袖すり合うもアリーナの縁
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帝国劇場の座席は、コンクール期間中だけは指定席ではなくて早い者勝ちになる。
それでもコネとかなんとかの力ってのは大きくて、ヴィクトルさんのお陰でラ・ピュセルとマリアさんの出番の時だけ最前列を譲って貰えることになっていた。
ロマノフ先生に連れられて座席にいくと、本当に最前列、それもど真ん中の席が四つ空いていてロマノフ先生、私、レグルスくん、奏くんの順で座ると、レグルスくんがしょぼんと困り顔に。
「にぃに、れー、みえない……」
「あらら……一人で座ると椅子に沈んじゃうか……」
「おやおや。私の膝に座りますか?」
「どうぞ」とロマノフ先生が両手を広げて膝に招いてくれるけど、どうしたことかレグルスくんの顔がしょっぱい。
じゃあ私が抱っこしようと思ったけど、レグルスくんを抱っこすると今度は私が見えないんだよ。
それは背丈的に奏くんも同じこと。
どうしようかと思っていると、ひょこっと座席の後ろから丸め三角の獣耳が生えて。
それを四人で見ていると徐々に人の顔が現れた。
「アンタら何かお困りかい?」
「え、や、困っていると言うか……?」
「いすにすわると、まえがみえないの!」
「坊は座ると前が見えなくなっちまうのか。そりゃ困ったな」
虎と同じく黒地に白の丸が染め抜かれた虎耳状斑のついた耳、黄色に近い金に所々黒の混じった髪、猫の瞳孔の金瞳、シャツの上からでも逞しさが解る広い胸、全体的にワイルドな魅力を漂わせた青年が、私達を背後から見下ろす。
こういうときに物怖じしないレグルスくんは、やっぱり大物だと思うわ。
思案して暫し、やっぱり膝に乗せようと両腕を広げて招くと、椅子からレグルスくんが立ち上がる。
それを何を思ったか虎耳青年が抱き上げた。
慌てふためくと「よっこらせ」と青年が座席の背を跨いで、椅子に乗り上げる。
「アンタら物は相談なんだけどよ。オレは今から出てくる『ラ・ピュセル』って合唱団のお嬢ちゃんたちを贔屓にしてるんだわ。んで、出来れば前で見たい! 凄く前で見たい! で、坊は椅子に一人で座れないから困ってるんだよな? じゃあ、オレの膝に乗せてやるから、代わりにオレをこの席に座らせてくんねぇ?」
ニカッと笑った顔は爽やかで、悪いひとには思えない。
思えないんだけど、初対面のひとの膝に座らせるってどうなんだろう。
悩んでいると、成り行きを見ていたロマノフ先生が頷いた。
「いいんじゃないですか、ご親切に甘えたら」
「や、でも……見ず知らずの方にご迷惑をお掛けするのは……」
「うん? 見ず知らずか、そうだな。えーっと、オレはジャヤンタ。コーサラから来た」
「あ、ご丁寧にどうも。私は……鳳蝶と言います。抱っこして頂いているのが弟のレグルスで……」
「おれ、奏!」
「おお、よろしくな!」
家名はなんとなく名乗らない方が良い気がして、名前だけを名乗ると気にした様子もなく、ジャヤンタさんはレグルスくんを膝に乗せて席につく。
レグルスくんは視線が高くなって「ありがと!」と、きちんとお礼を言った後きゃっきゃして。
奏くんも隣に座ったジャヤンタさんの、主に耳に興味津々だ。それは私もなんだけど。
その視線に気付いたのか、ニヤリとジャヤンタさんが唇を引き上げた。
「虎耳だけで驚くのは早いぜ。何せ尻尾も牙もあるんだからな」
「そうなんですか!」
「すげぇ!」
「はは、見せてやるよ」
そう言うと、口に指をかけて鋭い牙を見せてくれて、座席の隙間からしゅるっと虎柄の尻尾も見せてくれた。
ジャヤンタさんが教えてくれたけど、コーサラは帝国の遥か南にある獣人の王国だそうな。
彼は冒険者を生業としていて、偶々お祭り期間中に帝都に来て、暇潰しに音楽コンクールのコンサートを聴いて、ラ・ピュセルのファンになったとか。
私達を見つけたのは、何とか前の席を確保しようとうろうろしていたら、レグルスくんが小さくて見えなくて───
「席が空いてると思ったんだよ。でも坊がいて諦めたんだけどな、この耳だろ? 会話を拾っちまってさ」
