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針のむしろの座り心地

お読みいただいてありがとうございます。

書籍化されている部分に関しては、後々の方の資料になればと思い、あえて誤字脱字や加筆訂正部分をそのままにしております。

ご了承ください。

誤字報告機能を利用し、校正をされる方がおられます。

誤字脱字報告以外はお断りしております。

あまりに目に余る場合はブロックさせていただきます。

あしからず。

 衝撃の事実から一夜開けて、両親の帰宅当日になった。

 私はやはり感覚がおかしくて、どうもふわふわしている。

 日課の散歩にでかけても、何だか浮わついて身が入らない。

 そんな状態で姫君の所へいっても中々歌えず、訝しんだ姫君に事情を全て吐かされた。


 「なんと言うか……芝居になりそうな話よのう」

 「そう、なんですが、イマイチ実感が湧かなくて。私、一応当事者なのに」


 いじいじとブラウスの裾の、自分で刺繍した花に触れて弄ぶ。

 私はそもそも両親に好かれていない。それはロッテンマイヤーさんたちに教えて貰った。

 なのに私の中で『俺』が、『家族なんだし』とか『一年くらい顔をみてないんだから』とか、何だか期待を抱いていて。

 期待しちゃダメだと思う反面、もしかしたら……なんて思ってもいるのだ。

 ふうっと大きなため息が出る。それに姫君の眉間に皺が寄った。


 「もうよい、今日は下がれ」

 「え……でも……」

 「そんな調子では魔素神経を意識して歌うなど無理であろうよ。そんな時に歌を歌ったとて喉を痛めるだけじゃ。今日は早々に帰って喉を休めよ」


 そう言うと、姫君のお姿が花のなかに消えた。

 私はため息を吐きながら、重い足を引き摺って屋敷に戻る。

 途中でいくつも気遣わしげな視線を感じたけれど、それに挨拶する余裕もない。

 勝手口で履き物に着いた土埃を落とす。するとざわざわと屋敷の表口が騒がしいことに気がついた。

 どうやら母が着いたらしい。

 ざわめきが人伝に伝播するのを逆に辿ると、玄関の広間でロッテンマイヤーさんが恭しくお辞儀をして人を迎えていた。

 黒髪に紫の瞳、透けるような白い肌の、私にそっくりの────ふくよかすぎるほどふくよかな女性が、燕尾服を過不足なく着こなした男にエスコートされて。

 その何かしら淀んだものを抱える目が、私をとらえた途端嫌悪と憎悪を孕ませ、細く整えられた眉が跳ね上がり、指輪が盛り上がるほど脂に包まれた指が私を指差した。


 「ロッテンマイヤー!ソレを何処かにやって!不愉快よ!」

 「奥様……!?」


 金切声が玄関ホールに響く。耳が痛いほどのそれは、ざくりと私の胸に突き刺さる。

 私が呆気にとられていると、母の手を引く男がロッテンマイヤーさんに蔑むような目で告げた。


 「早く何処かにやってください」

 「……無礼なことを!若様は菊乃井のご嫡男であらせられます、従僕ごときがなんと言う口の聞き方をするのです!」

 「これは失礼しました。しかし、奥様はご不快に思われておられます。主の意にそうのが従僕の役目ですゆえ」


 しっしっと犬でも追い払うような手つきをする男の腕に、母は己の腕を巻き付ける。その視線には媚びるような、それでいて何かドロリとした熱量があって、思わず眼を逸らすと、ロッテンマイヤーさんが私と母たちの間にすっと身体を割り込ませた。


 「お部屋の用意はお申し付け通り出来ております、そちらでお休みくださいませ」

 「わかったわ、連れていってセバスチャン」

 「御意」


 気持ちが悪いと思うのは、いけないことなんだろうか。

 母にも母の人生がある。父を見限って他の男性を好きになったって致し方ない。

 でも、私の母だ。

 他所の男にすり寄る姿なんて見たくなかった。

 きゅっと唇を噛んでいると、少しだけ目の奥の熱さが和らいだ。

 今日から暫くは、皆忙しい。

 手を煩わせないように自室に引き取ろう。

 そう思っていると、ふわりと肩に大きな手が。


 「お勉強、しましょうか」

 「はい、先生」


 ロマノフ先生に伴われて自室に戻るために、二階の階段を上がっていると、再び玄関先が騒がしくなった。

 ぎっと重い扉を開けて入ってきたのは、褐色の肌に金色の髪、青い瞳が冴え渡る、カイゼル髭も雄々しい長身の男性で、腕には同じく金髪、褐色の肌の幼児がいて。

 その後ろから亜麻色の髪が肩まで伸びたメイド服の女の子もいた。

 私と父は、少しも似ていない。

 私はあの人の憎む女性にばかり似ていて、あの人が遠ざけたがるのもよく解る。

 穏やかな、慈しみ深い目で幼児を見て何事かを話しかけていたのが、ふっと二階にいる私を見た途端温度を無くした。

 けれど少し眉を顰めただけで、直ぐに視線を隣のロマノフ先生に移す。


 「貴殿が、高名な『アレクセイ・ロマノフ』卿か……」

 「左様です、閣下。高い所から失礼致します」

 「謝罪には及ばぬ。早速だが、我が子・レグルスについて……」

 「申し訳ありませんが、これから鳳蝶君の授業がありますので」


 再び慈しむ眼を腕の幼児───レグルス君に向ける。しかし、先生が父の言葉を遮って、私の手を握って歩き出す。

 その背中に大きなため息が降った。振り返れば、忌々しげに私を見る目にぶつかる。


 「ロマノフ卿。貴殿の尽力は有り難いが、私はソレには何の期待も抱いていない。私が期待するのはレグルスだけだ。どうせ箸にも棒にも掛からぬような子供にかまけるなど、時間の無駄と言うもの。私はレグルスの話がしたい」


 つくづく、どうでも良さそうな声音だった。

 私は、父にとって心底どうでも良い子供で、翻ってあの腕の中の子は。

 レグルス君は有名らしいロマノフ先生の教え子に相応しいのだと、親の口から言えるような、そんな子で。

 先生の手を握っていた手から力を抜く。


 「先生、私、自習してますから、先にお話なさってください……」


 いたたまれない。

 呼び止めるロマノフ先生の声に気付かない振りをして、私はその場を逃げ出した。

お読み頂いてありがとうございました

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― 新着の感想 ―
[一言] あーたんの心情を思うと、鼻の奥がツンってなります( ´-ω-)
[気になる点] 先生!わたくし大混乱です 父が妾の子供連れて帰ってくるのかと思ってたら、 母が愛人?の従僕を伴って帰ってきました しかも主人公がまるで妾の子供であるかの様な嫌いっぷりw 自分の子供なの…
[気になる点] 執事じゃないけど、セバスチャン出てきた。 なんだかなぁ
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