欲しいものはアナタの……
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「もうお前は隣の間で控えていろ」と言う、公爵の鶴の一声で、バラス男爵が執事たちに抱えられて退出していった。
これ以上何か言ったら、本当に男爵はおろか公爵家も無事ではすまない。
公証人として呼ばれた鷹司さんは、単なる貴族の出にしては公爵の態度が恭しいし、鷹司さん本人の雰囲気も眼も鋭すぎる。
かなり身分があるか、法律関係に厳しいひとなのだろう。
法律ではある程度、領主が領民に課す税の高低を決めて良いことにはなってるけど、個人的な欲を満たすために増税、或いは重税を課すことはモラルに反する行いだ。
とは言え罰則がないから、やってる貴族もいるんだけど。
それでも皇后を出そうかという公爵家のお身内がやっていいことではない。
間違いなくスキャンダルだし、負けて赤っ恥かいた時点で公爵家にそれを擦り付けようとする他家も出てきているだろう。
それを解っていないのは、とうの牛蛙だけだ。
頭痛がしてきたのだろう、公爵の眉間のシワが深くなり、こめかみを揉む。
「……母は出家させて神殿に隠らせます。こうなる前に決断しておくべきだった。私の甘さがこの事態を招いたと痛感しています。歳経て出来た子供だからとアレを甘やかすのを黙認してきましたが、それがこの結果です」
「そうだな、それが良かろう。男爵家は代替りが妥当……でもないか……困ったものだな」
鷹司さんの言葉に、益々公爵の顔に苦渋が滲んで渋い。
代替りが妥当だけどそれが出来ないっていうと、領地は公爵家か国に返されるか……。
そこまで私の関知するとこじゃない。
お金が入ってこないのは残念だけど、そもそも無いお金だし、エストレージャには次男坊さんが私の分まで賭けてくれてるから、儲かってる……筈。
文通で賭けといて損はしないって書いといたし、大丈夫……だよね。
そんなことをつらつら考えていると、大人のお話は進んでて。
結局、サイクロプスの連中は大罪人として、恩赦も特赦も与えられない犯罪奴隷へと落とされ、死ぬまで使い潰されることになり、男爵は領地で処遇が決まるまで蟄居。屋敷も領地も賭けで取られているから、家族共々別の家にお引っ越しだそうな。貴族籍の剥奪もやむ無し、らしい。
「それで鳳蝶殿への支払いだが……収税権は申し出をありがたくお受けして、返上頂く。その他はやはり公爵家が……」
さて、勝負時だ。
私の出せるカードを差し出そう。
失礼ながら、公爵の言葉を遮らせていただく。
「その件ですが、先ほども申し上げた通り、私は公爵家からは金銭以外の物を頂きたいのです。それが頂けるなら、金銭の支払いは放棄いたします」
鷹司さんと公爵が揃って眉をあげる。
鋭い眼が、私が今まで相手取ってきた父や母とは違って、手強さを思わせた。
でも、ここで怯んじゃだめだ。
「私は後ろ楯が欲しいのです」
「後ろ楯……とは」
「当家の内情はご存じですよね?」
菊乃井のお家事情は、周辺貴族には公然の秘密ってヤツで、私と両親が余りに不仲だし両親が領地を大事にしない件も知られている。
僅かに公爵と鷹司さんが頷く。
「此度の件は男爵家程度に侮られるほど、伯爵家という家格に相応しい力が菊乃井に無かったのも原因だと感じています。だからこそ、私は力が欲しい。今のままでは守りたいものも守れない」
そして、今のところその「力」は、菊乃井を守るつもりは無いくせに、富だけを甘受しようとしている大人二人に握られている。
だから、私はそれを取り上げたい。
暗にそう匂わせたのだが、公爵が顎の下をさする。
「時期が来れば自然にそれは君の手に入るものだと思うが……」
「そこまで待てるほど、菊乃井に猶予はありません。此度のことで解ったのは、私の両親は領地にダンジョンを抱えているという意味が解っていないということです」
「なんと……」
「領地に年に一度も戻らない、冒険者が居着かないことを問題視しない。これはダンジョンを抱える領主としては、余りに無責任です」
なーんて偉そうにいってるけど、私だって祖母の日記を読むまではそんな重大事だとは思ってなかった。
だけどエストレージャのことがあって、実際に大発生が起きた時に対処した曾祖父を間近で見ていた祖母の詳細な文章に触れて、危機感が俄然湧いてきたんだよね。
皆には特には言ってないけど、初心者冒険者を育ててるのは、この大発生対策でもあったり。
祖母の日記によれば大発生の周期はランダムで、大昔には毎年続けて……なんてこともあったらしい。