「そうですか、そう言うことなら遠慮なく。弟をお願いします」
「こちらこそありがとよ。一緒に応援しような、坊」
「うん、ありがとー!」
落ち着いた所で、私も椅子に座り直すと、レグルスくんにお膝の貸し出しを申し出てくれた事をロマノフ先生にお礼申し上げる。
「ふられてしまいましたけど」と先生は笑ってたけど、レグルスくんはなんであんなにしょっぱい顔をしたのかな。
後で聞いてみようか。
そうこうしているうちに、開幕のベルと着席のアナウンスが。
ゆっくりと劇場の照明が落とされ、完全に暗くなる寸前にステージが輝くように灯りが灯った。
ラ・ピュセルのコンサートが始まるとアナウンスがあって、舞台に五人が駆けてくる。
軽やかな足音とフワフワと揺れる裾とマントが、少女たちの可憐さを表しているようで、観客から拍手や「可愛い!」とか、それぞれの名前を呼ぶ声に「頑張れー!」や「応援してるぞー!」という野太い声が交じっていて。
奏くんやレグルスくんと目を見合わして、私たちも「がんばって!」と叫ぶ。
「「「「「私たち、菊乃井少女合唱団『ラ・ピュセル』です!」」」」」
ラ・ピュセルの五人が私たちに気付いたのだろう、何時もは自己紹介と、腕を広げるポージングだけのところをウインクまで飛ばすファンサを追加してくれた。
マイクというものが発明されていないこの世界、魔術で声を拡散できたりしないと、歌手の声は劇場の奥や二階座席までは届かない。
それを補うために歌手は魔術が使える人間がほとんど。でもラ・ピュセルは平民の出だから魔術を学ぶ機会が無かった。
でも彼女たちに使えなくても私には使える。
小花のイヤリングにも髪飾りにも、マイクのような効果が出るような魔術をかけておいたのだ。
曲の前奏が始まると、客席が静まり返る。
彼女たちがコンクールのための演目に選んだのは、前世の「俺」がよく聞いていた男性五人組のアイドルグループの歌で、花屋の花に人間を例えながら「一番」じゃなくたって、皆それぞれが誰かの「唯一」だという歌詞。
振り付けは前世で見たのを一生懸命思い出して、ダンスの時間に踊ってたやつだ。
直接ラ・ピュセルに教えた事はないから、ヴィクトルさんとラーラさんが協力して彼女たちに教えたのだろう。
一人一人確り個性を出しながら歌って踊ってする背中には、妖精の羽のようなマントが翻る。
歌にあわせて手拍子も聴こえて、概ね聴衆には受け入れられているようだ。
ピアノの伴奏が曲の終りを知らせるように止まると、五人は一列に並んで元気に「ありがとうございました!」と頭を下げて舞台から降りる。
ていうか、今気付いたけど演奏は生オーケストラなんだけど、指揮はヴィクトルさんがやってたみたい。
オーケストラピットから出てきて一礼すると、また戻っていく。
もそっとレグルスくんが動いて、ジャヤンタさんを振り返った。
「おねーさんたち、おわっちゃったねー」
「だな。今日も可愛かったし、歌もオレは好きだな。でもオレの相方は次に出てくるマリア・クロウのが好きだってよ」
「マリアおねーさん、かわいいよ」
「そうだな、両方可愛いな」
ニコニコとレグルスくんをあやしてくれているけれど、お目当てのラ・ピュセルが終わってしまったから、お膝から退かせた方が良いだろう。
「ジャヤンタさん、ありがとうございました。もしこの後ご用がおありでしたら……」
「いや、用はねぇよ。この後のマリア・クロウのも見るんなら、最後まで付き合うぜ?」
「ありがと!」
「ありがとうございます」
お礼をいうと、人の良さげな笑顔が返ってくる。
暫くの休憩の後、今度は大きな拍手に迎えられてマリアさんが舞台に立った。
美しいお辞儀の後、綺麗なピアノの旋律に乗って、華麗な歌声が劇場に響く。
この劇場からかつて羽ばたいた不死鳥が、再びこの舞台から飛び立って。
隣のレグルスくんや奏くんの表情がキラキラしている。
経済を回して、誰もが劇場に来れるようになったなら、皆こんな表情をするようになるんだろうか。
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