剣に誇りを掲げて
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今のところの話だけど、コンクールはマリアさんとラ・ピュセルで競っている状況だとか。
市民と言うか──私、あんまりこの言い方好きじゃないんだけど──平民にはラ・ピュセルが、貴族にはマリアさんが人気なんだって。
マリアさんの歌が終わった後、短い休憩の間に客席から帝国劇場の玄関まで出てきて、そこでジャヤンタさんとはお別れした。
凄く良い人だったし、菊乃井領に寄ることがあったら、何かしらお礼をしたい。
だから、もし菊乃井領に来ることがあって、何かしら困り事があったらギルドマスターに私の名前を告げて欲しいと伝えると、にこやかに笑って承知してくれた。
で、次はエストレージャたちの試合。
過去、ロマノフ先生とヴィクトルさん、ラーラさんはコロッセオの試合に出たことがあるそうで、今度はコロッセオの選手控え室の近くに転移した。
勝手知ったる何とかで、ずんずん廊下を進むロマノフ先生にくっついて、私たちも進む。
すると石造りの廊下の突き当たりに、小さな木の扉が。
ノックすると、中からラーラさんが出てきた。
「やぁ、いらっしゃい」
「お邪魔します」
代表して挨拶してから室内に入ると、ロミオさん・ティボルトさん・マキューシオさんがそれぞれ得物の手入れをしていた。
「これは……よくおいで下さいました!」
さっとかけていた粗末な木のベンチから降りて、石の床に膝をつく。
臣下の礼と言うやつなんだけど、石に膝頭をつくと痛いんだよね。
「そういう儀礼的なことは必要ありません。これから試合ですから、気を楽にしていてください」
「はっ! ありがとうございます!」
うーむ、出会った時はもうちょっと砕けたはすっぱな言葉使いだった筈なんだけど、そういうところも直した……のかな。
まあ、乱暴な口調より丁寧な方が聞く分には良いし、受ける印象だって悪くはないもんね。
ベンチに座り直すと、三人は武器の手入れを再開する。
ロミオさんはスタンダードに剣と腕に付けるタイプの盾、ティボルトさんは槍、マキューシオさんは鞭と投げナイフで、三人とも初級の魔術なら使えるそうだけど、マキューシオさんは水系統なら中級の攻撃魔術も使えるとか。
魔術を使える人にはそれぞれ特化して得意な属性というのがあるそうで、だいたいが四大元素のどれかに当てはまるらしい。
「だいたいが」だから、当てはまらない人も勿論いるし、多重属性持ちだって少なからずいる。
私が丁度頂いてる加護の関係で、土・風の多重属性だったりするけど、本来なら私の得意分野が付与魔術だから多分無属性。
付与魔術は多重属性の極みで、その道を極めようとすると、結局どの属性も特化して得意ということはなくなるから、結局無属性に帰結する……らしい。
無属性は言わば魔術のオールラウンダー、得意もないけど不得意もないのだ。
だから今の私の状態は付与魔術師としては歪なんだよねー……。
この辺りはちょっと神様方にご相談かな。
それはさておき、私がここに来たのは確かに応援の意味もあるんだけど、付与魔術が切れてないかのチェックのためだったりする。
私は鑑定眼持ちじゃないし、鑑定用の道具もない。けど、魔術が切れたか否かは服の破損状況によって解るのだ。
入念に三人の服を確かめる。
僅かな綻びすらも見逃さないように、彼らの服に私の魔力を通して漏れ出ている部分がないか確認して。
少し弱ってる部分は持ってきた裁縫道具で、ちょちょいと補強しておく。
「勝つための準備はしてあります。後は全力でぶつかってください」
「勿論です。見ていて下さい、若様」
勝敗は戦場に着く前の準備段階でほぼ決まる。
この武闘会だって実力がモノを言うように見えて、その準備段階でほぼ決まっているのだ。
それは何も今回みたいな政治的な裏話のことでなく、身に付ける防具や武器の選定・手入れ、或いは自身のコンディションの調整でもある。
勝つための準備をするのと、負ける要素を徹底して排除するのが裏方の役目。
繕うところがそんなになかった辺り、彼らの力も上がっているのだろう。
修行を始めた最初の方なんか、毎日繕い物してたっけ。
私の技術の向上にも、大分貢献してくれたよね。
そして準備が終わると、観客席に向かう。
すると関係者席に、私の代理としてルイさんがいた。
朝、先にヴィクトルさんが菊乃井に迎えに行って連れてきてくれたそうで、私の方をちらりと見て感じ悪く笑う。
私と彼は反目しあっている……と男爵に思わせている以上、愛想良くは出来ないから睨み付けておく。
もうここから勝負は始まっているのだ。
