10-5.南大隊第一班の出撃
「やっ。ミャーノ君、サーラー嬢、来てくれて本当にありがとう」
指定されていた集合場所であるカフェでサラと二人で待っていると、程なくしてキアがやってきた。
この店は、モスタン街道の入り口である北門に近い。
私たちはまだ知らされていないが、きっと他の場所にハルニス達が待機しているのだろう。
場合によっては何人かごとに分かれて時機を待っているのだろうか。
「こんばんは。これから戦闘になるかもしれないのですから、私のことは呼び捨てで問題ありませんよ、キア筆頭隊長」
「私も『サラ』で構わないのだわ。士族といったって私は特に何の社会的地位もない一般市民なのだし」
「そうかい? では君たちも、私が雇うとはいえ私の部下ではないのだし、私を呼ぶ時に“筆頭隊長”を付ける必要はないよ」
部隊行動に備えて呼び方を改めてみたのだが、やんわり却下された。そんなものか。
「承知しました、キア殿」
「――……う、ん」
「…? どうかされましたか」
「いや――何でもないよ。何でか既視感を覚えてしまって。何だろうね? ――ああ、その赤いジャケット、君にとても似合っているな」
「はあ、どうも」
ああ、今朝は青いコートの方を着ていたっけ。
戦闘はこの赤いジャケットの方が立ち回りやすいのだ。
「報酬については、万が一私に何かあっても支払われるようにギルドに預けてある。こちらからの言い値で申し訳ないが、その辺は私が無事だったら交渉して吊り上げてくれ」
「では、キア殿の無事を一層お祈りしましょう」
「ありがとう。君たちもね」
緊張をほぐそうとしてくれているのかな。
この手の集団戦は初めての割に、私は自分でも意外なほど落ち着いているが、サラはそうでもなさそうだから、気を遣ってくれたんだろうか。
(それにしても万が一とはいえ、ギルドに預けておくとか、そんな保険をかけておくなんて)
そういえば、キアからは朝市で感じたような苛立った殺気は、私がギルドの地下に連れ込まれたあたりから霧散しているような気がする。
それだけ、彼の戦略上はエルドアン鋼が鍵となるものだったのかもしれない。
「それじゃあ、行こう。隊とは北門の外で落ち合う」
作戦開始、夕刻現在。
野盗討伐についてはまず、以下の情報を提供してもらった。
・対象野盗の総人員数は不明だが、旅人を襲撃する際はどうやら七人前後で行動している。
・襲撃のポイントはランダムで、特に決まっていない。
・王都近く、モスタン街道中盤、モスタン近くに四分隊の配置になっている。二つの隊が中盤に配置されており、それらの隊はモスタン街道途中から、それぞれ王都またはモスタンへ向かう(つまり街道のブルドーザー作戦だ)。
・騎士隊然としていては勿論野盗を釣れないため、旅行する貴族や旅する商隊に偽装する。
「ここまでで質問はありますか?」
「問題ありません」
「ええ、私も大丈夫なのだわ」
説明をしてくれているのはハルニスだ。
既に出発はしており、私とサラは幌馬車の中で説明を受けている。傍から見れば、この集団は“従者の多い貴族様御一行”そのものだろう。
幌馬車の中からは殿側の騎士たちが見えた。
「では次に、我々の部隊編成についての説明に移ります」
「はい」
同時に横でサラも頷く。
「他の部隊は三隊とも百人隊長が率いていますが、我々第一班の長は、ご存知の通り筆頭百人隊長のキア・アルダルドゥールです。サリム・カドリを覚えておいでですか? ええ、そうです、彼です」
サリムの名前を出されて、殿にいる黒髪の男に私が視線を移すと、ハルニスはそれを肯定した。
視線を集めたサリムは、我々の会話の内容を察したのか、ニコリと愛想を振りまいてくれた。気安い人なのかもしれない。
「彼は南大隊第四百人隊長です。キアが斃れた場合、指揮権はサリムに移ります」
「……了解です」
「なんだか、さっきのキアさんといい、貴方達やけに指揮官がその…戦闘不能になった場合について用意周到なのね」
「キアが?」
「ええ。半分冗談かと思って聞いておりましたが、キア殿が亡くなった場合でも我々に報酬が支払われるようにしておいたなどという話をされました」
「……弱気ととられたなら申し訳ない。そういうわけではないのですがね。先日、白虎――西大隊が、隊長を失った時に作戦行動を乱したという悪例がありましたもので。我々南大隊も気を引き締めているのです」
「そういうことでしたか、すみません」