ただ曾祖父と祖母の時代には前百年くらい起こってなかったから、かなり油断してたそうだ。
でもこの時の大発生は、大発生と言いつつも小規模な被害で済んだとか。
なんか凄く強い冒険者がたまたま菊乃井に来てたそうだ。
とはいえ、それは結果オーライ。備えが無かったからかなり焦ったのは確かだから、これからはちゃんと備えておかなくちゃいけないって大きな文字で書いてあったのよ。
「私がエストレージャの三人と知り合ったのはたまたまですが、初心者冒険者に対して戦闘訓練や魔術指南、更に装備一式の手配をして戦力として育てているのは、初心者冒険者の安全確保の側面もありますが、真に意図しているのは大発生対策なのです」
初心者冒険者にはメンテナンスも含めた装備と教育の対価として、菊乃井の治安維持に協力してもらうことになっているが、そこには勿論大発生対策も含まれるのだ。
「菊乃井で大発生が起こり、それが食い止められねば次に被害を受けるのは、こちらの公爵家と天領。今のままの菊乃井では、大発生を食い止めることは出来ません」
「君に力があればそれを防げる、と?」
「防ぐ手立てを十重二十重に張り巡らせることも出来ましょう」
「此度の賭けに勝つべくして勝ったように……か」
真剣な二人の大人の視線に、力強く頷く。
それでもまだ渋られるのは想定の範囲内。だからEffet・Papillonのイチオシヒット商品であるカレー粉や新作アクセサリーの最優先流通やらを、どのタイミングで切るか……。
そう思っていると、鷹司さんが口を開く。
「確かに君ならばやれるだろう。しかし、役人たちはそれに従うのかね」
「それは問題なく」
「何故だ? 現在の代官は父君が任命したと聞く……もしや……」
「現在の代官であるルイ・アントワーヌ・ド・サン=ジュストは私の手の者です。伝手を使ってそうとは解らぬように父に接触させました。役所の人事は既に掌握済みで、祖母の代に見いだされた人材で上層部を固めています」
ぐっと鷹司さんと公爵が息を詰めた。
しかし、そこまで終わっていると思っていなかったのか、それとも余りにも徹底していて悪辣だと思われたのか、真意が読めるほどには表情を変えてくれない。
「軍権の掌握も、我ら三英雄とエストレージャがいればほぼ成っているも同じです」
「……それならば尚のこと。後ろ楯を欲せずとも、時期がくれば君の手に、自然な形で必要なものが落ちてくるだろうに」
ロマノフ先生の言葉に、公爵が訝しげに首を振る。
そんな状態でどうして後ろ楯がいるかってことなんだろうけど、それは実に簡単な話で。
「……私には、ロマノフ卿やショスタコーヴィッチ卿、ルビンスキー卿以外に両親に対抗できて、かつ私を心配してくれる大人がいないのです」
「……っ!?」
「私が怪我をしたり事故にあったりしたら、それを不審に思い、声を上げて両親を糾弾してくれるひとを増やしたいのです。その存在が多ければ多いほど、両親が私に、或いは私に近しい人間に危害を加えるのを躊躇うでしょう」
頼れる大人の味方が、先生方や領地・屋敷の人達以外にも欲しいのだ。
これは権力を奪うより、奪った後のことだけど、母は報復に私だけでなくあの子にも何か仕掛けてくるかも知れないし、父は私を何とかしてあの子に家を継がせようとするかもしれない。
そうなった時に、公爵くらい地位がある大人が私やレグルスくんに目を配っていてくれると知れば、あの二人はそれだけで戸惑うだろう。
私は非力だ。
独りでは弟一人も守れない。
それだけじゃない、侮られるのをよしとしているから、ラ・ピュセルも、ひいては領民も侮られて蔑ろにされて大発生の種なんか蒔かれるんだ。
それもこれも、私に力がないから。
ギリッと唇を噛み締める。
そうでもしなけりゃ、自分の不甲斐なさに涙が出そうだ。
沈黙して一呼吸、公爵が静かに訊ねる。
「それで……何故その味方として、私を選んだのだね? こう言っては何だが、私と君に面識はなかった筈だが」
「それは……ロマノフ卿が……いえ、ロマノフ先生が、公爵と積極的に接触するよう、さりげなく促してくれていたからです。ロマノフ先生は私のためにならないことはなさらない」
ロマノフ先生は私に害を与えると思うものは遠ざけるか、近寄らせない。
そうやって私を守ってくれている人が、積極的に接触させようとするなら、それは公爵が善良な大人だからだ。
善良な大人が側にいる、だから助けを求めなさい、と。
だからだと言葉にすれば、鷹司さんと公爵が微妙な顔でロマノフ先生を見た。
「可愛い教え子でしょう?」
