疾(はや)きこと風の如く
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話し合いの後、早急にダンジョン近くの砦へルイさんが、私たち──領主の代行者である嫡男が視察に行くと先触れを出した。
砦の責任者からは領主からの正式な通達がないから拒否すると返ってきたらしいが、これは想定内。
何故かというと、現在の砦の責任者である隊長は、父が帝都の騎士団から引き抜いた菊乃井出身者で、父の腹心と言われてる人だから。
馬車と馬を用意すると、この一年、暇があれば菊乃井の色んな所を観に行っていたロマノフ先生の転移魔術で、砦の近くまで転移して乗り込んでしまおうということに。
私もフットワークは軽い方だと思うんだけど、更にロマノフ先生は軽いらしい。
馬車には私とエリーゼ、レグルスくんと宇都宮さんが乗り、馬にはロマノフ先生とジャヤンタさんが乗る。
エストレージャは馬より徒歩のが動きやすいそうで、ロミオさんの背中のリュックにはタラちゃん。
タラちゃんの認識では私は主で、レグルスくんは私の大事にしてる子、エルフ三人衆とロッテンマイヤーさんには逆らってはいけないし、メイドさんや屋敷で働いてるひとたちは守ってあげないといけない存在で、バーバリアンには妙な対抗心を持ち、エストレージャは格下の後輩扱いだとか。
ジャヤンタさんには動物と大まかな意思疏通が可能なスキルがあるらしく、タラちゃんから聞いたそうだ。
エストレージャはガクッと肩を落としていたけど、その話の最中もロミオさんの頭にタラちゃんは乗ってたらしいのでお察しだと思う。
そう、タラちゃん。
昨日の夜もしゅぽんっと脱皮して、蠍のそれに似た形状の尻尾が生えた。
偶然私の部屋にいた時に脱皮したもんだから、一緒にいた氷輪様に見てもらったんだよね。
『これは……奈落蜘蛛の先祖返りだな。珍しいモノを見た』
そうタラちゃんをしげしげ眺めながら仰ってた。
氷輪様の住んでおられるところはタラちゃんの仲間の一大生息地だけど、先祖返りは中々見ないらしい。
糸の強度が上がったのは、やっぱりタラちゃんが進化したからなんだそうだ。
そしてそのタラちゃんに沢山魔力を渡して編んで貰ったストールを、今は巻いてるんだけど、肌触り良すぎて!
夏になってきたからストールなんか暑いと思いきや、魔力を通せば冷え冷えになるし日除けにもなる。
これで日傘作ろうかな。
そんなことをつらつら考えているうちに、目的地にばびゅんっと飛んじゃったようで、後はガラガラと砦へ走るだけ。
パカポコと走る馬車の窓から外を覗くのが楽しいらしく、レグルスくんが脚をパタパタさせるのが可愛い。
「にぃに、おおきいいしのおうちみえたよー!」
「それが砦かな?」
「ごちゅごちゅしててぇ、かっこいいの!」
「ごつごつした石の建物か……」
クラック・デ・シュヴァリエ、或いはカラット・アル=ホスヌと呼ばれる城塞都市が前の世にはあったけど、それに近いのかもしれない。
ぴたりと馬車が止まる。
誰何の声が砦から降ると、それにロマノフ先生が答え、更にルイさんが出した書状を見せているようで、やり取りが続く。
番兵にもあらかじめ拒否の通達が出ていたらしく、「お断り申し上げたと聞いている」との言葉にロマノフ先生が鋭い声を挙げた。
『そちらに拒否権はありません。書状にも帝国認定英雄からの要請でもあると明記しています。帝国認定英雄の要請を拒否するのは、皇帝陛下に弓引くも同じこと。力ずくの鎮圧をお望みであればそうしますが?』
番兵ではどうにもなんない事案だよね、これ。
相手が拒否しても、こちらにはそれ以上の権限と武力を持つ。
抜き打ち調査の書類もルイさんに整えて貰ったし。
外がにわかに騒がしくなる。
待つことしばし、轟音を立てて何かが動く音がして。
『開門!』
番兵の声が響き、再びガラガラと馬車の車輪が動き出す。
と、ちょっと進んでまた止まった。
『この砦の守備隊長を務めるアラン・シャトレだ。ロマノフ卿にお聞きしたい。ここが菊乃井に取ってどういう場所か、知ってのご来訪か?』
『勿論。だからこそ、次の菊乃井の後嗣をお連れしたのです。後学のために』
その言葉と同時に、馬車の扉が開いて、私を馬車からロミオさんが降ろしてくれる。
ついでジャヤンタさんに抱っこされて、レグルスくんも馬車から降りてきた。
隊長と目があうと、一瞬訝しげにした後、レグルスくんへと視線を移したのを感じる。
わずかばかり目が細まったかと思うと、はっと見開く。
その先にはエリーゼがいて。
隊長の唇が小さく「エリーゼ……?」と動いた。
知り合いかしら。
窺うようにエリーゼを見ると悪戯げに微笑まれた。
やだ、気になる~。
「……メイドまで連れて遊山にくるのが後学と?」
「それくらいの事しか出来ていないのは、ここ数年の報告書から見れば一目瞭然なんですが。その監査だと言えばよろしいか?」
皮肉げな隊長の物言いを軽くあしらう。
人は己の鏡、礼ある対応には同じものを返す気でいたけど、そうでないならそれ相応だ。何せ、一応敵地なのだし。
私の物言いが気にくわなかったのか、隊長の視線に敵意が籠る。
しかし、隊長がぐっと呻いた。
「威圧が出来るのが自分だけなんて思わないことですよ」
冷気がストール越しに溢れだして、氷の小さな粒が私と隊長の周りを取り巻く。
昨夜氷輪様と砦の制圧に赴くってことで、魔術師の威圧の仕方を教わったんだよね。
これ、中々魔力耐性の低いひとには辛いらしくて、冷気で締め上げられている気がするらしい。
冷え冷えとした視線を送ると、ざっと彼の部下が殺気立つ。
しかし、隊長が片手を上げるとそれが収まった。
「監査、ですと?」
「はい。代官のサン=ジュストの依頼を受けています」
私の言葉に、隊長がくっと唇を歪め、それから大きな声で笑い出す。いかにも嘲りを含んだ声に、エストレージャが殺気を露にするのを、こちらも片手で制して眉を上げた。
「何がおかしいので?」
「いやはや、御曹子は菊乃井の現状をお分かりでないようだ」
「意味を聞いても?」
「屋敷でぬくぬくと守られておいでの御曹子には想像も出来んでしょうが、この砦には不正に横領をしようとも、手を出せる金なんぞありはせんのです。菊乃井はそんな現状なんですよ!」
まあ、そうだろうよ。
だって兵力があるはずなのに、その影も形もないくらいの予算しかないから、ルイさんが見逃したんだもの。
本当に整った兵力があるなら、それは予算に現れる。兵隊を養うのは金を食うのだ。
だから「ふん!」と鼻を鳴らす。
「誰が不正を暴きに来たと言いました?」
「…………は?」
「だから、誰が不正を暴きに来たと言いました?」
私は一言もそんなことは言ってない。
活動してるかしてないか解んない規模ってことは、それ即ち蔑ろにされてるということでもあるわけで。
「監査の目的は、あなた方兵士の労働環境の改善と社会的地位・賃金の向上、それから戦力向上と災害救助活動訓練を目的とした演習計画の策定ですよ」
ふんぞり返ると、隊長の顎が落ちた。
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