10-6.迎撃
ハルニスが御者側の小窓から外を伺う。
伺う様子そのものはきっと向こうからも見えてしまっているだろう。
「ハルニス殿、私はもう出た方が?」
「いえ、どうせならカウンターを狙ってください」
「なるほど、それは良い」
「え? ミャーノなんて?」
「なんでもありません。サラ、あなたは中央に」
多少テンションがおかしくなっており、言葉遣いでつい遊び心が出てしまった。
基本的には粛清ではなく、捕縛を目的としているそうだ。
それは、人道的な理由からではない。アジトや仲間の情報を引き出さねばならないからである。
(殺られるくらいなら殺る覚悟はしているつもりだけど、命を奪わないで済むのなら絶対その方がいい)
この考えは、この身体の力に対する傲りではあるが、甘えではないだろう。
幌の外の声に耳を傾ける。
『大人しく、荷を馬車ごとこちらへ引き渡せば命は奪わんよ』
『そんな、こんなところで夜に丸腰では、狼か魔物に食われてしまう』
『うるせえ、従者に返答は求めてねえんだよ。馬車の中にいんだろ、シュジンが。――おい!』
『シンユーカ様、出てきてはなりませんぞ!』
従者代表として相手と会話をしているのはキアだ。
(敵が八人以上居る?)
あらかじめ、賊の人数を幌の中の人間にも伝えられる符牒を決めてあった。主人の名前を「シンユーカ」としたということは、想定より多い――七人を超えているということだ。
馬車の外には、キアとサリムの他、あと二人のヒラ騎士がいる。一人で二人以上の相手が必須になってしまう計算だ。
(これは早めに加勢して差し上げた方が良さそうだぞ)
『出て来ねえんなら仕方ねえなあ! 邪魔するぜ――え…?」
「護衛が同乗していることくらい想定しろ」
閉じられていた幌の入り口を裂いて侵してきたサーベルを、私の片手半剣はその闖入者の腕ごと裂いた。
耳障りな悲鳴と、黄昏時の夜陰に広がる血の臭いにむせそうだ。
まだ。現時点ではまだ、我々を騎士隊と気づかせない。
幌の後ろから、降車。
「キア殿、私の相手は?」
「まだわからないな」
剣を両手握りにし、キアに肩を並べて耳打ちするように尋ねる。
いくらうまいこと野盗が釣れたといっても、厄介な野盗というのはあくまで「ゾルフィータ盗賊団」の残党のことである。それに該当する盗賊魔術士が何人、このモスタン街道に潜んでいるのかはわからないが、私はそいつの対策なのだ。
他の白兵戦のみの盗賊に私がかまけている間に、悪意のある魔術に味方が害されては意味がない。
「なんだ、抵抗するのか。残念だなァ……」
スキンヘッドに痣――いや、刺青か? ピアスでもしていたら明らかにハリウッド映画のモブチンピラといった風体の男が、突起のある棍棒を肩に担ぎながらニヤニヤしている。
(うーん世紀末……でもそうだな、剣なんてちゃんと手入れしないといけないものだし、こんな野に暮らしている賊だったら、こういう打撃武器の方が長持ちするし使いやすいんだろうな)
棍棒についてはそんな感想を抱きながら、周りの賊の得物を確認していく。
「強盗だけで済ませたいんだよなあ、オレたちは。強盗殺人の罪を重ねたくないの」
「そうか、それなら問題ない。アンタ達を全員伸して王都に帰るだけだからな。ああ、その場合は強盗犯にもなれんが」
「ミャーノ、あのおじさんキレやすそうだからあんまし煽らないで」
「おじさんじゃねえーーよ! ! 20代だわ! !」
スキンヘッドにするから印象老けるんだよ。
ナメられたくないならおじさんでいいじゃん。
スキンヘッドをおじさん呼ばわりしたキアの方が若く見えるぞ。たぶんキア、30代だと思うけど。