「あー……ロマノフ卿、やに下がるという言葉をしっているかね?」
「なんという締まりのない顔だ……」
どんな顔だろう。
見たくなって先生の方に顔を向けると、ぽふんと頭を撫でられた。
「うつ向いて唇を噛み締めるより、胸を張って泣いてしまいなさい。涙は君の歳ならまだ充分武器になる」
「はい……今度はそうします」
「待て、こどもに悪知恵をつけるな」
はあっと鷹司さんが深く息を吐いて天を仰ぐと、公爵も同じく天を仰ぐ。
「まあ、確かに。私にも君より少し大きな娘がいるが、私に何かあった時に味方してくれる大人が大勢いれば安心できるな」
「ああ、俺にも二人息子がいるが、その子らに頼れる大人がいるというのは本当に有難いと思うよ」
「それにしてもたった六歳のこどもが、更に小さな弟を抱えて、大人に助けを求めてやることがアレ……」
「ああ……なんと言うか……良くも悪くも貴族社会だな」
げっそり疲れたような声の二人は、まだ天を仰いでいる。
こんな事をするこどもはやっぱり気持ちが悪いだろうか。
駄目なら潔く退こう。
「……その、今回の件ですが、後ろ楯のことは別として、ロートリンゲン公爵家から私に持ちかけた事にしていただきたいのです。バラス男爵を掣肘したかった公爵家が、菊乃井と事を構えていることを知り、侮られた菊乃井家に公の場で復讐する機会を与えるために協力してくださったということで」
「……そんな事をして、君に何のメリットがある?」
「両親への目眩ましと牽制に」
「勝手に公爵家に借りを作ったと、君に何かしてくるのでは?」
「折檻くらいはされるかもしれませんが、私と両親の不仲を申し立ててくれる大人がいれば、仮令それで私が死んでも、この国の法律が両親を裁きます。弟は守られる」
この国の法律は、親があからさまに子供を害し殺せば貴族も平民も関係なく裁いてくれる。
その逆もしかり。
ただネグレクト等々には適用されないから、両親は私を放置する。
母は身勝手な人ではあるけれど貴婦人、暴力を振るおうとする発想がそもそもないのだろうし、父も貴族として弱い人間に力を振るわないような教育はされているからだろうが。
最悪でも死にさえしなければ、何かされても逆に好機に変えられる。
「ロマノフ卿、卿は随分と意地の悪いことをしてくれるな……」
「先もってこういう子だと話しておきましたよ。それなのにお二人がグズグズと出ている結論を先送りしようとするからこんなことを言わせるんです。怒りたいのも嘆きたいのも、お二人でなく私です」
「……そうだな、申し訳ない」
「だいたいね、野心なんかそもそも無いんですよ。彼が両親を追い落としてまでやりたいのは、弟を守ることと、経済を回して領地を豊かにして、音楽学校を作って身分の貴賤なく誰もが歌やお芝居や音楽を楽しめるようにしたいだけなんですから。それも話しておいたと思いますが?」
ロマノフ先生が捲し立てるのに、二人は気まずそうにローテーブルに視線を落とす。
そう、やりたいのはそれだけ。
「中央に進出したいですか?」と言うロマノフ先生の問いに、私は首を横に振る。
というか、今それ関係あるの?
「中央に進出もなにも、菊乃井だけで手一杯です。合唱団はあるけど、まだ歌劇団も出来てないし。あと、帝都に何日も泊まるようなお金があるなら、レグルスくんにお馬さん買ってあげたいです」
答えが解っていたのか、ロマノフ先生は「ですよねー」と軽い口調。
二人は目線を微妙に逸らしたままだ。
「余り苛めてくれるな、ロマノフ卿。我々が悪かった……」
「申し訳ない。長く腹の探りあいをしていると、どうしても裏があるのではと勘ぐってしまうものなのだ」
「単に家が大きすぎて、助けてくれる隣家までの距離が馬車で半日かかる……それだけのことなのに、我らも度しがたいほど貴族の毒に染まっているようだ」
深く大きな息を吐くと、二人が顔を見合わせて、その端正な顔に優しげな笑みを浮かべる。
「何かあったら頼ってきなさい。何もなくても遊びにくるといい。私と君は隣人だ。隣家のお子さんに世話を焼くなど、よくある話じゃないか」
そう言って公爵が私の手を握る。ついでにポフポフと頭も撫でられたし、鷹司さんにも撫でられた。
「周りの大人の手を借りたとはいえ、よくここまで頑張ったな」
低いけれど深みのある声が、じわりと耳に響いて、不覚にも涙腺が緩んだ。
*「掣肘」……傍から干渉して自由に行動できないようにすること
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ( ^-^)_旦~




