星の価値は誰が決めるのか
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次回の更新は7/29を予定しております。
敵の戦力の六倍を用意できれば、どんな戦いでも敗けはあり得ないそうで。
「願ってもないことですけど、報酬はいかほどになります?」
「んー? そうだなぁ、俺はラ・ピュセルちゃんたちを間近で見たいかな」
「私もそれで良いよ」
「ワタシは服が欲しいわ。エストレージャたちに負けないくらいの。足が出そうなら素材はワタシが用意してもいいし」
ラ・ピュセルのコンサートチケットは、こどもでも見にこれるように安価に抑えている。
これに料理や飲み物を追加で頼むことによって握手出来たり、お話できたりって権利を買うことになるんだけど、それでもそんなに高くはない。
エストレージャのジャケットだって、初心者冒険者が買えるくらいのやつに毛が生えたくらいのもんなんだけど。
了承しようとすると、ヴィクトルさんにそっと口を塞がれた。
「ラ・ピュセルのコンサートは何とかしてあげるけど、服の素材はそっち持ち。代金も適正価格を払って貰うよ」
言い切られたことに驚いていると、ロマノフ先生もラーラさんも頷く。
するとウパトラさんがチッと舌打ちをした。
「上手くいくと思ったのに」
「冗談じゃない! あーたんは半分趣味で服を作ったりしてるから、そういうことに頓着が薄いけど、本当なら安値で出せるはずのないものを作ってるんだからね。自分の出来ることを安く見積もっちゃ駄目だ。それは同じ技能を持つ人全体を買い叩かせることになるんだから」
「う、そ、そうですね……」
「だいたい僕たちやエストレージャで事足りるんだから、お断りしてもいい案件なんだからね。来たいなら止めないし、ラ・ピュセルのコンサートも上位冒険者が応援してくれるってのは彼女たちに箔が付くから歓迎するけど、今のは頂けない。同じ魔術師なのに、付与魔術師の業を安く見積もるって、キミ、どういう了見してんのさ!」
滅多にないほど強い口調のヴィクトルさんに、レグルスくんも奏くんも驚いている。
今にもウパトラさんの胸ぐらを掴みそうな雰囲気に、カマラさんとジャヤンタさんが割って入った。
「悪い、今のはこっちが悪かった」
「すまん。ウパトラは俺の壊れた武器のモトを取り返そうとしたんだと思う。失礼なことを言った」
真剣な面持ちに、ばつが悪くなったのかウパトラさんも小さな声だけど「悪かったわ」と呟く。
ヴィクトルさんも鼻息が荒くはあったけど、そこは大人だからぐっと飲み込んだようで、ガシガシと頭を掻いてそっぽを向いてしまった。
控え室の雰囲気がピリついて気まずい。
と、レグルスくんが壁にかかっていた時計を指差して大きな声をだした。
「おうた、はじまる!? にぃに、おうた! おねーしゃんたちのおうた!」
「あ、若さま! 合唱団のお姉ちゃんたちとマリアさまのばんが来ちゃうぞ!?」
「は!? 急いで劇場いかなきゃ!?」
やだー、レグルスくんたら時計が読めたの!?
天才がいるよー!?
なんて感動に浸る間もなく、先生方がエストレージャの三人と、私やレグルスくん、奏くんと手を繋ぐ。するとレグルスくんがジャヤンタさんに手を差し出して。
「やじゃんたもいこ?」
「ジャヤンタだってば。良いのか?」
「今日は大千秋楽ですからね、いつもと違ったことをしてくれるそうですよ」
「早くいかないとはじまっちゃいます」
レグルスくんにならって、ジャヤンタさんもカマラさんと手を繋ぎ、カマラさんがウパトラさんの手を取る。
そうして足元が光ると、一瞬の浮遊感。その後、地に足が着く感触がした。
そこは去年の夏、ヴィクトルさんがマリアさんの歌を聴くために用意してくれたボックス席で、皆が余裕で座れる広さがある。
「じゃやんた、だっこしてぇ?」
「おう、任せろ」
手を伸ばしたレグルスくんを、言うが早いかジャヤンタさんが抱っこしてお膝に座らせてくれる。
それにお礼を言うと、私も奏くんと一緒にシートに座って、ロマノフ先生やラーラさん、エストレージャ、カマラさんもウパトラさんも、それぞれ席に着いた。
階下の舞台では丁度、誰かの演奏が終って休憩に入った所のようで、ヴィクトルさんが「僕は指揮があるから行くよ」と去っていく。
「さっきは悪かったな」
「ああ、いえ……私も、私で出来ることだからいいかって軽く頷くところでしたから」
「俺は魔術の仕組みはからっきしだが、特殊な、例えば空間魔術とか召喚魔術を除いた中では、付与魔術が一番難しいって聞いたことがある。ほら、色んな属性の魔術を重ねてバランスよく発動するだろ? だから全ての魔術を研鑽しないと、その専門家にはなれんそうだ。しかしその割に使い手の評価はそんなに高い訳じゃない。目に見える派手さがないからだろうな」
「まあ、地味ではありますよね」
