は解りますけど、あれ人間……」
え、じゃあ、私、前に宇都宮さんに「間諜の素養がある」とか言った気がするけど、本当にそんな感じだったりするの?
呆気に取られてる間にも、兵士たちはお掃除されて、ついでに食堂の埃っぽさも消えていく。
そして時間にして十分くらいだろうか。
食堂は綺麗になり、その場にいた乱闘に加わった数十名の兵士がお片付けされてしまって。
乱闘に加わらなかった人たちは、二人のメイドさんに渡された雑巾とバケツで、長机と椅子とを拭いてピカピカにしてたし。
倒れた兵士を隊長が片っ端から回収していくのをエストレージャと一緒に手伝って、包帯を巻いたり薬草を張り付けたり、凄く忙しなかった。
で、ジャストナウ。
気絶から復帰した連中は事情聴取のち、隊長と揃ってレグルスくんからお叱りを受けた、と。
それにしてもメイドさんたちつおい。
「ロッテンマイヤーさんがエリーゼを連れてくように言ったのって、もしかしてこういうことがあるかもって思ったから……?」
「ああ、それは違うかとぉ。ロッテンマイヤーさんがぁ、私をぉ連れていくように言ったのはぁ、私がぁシャトレ隊長とぉ幼馴染みだからだと思いますぅ」
マジか。
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