後顧の戦
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帝都って広い訳じゃないから、貴族の屋敷だって所有する面積が爵位ごとに定められてて、確かに公爵家だから広いには広いんだけど、それでも領地の本邸よりはだいぶん小さいらしい。
それでもロートリンゲン家は白亜の大豪邸だった。
広い家なんて自分の家で見慣れてたはずなんだけど、やっぱりうちみたいな田舎と違って洗煉された雰囲気で、本物のセレブってやっぱり凄い。
いや、ロートリンゲンの最初は皇族だから、ロイヤルなのか。
まあ、それはいいとして。
「鳳蝶君、足元に気をつけてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
先に降りたロマノフ先生が手を差し伸べてくれるので、それを遠慮なく掴ませて貰う。すると、なんだかエスコートされるみたいな形になるんだけど、私が子供だからか。
兎に角ベルサイユだかサンスーシーだかな、真っ白な門をドアマンが開けて中に通される。
出迎えたのはロートリンゲン家の執事だそうで、この屋敷の主と男爵が応接室で待っていると告げられた。
そこまで案内され、扉を開けてくれた彼に礼を告げると、僅かに驚かれたようで。
しかし公爵家の執事たるもの、あからさまに表情を変えたりしない。
部屋に入ると、飴色のソファから壮年の、ダンディって言葉がよく似合う白髪混じり黒髪男性と、同じくらいの歳のこれまた端正なお顔をした榛色の髪の男性が立ち上がる。
「招きに応じていただき感謝する。私はフランツ・ヨーゼフ・フォン・ロートリンゲン公爵、こちらは私の友人で鷹司佳仁、公証人の資格を持つので来てもらった」
「左様ですか。初めまして、菊乃井伯爵家嫡男・鳳蝶です」
「ロマノフ卿から君のことは聞き及んでいるが……六つになったばかりとは思えないな」
「お褒めの言葉として受け取らせて頂きます」
「ああ、勿論だとも。さあ、かけてくれたまえ」
ロートリンゲン公爵と鷹司さんと握手してソファに座る。
どうやらロマノフ先生と鷹司さんは知り合いなようで「久しぶりだな」「この間お会いしましたよ」って感じの会話をにこやかに交わしていた。
ってことは、鷹司さんも貴族かそれに類する出自なのかしら。
それとなく室内を観察すると、びっしり細かく透かし彫りとか入ったチェストとか、棚とか、凄くお高そう。
デスクなんて磨かれて、机の面が鏡みたいだもん。
危うく出そうになる溜め息を飲み込んでソファに体重をかけすぎないように座ると、執事さんが音もなく閉めた筈の扉が、かなり大きな音を立てて開いた。
「兄上! ギルド長から証文を預かったのでしょう!? 早く返して下さい!」
飛び込んできたのは牛蛙ではなくて、でっぷりとしたバラス男爵で。
それまで穏やかだったロートリンゲン公爵の眼が、鋭く据わる。
「来客中に騒々しい」
「ら、来客中ですと!? バラス男爵家の一大事は、ロートリンゲン公爵家の一大事! 高々伯爵家の小僧に公爵家がしてやられたのですぞ!?」
「愚かなことを。そもそも菊乃井伯爵家と冒険者ギルドからの犯罪人引き渡し要求を、高々男爵家の当主が難癖をつけて断ったのが此度の始まりではないか。菊乃井家の嫡男・鳳蝶殿はことの起こりよりロマノフ卿やルビンスカヤ……いや、ルビンスキー卿、ショスタコーヴィッチ卿を通じて、ロートリンゲン家に含むところはないと、事の次第とともに何度も説明してくれたがな」
いや、先生方が私の頭への血の昇り具合を察してやってくれてた事です。
つまり、私も瞬間湯沸かし器だったわけだ。
大分経つまで「あ、公爵家に連絡しなきゃ」ってならなかったもん。
それでも「歳から考えたらかなり早い段階で気付いたと思いますが」って及第点は貰えたけど。