スキンヘッドとそんなやりとりをして時間を稼ぎながら見える範囲の賊達の手元を確認したが、ロングソードなり大きめのナイフなり、やはり棍棒なり、何かしら武器を携えている。
(魔術士が仮にサラと同レベルの攻撃魔術を操れるとしたって、荷を台無しにするわけにはいかないから、私たちを直接、火水風雷でどうにかしようとはしないだろう)
魔術士が表に出てきていないと仮定して。
賊側は荷をダメにしたくないとする。
考えられるのは、
(やっぱ「支援系」だよな)
「キア殿。――貴方の魔除けを発動してください」
「見つけたのか」
賊の魔術士を。いいや。
「いえ。しかし今です。ハルニス殿にも発動指示を」
「――オーケー。ハルニス! お嬢様を頼む!」
これもあらかじめ決めておいた符牒だ。「サラを守れ」なんて当たり前の事を念押しさせたわけではない。「アミュレットを発動させろ」である。
殿から幌の中にかけてはハルニス、それ以外の前衛班はキアの魔除けだけを発動させる。
アミュレットは24時間に一度だけ発動できる、魔術耐性を一時間だけ強くするアイテムだ。もっとも、効き目に個人差はある。
一時間以上無理やりブーストをかけるのは、元々魔術耐性値がべらぼうに高い人間は例外として、臓器に負担をかけてしまうのだとか。
騎士隊は皆アミュレットを持っていたが、全員で一気に発動させて、一時間後に一斉に効果を切らすのも賢くはない。それでこの人選である。
(想定してる支援は、催眠、幻覚、麻痺ってトコだけど――)
一番ややこしいことになるのは「幻覚」だと考えた。催眠や麻痺は動けなくなるだけだが、幻覚を見せられてしまっては最悪同士討ちも有り得るのだ。
自分の見立てでは、キアとハルニスを敵に回すのが一番面倒くさそうだった。
「発動」
キアが己の左手首に口付けながら、アミュレットの状態を「ON」にした。
特に目に見える変化があるわけではない。対峙している、魔術士でない賊達からは少なくとも覚られていないだろう。
さて、サラは魔術士としての能力の高さから、耐性値も頭抜けて高い。アミュレットなしで魔術耐性をさらに底上げする術も持っていると言っていたので、そこまで心配はしていない。
対して私は、平素はサラとベフルーズの魔術に抵抗出来た試しがないほど魔術耐性は低い。しかし、
「こちらも有効のようですね」
おそらくは賊魔術士によるものであろう攻撃が、見えない波となって騎士達に膝をつかせてゆく。
分子を動かすタイプではない魔術は、目に見えない。
炎なら消せるし、水なら割れるし、風なら止ませて、雷なら――いや、雷はどうなんだろう。絶縁体でもないもので電気を散らすとかできるんだろうか。感電する前に霧散してくれればいいのだが――
私の左手小指から、赤い筋が滴る。
やはり指先はやめておいた方がよかったかな。
かといって他の場所は戦闘中にやりづらい。
前衛と殿側の騎士達が次々倒れていく。
「……ッ」
捨て台詞も吐けない気の毒なサリムの顔が、悔しそうに歪む。だが、平然と立ち続けている私とキア殿を見て、微笑んだようにも見えた。
掛けられたのは麻痺の類の術であるようだ。
幌の中の様子は――ここからではわからない。
「くそッ、てめぇらアミュレット持ちかよ。これだから金持ってる奴は」
(私は持ってませんけどね)
アミュレットも魔術で発動するものだから、エルドアン鋼を振るう身では、攻撃をした段階でアミュレットの効果も無効になってしまう。
だから――魔装剣の逆の発想をした。
相手の武器や身体に剣を接触あるいは切りつけることで、施された魔術が無効化されるなら、
(私自身を切れば良い)
エルドアン鋼の作用が、私の身体を循環していく。
それはまるで、ミントの香りを嗅いだ時のようなすっきりとした癒しだった。
お読みいただきありがとうございます。