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10-4.舌と胃の里心

 アークたちが買ってきてくれたのは、味の濃いソースで和えられた鳥のササミや葉物を薄いパンで巻いたものだ。

 包みを私やサラに渡しながら、アークは提案をしてきた。


「ミャーノさん、お茶淹れましょうか」

「紅茶? 今は外だし、水で構わないが」

「いえ、緑茶ですよ。大丈夫だとは思いますけど、屋台モノだし、お腹にはその方がいいんじゃないですかね」

「……緑茶。あるの?」

「紅茶があるんだから、ありますよ、そりゃあ。と言っても、なぜか紅茶の文化の方が、ここらでは発展しているみたいですけど」

「そうなんだ……飲みたい」

「かしこまりましたっ。皆さんもどうです?」


 アークが皆に確認すると、他の三人も手を挙げた。


 確かに、紅茶は緑茶になるはずだったものを発酵させたものなのだから、茶の木(チャノキ)があるなら緑茶は存在できる。


「ミャーノさんはお腹丈夫そうだけど、……都子さんは弱い(ほう)だったから。外で僕が作ったもの以外を食べる時は緑茶、飲みたがってたなって。思い出したんです」


 沸かされる湯を眺めていると、アークがぽそりと(あきら)だった頃の話をしてくれた。

 都子(わたし)は、確かにお腹が弱かった。

 母に昔から、ナマ物を食べる時は必ず緑茶を一緒に飲むように言われていたので、そういう習慣もすっかりついていた。殺菌や除菌の効果を期待してのことだった。


(私はやっぱり明を知らないけれど、この子は本当に都子(わたし)と居たんだな……)


「はい、どうぞ」

「ありがとう。………………うん、美味(おい)しいよ」

「ふふ。良かったです」


 この身体で初めてかいだ緑茶の香り高さに、自分の目が思わず涙ぐんだような気がしたが、それはきっと、湯気で眼球が湿ったのを勘違いしただけだろう。


「この国、基本的にごはんが美味しいから、あんまり考えていなかったが……アークに味噌汁や緑茶を飲ませてもらって少し里心がついてしまったな」

「あ……よけいなこと」

「いや、ただの感傷だよ……はは、ラーメン食べたい」

「ああそれ、大強襲後に言ってたね。最初の二年くらいはインスタントのカップ麺とかが当たりの食料扱いだったけど、都子さん、自ら取り合いで勝ちとったカップ麺を食べながら『胸やけがする』とか言って部隊でヒンシュク買ってたよね」

「……それは私が済まなかったな……」

「そう言ってオレにくれたからオレは嬉しかった」

「………」

「確かにそんなに旨いモンじゃなかったけど」

 そう言うアークは確かにその思い出を大事にしているようだった。


 最初の二年くらいは、という(げん)からは、そもそも大強襲とやらで日本のカップ麺を製造しているような工場の稼働と、恐らくは日本企業の海外工場からの入荷が思うようにいかなかったのであろうことが察せられた。


(南関東だけが崩壊したんなら、北海道じゃなくて大阪とかの方が首都機能分捕りそうな気はするからなあ……本州全土に影響が出たんだろうか)


 アークを質問責めにしてしまえば話は早いのだろうけど、私から興味本位であれこれ訊くのは躊躇われた。


 だって、()は結局十九歳で亡くなって、ここに転生したと言っているのだ。

 しかも、何らかの形で、都子(わたし)をかばったせいで。


 それに、ずっとアークとひそひそと話しているのも大概にせねばならない。


「さて」


 アークが私のその気持ちを感じ取ったのかはわからないが、気分を切り替えるように一言告げた。


「夕方に再集合を命ぜられてますけど、僕たちの編成ってどうなるんです?」

 サラたちにも向けるような確認の声だ。

「いや、行くのは私とサラだけだよ」

「えっ、どうしてですか。僕もミャーノさんと…サラさんと一緒に討伐に参加したいです」

「筆頭隊長のキア殿のポケットマネーのようだから、勝手に傭兵人数を増やすわけにはいかないよ」

「えーっ、なんですかそれぇ。僕は無報酬でも……」

「向こうは騎士団だし、責任の問題もあるだろう」

「そんなぁ。じゃあどうしてろっていうんです」

「アークは、ミーネとビラールと一緒にモスタンで待機していてほしい。一応、君ら三人がギルドに身を寄せていいという話は取り付けてあるけど、気が紛れないということもあるだろうから、ミーネとビラールと一緒であれば、酒場でもカフェでも好きなところにいてくれていい。ああ、でも温泉はダメだ」

「どうしてですか?」

「いざという時、丸腰では困る」

「……それは…」

「ミャーノ、別に災害が起きそうなわけでも、魔獣が街を襲ってくるのでもないのだから……この街中にいる分には問題なんて」

「いいえ、用心するに越したことはありません、サラ。だからこそ、キア殿は現に、私達との合流を街で大っぴらには行おうとしていない。街中に盗賊団の仲間が潜伏している可能性を、考慮しているのでは?」


 この広場は、視界が(ひら)けている。

 ピクニック然としている私達の周囲15メートルには特に人がいない。


「窮地に陥った盗賊団の仲間が、街中で人質をとるなどの暴挙に出ないとも限りません。――よろしいですか、私は今から最低なことを申しますよ――……アークやミーネがその人質に取られる可能性を、他の人間を増やすことで私は下げたい」

「……なるほどなのだわ。ミーネさん、アークと一緒にいて、出来れば無茶をしないように見張っておいてね」

「そんなこと聞いたら、僕はミーネさんを守らないといけないじゃないですか…ミャーノさん、ずるい」

「ありがとう、アークちゃん。でも無理はなさらないでね。貴女が怪我しても私はミャーノに怒られてしまいます」

「……怒ったりしませんよ」


「…………ねえミャーノ、俺の名前だけ途中から消えてる。ていうかさー、俺の護衛で旅に付き添ってもらおうってなったのにさー。えー」

「ああ、すまんすまん」


 うん、意図的に外しちゃった。

 アークにはミーネを守るっていう名分を押し付けたかったんだけど、「ビラールも守ってくれ」じゃあ負担大きすぎるもんよ。

キリのいいところということで一旦ここで。

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