「いえ。あなた方は、いざとなれば現場を離脱してください。そして、もし一般市民が巻き込まれた場合においては、ご自分の命を最優先とするように。近く王軍の入団試験を受けるおつもりであるとしても、現在はあなた方も一般市民なのです。ましてや、騎士隊の者を庇うなどは絶対になさらないように」
「……はい」
まるで、以前そうした者がいたかのような念の押し方だな。
「サーラー嬢。攻撃魔術については、どの程度の射程距離を保証できますか?」
「サラでいいわ、ハルニスさん。――矢の魔術なら50メートルまでは試したことがあります。炎と水は距離が遠くなるほど威力は弱まるけど……3メートルなら、炎で鉄を溶かせるし、水で鋼を切れるのだわ」
なにそれこわい。
「可燃性のものを燃やすだけとか、水をかけるだけなら、10メートルでも20メートルでもいけます」
「……入団試験の際は、王城を吹き飛ばさないようにご配慮くださいね。風系は……」
「真空状態を作るのも3メートルくらいでしか試したことがないの」
「そんなことも可能なのですか? 私が確認しようとしたのは、単純に強風を発生させるくらいの魔術だったのですが」
「ただの暴風程度なら、15メートル先くらいまでは大丈夫だと思います」
サラ、強風だって。暴風じゃないって。
「だいたい把握しました。それでは、サラさんにはやはり後衛に入っていただきましょう。ミャーノ君には前衛にいていただきます」
「ミャーノと同じ前衛ではだめ?」
「基本的には5メートルも離れはしませんよ。ただ傍にいる隊長が、サリムになるか、キアになるのかの違いだけです」
「どちらが前衛班なのですか?」
「キアです。私はサリムの側、後衛におります」
「わかりました。サラをよろしくお願いいたします」
「ええ」
「ところで、ハルニス殿――四隊に分けているとはいえ、実のところ貴方がたは、この第一班が遭遇する可能性が一番高いと考えているのですね?」
「おや、わかりますか」
「わかりますよ。恐れながら、私が賊であってもこの一行を狙うでしょう」
「えっ、どうして?」
サラがそんな声を上げる。私たちのそのやりとりに、他に幌の中にいた三人のヒラ騎士たちが、ややそわそわとし出した。
(君ら、さては会敵する確率は四分の一だと思ってたな?)
ヒラ騎士達に対して、胸の裡だけで軽く非難する。無論、顔には出ていないはずだ。
「――ミャーノ君、構いませんよ。サラさんに、そう思われた理由を教えて差し上げてください」
「そんな大した理由ではありませんが――ええ」
サラというよりは、ヒラ騎士達に聞こえるように配慮しながら述べる。
「モスタン街道に賊が出るとわかっているのに、それでもモスタンに観光だか湯治だかに来ていた。そういう貴族が、王都に帰ろうとしている。行きは無事だったのなら、帰りはすっかり気が抜けていることでしょう。王都までの道のりがある分、食糧の蓄えも多い。王都を発ったばかりの集団よりは、こちらの集団を襲います」
「ええ。キアとサリムも概ね、その考えです。被害は実際、下りよりは上りの道中の方が多いようですしね」
「このエリアの次に多いのは、王都に近いところから王都に向かっているエリアでしょう?」
「はい。王都に近づくとどうしても護衛の者の気が抜けてしまうようです」
そうだろうな。だけど、今回の四分隊のうち、王都に最も近い班は上りではなく、下りだ。
どうやら、王都からの出立時から班は分けており、出発日もずらすなど、割と手間をかけた偽装をしているようだ。であれば、行きの時点で目をつけられている可能性も高い。
一番不自然な動きになるのは、王都側の中盤から王都に上る班かな。でも、途中で体調を崩した人がいるからと王都に引き返す貴族や商隊の集団は珍しくないだろう。
「イスマイールが君にエルドアンの剣を売ってくれてよかったですよ」
つらつらと思考の海に沈みかけていた私を、ハルニスの言葉が引き戻す。
「どういうことです?」
「ミャーノ君がこの隊に加わってくれていることが心強いということです」
「まだ何の成果も出していないですよ――あの、ハルニス殿」
「はい、なんですか?」
「キア殿にも申し上げましたが、自分のことは呼び捨てていただいて構いません」
「――ああ。いえ」
穏やかだったハルニスの表情が、にわかに険しくなる。
「それは君が入隊した時にとっておきましょう――」
彼がそう言い終わらない内に、御者側から怒声が聞こえてきた。
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