あんまり、その辺はつつかないで欲しい。
でも交渉の場で表情をあからさまに変えてはいけない。唇を引き締めていると、鷹司さんがじっとこちらを見ているのに気付く。
「なにか?」という意味を込めて小首を傾げると榛色の目を逸らされた。
「佳仁様、人の顔をじっと見ていた癖に、眼があったら逸らすなんて不躾ですよ」
「ああ、そうだな。申し訳ない」
「いいえ……私の顔に何か付いていましたか?」
「いや、そうではなくて……嫡男ということは男子なのだな、と。こどもは見分けが難しくて」
まあ、私、まるいからなぁ。
ぷくぷくしてると確かに性別は解りにくいと思う。
だけど服装は蝶の羽に似たケープ、先生たちの肋骨服に似たコートと半ズボンだから膝が出てるし、そういえばソックスとソックスガーターはしたままだったっけ。
貴族の女の子は改まった席では、この国では前世での着物と同じような扱いの漢服か、ヒラヒラドレス──ローブ・ア・ラ・フランセーズを着用する。
脚を見せてはいけない決まりはないけど、フワッとしたドレスにどれだけレースを付けられるか、刺繍が入れられているかは、その家の格やらを解りやすく見せつけられるからねー。
ちなみに、公爵と鷹司さんは前世で言うアビ・ア・ラ・フランセーズって正装セット──アビ或いはジュストコルって言われてる袖の大きな立襟コートと、ウエストコート、キュロット……なんだけど、こっちはスラックス派みたい……の、ようはおフランスの貴族って言われて思い付く感じの服装。しかも思い切り刺繍びっしり。
いや、服飾談義はいいとして。
ギャンギャン吠えかかるのを鬱陶しそうにあしらう兄に、弟の声が益々大きくなっていく。
お客さんの前でこれだけ騒ぐって、公爵の顔に泥を塗りつけてるの解っててやってるんだろうか。
私は別に男爵が泥沼に沈もうが、墓穴を掘ろうがどうだっていいんだけど、レグルスくんが待ってるから早く帰りたい。
そう思ったのは私だけではないようで、鷹司さんが立ち上がった。
「すまないが、私も暇ではない。話を始めて貰えないだろうか」
不機嫌そうな声に、男爵のわめき声が止まる。だけどそれも一瞬、ぎっと血走った目を鷹司さんへと向けた。
しかし、それを胸倉を掴んで公爵が制止する。
「この方は私の客人だ、無礼は許さん」
「ぐ、げぇ……く、びが絞まるっ!?」
怒りに染まった表情は、美形だと迫力あって怖い。
いや、それより私、男の人の蔑むような目線は父で慣れてるんだけど、幸いって言うか何て言うか怒声を浴びせられたり怒りをぶつけられたりは無かったから、ちょっと苦手なんだよね。
ロマノフ先生もヴィクトルさんも、強面だけど料理長やローランさんも怒鳴るタイプじゃないし。
気道が塞がれているせいか、段々と顔色が悪くなっている男を、私の正面に胸倉を掴んだまま座らせると、公爵は溜め息を吐いた。
「見苦しいものを見せた、申し訳ない」
「いえ……」
バラス男爵の醜態なんて、コロッセオでもう見てる。
首を振ると、男爵が私を見て指を差した。
「何故子供がこんな処に!? こんな子供が客人だとでも!?」
それに答えたのは、物凄く不機嫌そうな顔をしたロマノフ先生で。
「客人を指差すとは無礼にも程がありますよ、公爵家はどんな躾をお身内になさってるんです。私の生徒の爪の垢を煎じて飲みますか? まあ、彼には垢なんかありませんけど」
毎日ラーラさんに磨かれてるもんね、垢なんかでないよ。多分……でないよね?
ロマノフ先生の氷の視線を受けた男爵の顔色が、益々悪くなる。
今のロマノフ先生の言葉で、私が誰か解ったのだろう。
「私は菊乃井家の嫡男・鳳蝶です」
そう、今から貴方のお尻の毛まで毟り取る相手だ。
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