「でもその地味な魔術が、付いてるのと付いてないのでは雲泥の差だ。上位の冒険者はそれが分かってるからより良い付与魔術の着いた防具や武器を探す。それは解るよな?」
「はい」
「修める難しさも、付与魔術のありがたさも、 魔術師なら皆知ってる。それなのにウパトラや俺たちは、それを買い叩こうとした。そりゃあ、同じ魔術師としては許せんだろうよ。ましてあのエルフは鳳蝶坊の先生なんだろ?」
それは解るし、私が頷きかけたのもずいぶん軽率だったと思う。
なんと言うか、私は自分が出来ることなんて大したことじゃないって考えてることが多くて。
私なんかがすることで喜んでくれるなら、なんでもしたいような気になってしまう。
でも、それを商売にした以上は、対価を貰わなければ成り立たない。
材料費だって必要だし。
そう言うと、膝にレグルスくんを乗せたままのジャヤンタさんが天を仰いだ。
「あー……あのエルフの兄さんが怒った理由が解ったわ」
「私にも解った」
「ぅえ?」
「……悪いことしたわね。本当に申し訳ない」
後ろの客席に座っていたウパトラさんとカマラさんが、ひょいと席の間から顔を出す。
それからウパトラさんは立ち上がって、わざわざ回り込んできて私の前に屈んだ。
「ワタシが服を報酬に選んだのは、ジャヤンタの斧と同等、いえ、それ以上の価値がエストレージャの三人の防具にあると踏んだからよ。ジャヤンタの斧は唯一無二、それと等価の物なんてそうそうある筈ないもの。後は、ちょっと悔しかったのよ。ワタシ、魔術には自信があったのよ。だけどワタシは属性が片寄りすぎてて付与魔術が上手く使えない。どんなに優れた攻撃や回復、防御魔術が使えても、付与魔術が使えない魔術師なんて二流よ。それなのにこんなに小さい子が、付与魔術バリバリ使ってるんだもの。それも惜し気もなく。ならタダでそれを貰っても、痛くも痒くもないと思ったのよ」
「それは……個人的なものならタダでも良かったんですけど、エストレージャの三人の防具は売り物にする予定のモデル商品だから……」
「いいえ、そういうことじゃないの。アナタがどういう風に育ってきたかは知らないけれど、ジャヤンタと話してるのを聞いただけでも解ることはあるわ。アナタ、自己評価が低すぎる」
「自己、評価……?」
「アナタは自分を余りに安く見積もり過ぎてる。自分に価値を見いだせないから、自分のすることにも価値が見いだせない。でも他人には価値があるから、同じことをしていても他人のことは高く評価する。だけど他者から見たらアナタも、アナタが評価した他人と同じことをしているの。同等の価値がアナタにも他人にも存在する。解る?」
「…………理屈は」
やっと絞り出した声に、穏やかにウパトラさんが頷く。
「あのひとが怒ったのは、アナタの自己評価の低さに、ワタシが知っててやった訳じゃないけどつけこむような真似をしたからよ」
「知らないのを加味して、あれくらいで納めてくれたと言うべきだな」
「そうね。あのひとは、アナタを大事に思っているから、その自己評価の低さに憂いがあるのよ。それをどうにかしようとも思ってるのね。なのにあんなことを言えば、ああいう反応になって当たり前だわ。アナタにもとても酷いことをした、ごめんなさい」
「いえ、その……」
なんて返せばいいのか解らない。
正直謝られても、何故謝られているかも理屈は解るけど、実感が湧かない。
自己評価が仮に低かったとして、その何が問題なのかも。
戸惑う私の手をそっとウパトラさんが取る。
「今度はこっちからお願いするわ。ワタシたちバーバリアンにエストレージャを凌ぐ服を作って欲しい」
「代金は言い値で構わないし、必要な材料があるならこちらで獲ってくる。手間と技術と魔術を惜しみ無く使って、最高の品を誂えて貰いたい」
「ムリマの斧は壊れたけど、ムリマの斧でさえ通さない防具を手に入れられるなら高い買い物じゃないな!」
「あ、はい。そのご注文であれば価格は後の交渉として、承ります」
なんか大口の商売になる予感がする。
私の返事にジャヤンタさんがニカッと笑うと、膝の上のレグルスくんがキャラキャラと笑い出した。膝が揺れたのが楽しかったらしい。
「ワタシたちの防具に専念してもらうためには、アナタの憂いをなくさなきゃね」
くふんとウパトラさんが悪戯に笑うと同時に、開幕のブザーが劇場に響く。
拍手と共に緞帳が開くと、舞台の上にはマリアさんとラ・ピュセルたちが立っていた。
「本日は大千秋楽! 私マリア・クロウと」
「「「「「菊乃井少女合唱団、ラ・ピュセルの!」」」」」
「「「「「合同コンサートをお楽しみ下さい!!」」」」」
軽やかに明るい声が劇場を満たす。
爽やかで、けれど情熱を感じる六人の姿に、観客席がどっと揺れた。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ( ^-^)_旦~