試合開始に先立ち、戦士たちが闘技場に入場してくる。
私たちが座っている側の入り口からはエストレージャの三人が、相対する側からはスキンヘッドとモヒカン、それから角刈りの屈強と言う言葉が良く似合う男たちが入ってきた。
向こうの関係者席には、バラス男爵だろうでっぷりと肥えた男が、ふんぞり返っている。
と、エストレージャと共に入場してきたラーラさんが、関係者席に腰を降ろす。
すると、コロッセオの中央に設置された石造りのリンクに、身形の良い長身痩躯の初老の男性が、白の混じったカイゼル髭を撫でながら立った。
「お集まりの紳士・淑女の皆さん、私は冒険者ギルド帝国本部の本部長・マキャベリ。お見知りおきを!」
芝居がかった仕草で胸に手を当てて一礼する。
そしてわざとらしく咳払いを一つ。
「試合開始に先立ち、お集まりの皆さんには立会人をお願いしたい!」
大声がコロッセオに響く。
すると闘技場のエストレージャの出てきた方から、炎が燃え盛る巨大な壺のようなものが、反対側の入り口からは月桂樹の枝葉を持った女性が闘技場中央に出てきた。
それに対して、ルイさんが僅かに動揺したのが見てとれる。
本部長が着ているフロックコートの内側から、仰々しく巻物を取り出すと、それを観客に向かって広げた。
書かれていたのは、冬に菊乃井領で起こったモンスター大発生未遂事件の顛末、エストレージャや奴等の置かれた現状、それから私と男爵の賭けの内容で、とうとうとマキャベリ氏が読み上げると、コロッセオはえもいわれぬ雰囲気に包まれて。
「尚、これより更に厳密な賭けを行うための儀式を行う。その前に、双方の賭けるものを示して頂きたい」
その言葉に、ルイさんがラーラさんを一瞥する。すると、ラーラさんが懐から一枚の証文を取り出した。
「菊乃井家の嫡男・鳳蝶殿より、私、イラリヤ・ルビンスカヤ、我が盟友たるロマノフ卿・ショスタコーヴィチ卿が委託するEffet・Papillonの帝国販売利権と我ら三英雄の身代を、この一戦に賭ける旨の証文をここに提示する」
「わ、私はバラス男爵家の収税権と伝来の土地や屋敷を賭ける旨の証文をここに提示する!」
ちょっと待て、私は先生たちの身代を賭けるなんて言ってないよ!?
ルイさんが目を見開き、私も隣に座っているロマノフ先生とラーラさんを三度見する。
しかし先生は「勝つんだから良いじゃないですか」とのほほんとしていて。
帝国三英雄の身代に男爵家の身代で、コロッセオは凄まじい熱気を帯びる。
それに呑まれて異議を唱えられないまま証文がマキャベリ氏の手に渡り、奴等とエストレージャがリンクに並ぶのを見ていると、火がごうごうと燃える壺で月桂樹の枝葉を女性が焙った。
「これより宇気比を執り行う!」
コロッセオが大きくざわめく。
帝国臣民なら宇気比と言う言葉は一度は必ず聞く。
何故なら帝国の建国話で、初代皇帝がその神憑り的な力を得るためにやった儀式として伝わっているからだ。
しかし、それも大昔の話で正しい儀式の遣り方など残っていないのが定説だったのが、エルフと沢山の歴史学者の協力を元に再現できたとの発表に、更に会場が沸き立つ。
「宇気比とは誓約とも書く。つまり誓いを立てること。君たちは罪を犯したことを心から悔いている、償いたいと思っていると、この地を守る六柱の神々に誓えるな?」
鋭いマキャベリ氏の眼光に萎縮することなく、双方が頷く。
私に先入観があるからか、奴等がにやついているように見えるんだけど。
「あいつら、なにニヤニヤしてんだよ」って奏くんがむすっとしてるから、気のせいじゃないんだろう。
儀式は進む。
焙った月桂樹の葉を人数分千切ると、マキャベリ氏は更に言葉を続ける。
「この者たちが真に己の所業を悔いているならば、何も起こらない。しかしそれが偽りだった場合、試合開始に伴いその身は呪いに蝕まれる。双方、神懸けて悔いていると誓うか?」
「「「はい!」」」
「「「おう!」」」
「では、この聖なる炎に炙られた月桂樹の葉を食すがいい」
そう言って渡された月桂樹の葉をエストレージャはムグムグとよく噛んで飲み込む。しかし、奴等はと言うと葉を口に含んだ後、口元を手で覆って飲み込んだか否かを隠すようにしていた。
さあ、仕掛けは整った。
「両者とも、正々堂々と闘うように」
マキャベリ氏に代わって現れた審判がリンクにたつ。
「これよりエストレージャ対サイクロプスの試合を開始する!」
審判が手を振り下ろすのと同時に、試合開始の銅鑼がコロッセオに轟いた。
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