黄金の自由Ⅱ
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ふと視線を感じて顔をソファに向けると、全員が私を見ている。
「どうしました?」
「いや、君が黙る時は自分の考えを整理している時だと思ったので、邪魔しないようにしていたんですが……」
「ああ……ありがとうございます」
ロマノフ先生の言葉に頷く。
私が感覚的に分かっているものを、他人に伝えるにはどうしても言葉がいる。
でもどう伝えたら正しく伝わるかを考えると、自然と黙ってしまうことになって。
考えながら口を開く。
「権力は怖いものです。この数ヵ月のバラス男爵への対応やら色々で、それがよく解りました。私は怖いものは怖くないように遠ざけてしまいたい。でもそれも出来ないなら、縛るほうがいいかなって。私個人はそれだけのことなんですけど、将来的に誰でも政治に参加して権力に触れ得る機会が来るなら、いっそ皆縛ってしまえば公平かしら……と」
「そういう領内法をお決めになって、その法に領主も従う。法の下には領主も領民も平等と?」
「領主が最終責任を取らなければならないのだから、かなりの権限を領主に残さねばならない。だから完全な平等にはならないでしょうが」
ルイさんが顎を一撫でして頷くと、エストレージャやバーバリアンは疲れたのかソファに身体を預けるように座った。
まあ、長話だし、しんどいよね。
エルフ三人衆は何か考え込んでるみたいだし、ロッテンマイヤーさんはルイさんをじっと見ている。
この二人、最近よく話してるのを見るんだけど、仕事が出来るひと同士話があうのかしら。
とりあえず話を続けよう。
「将来的に民意で選ばれた政治家が領地の政治を動かすことになります」
最初は村落の名主や街の顔役が代表として選ばれるだろうけど、時が満ちれば選挙して代表を選ぶことも出来るようになるだろう。
そうなると政治に関する専門家も生まれることに。
政治家のお仕事は内政だけでなく、他領との交渉も入ってくる。
交渉の末に紛争が起これば、そこには軍事が関与してくるわけで。
「軍事というのは政治や外交の延長線上にある事柄なのだから、開戦にせよ終戦・講和にせよ、それらを選ぶには政治の判断がいる。つまり政治は軍事に優先されるべき事柄なのです」
ロッテンマイヤーさんの手元が素早く動くのは、私の説明を書き留めてくれているからだろう。
彼女のメモが読みやすいのは、つまみ細工のマニュアル作りの時に実証済みだ。
後で読ませてもらおう。
「で、政治を司る政治家が民意で選ばれるのであれば、その政治家が選んだ開戦やその他の行動は、当然民意を反映したものだ。責任は全て民意で選ばれた政治家を介して、彼らを選んだ民衆に還ります」
だから選挙の時に、政策じゃなくて知名度やお義理とかで選んじゃダメなんだよね。
「一方、軍人は民意で選ばれたりしない、単なる役人です。これが勝手に行動できる状態だと、民意を反映しない、政治的判断もない軍事行動を起こせてしまう」
「それは……私を最高指揮官に据えるのは、まさか……」
「役所は最終的には議会の決定を執行する部署になりますね。その下に軍事を置くのは、民意を得た政治家の下で軍事を管理するに等しい。それに民意の下に軍事を管理しておくと、領主が例えば民衆を弾圧しようと軍に命令を発しても、命令を無視させることも、反対に民衆を守る盾として使うことも可能です。まあ、将来への布石ですね」
ルイさんは議会政治の到来を期待しているひとだったから、反対はしないだろう。
と、ロミオさんがすっと挙手した。
「あ、あの、将来的に民意で政治が動くとしたら、それは要するにちゃんと考えて代表を選ばないと、領民自体が自分で自分の首を絞めるってこと……ですか?」
「ええ、適当なことしたらそうなりますね。でも適当なことをした責任だから、それはきっちり取ってもらいますよ」
「えぇっと、それはつまり領民も誰かにおんぶに抱っこじゃなくきちんと考えなさいってことで……?」
「はい。菊乃井ではどうあっても領民はちゃんと考えなきゃ生きていけないようにしますから。そのつもりでいてくださいね」
より良い暮らしをしたいなら、学ばなければいけないのは、どんな生き物だってそうだ。
それが人間であれば多岐に渡るだけ。
「代わりといってはなんですが、領主の責任でもって、領民全てに教育の機会を設けます。そこで多様な考え方や知識を身につけてもらい、将来に生かしてくれれば」
「教育の義務化をしたいと言うのは、それが狙いでしたか……」
「まぁね、なんぼ役に立つって言ったって、生活に密接に関係しなきゃ、手を抜きたくなりますよね。でも、手抜きをしたら自分に跳ね返るとなれば最低限は頑張ってくれるでしょ?」
にかっと笑うと、ヴィクトルさんやラーラさんが肩を竦めたのが見えた。
ロマノフ先生は何か面白がっているようでニヤニヤしてるけど。
「政治に民意が反映されるようになったら大変ですよ。だって今まで失策は領主の責任だってイライラしてたら良かったのが、これからは自分達のせいになるんだから、怒りたくても怒れなくなる。領主一人が背負っていた責任を、今度は領民ひとりひとりが負うんですもの」
「あ……」と誰かの口から、驚きの声が漏れた。
そう、議会制というのはそんな民意を反映させるだけの優しい制度ではない。
失策のつけは、民衆にすべからく跳ね返るのだ。
「言ったでしょ、私はそんな良い人じゃないって。これから先は、領民も自分自身の頭と心で未来を選ばねばならないような仕組みを作って行きます」
にっと唇を引き上げると、神妙な顔で座っていた今のところ領民代表みたいなエストレージャの三人が、ごくりと息を飲む。
ロマノフ先生が肩を震わせながら、私に尋ねた。
「で、その心は?」
「ちゃんと勉強しないとお芝居の台詞とか解んないでしょ? こっちが奨めてもそれくらいまで皆面倒くさがって勉強してくんないじゃないですか。『渋々勉強したらお芝居の台詞の意味がめちゃくちゃ解った、お芝居凄く面白い!』みたいな感じだとご褒美感あるし、良くない?」
ブハッとロマノフ先生が吹き出すのに合わせて、ヴィクトルさんやラーラさんが笑う。
えー、私、何か変なこと言った?
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