10-1.南大隊のプリミピルス
(どうしてこうなった)
私は宿の朝食にありつけそうにないようで――せっかく食事付きの宿だったのに勿体ない!――、モスタンの街のギルドに引きずられてきている。いや、引きずられそうになって、実際には自分の足で歩いてついてきたのだが、私は本意ではない。
「ミーネ、とりあえずはサラとビラールに状況を共有お願いします…ッ」
「――はいっ」
腕を引かれ引きずられ始めた時点で、私はミーネに咄嗟にそう告げた。ビラールの名前を出した時にわずかに、私を引きずる騎士隊隊長の眉が上がった気がしたが、一瞬のことで確信が持てなかった。
その隊長らしき男は私のみを確保し、同行していたミーネは放置していたので、ミーネはおろおろしていたが、逃げてもらうことにした。
ミーネの護衛のつもりで朝市についてきたのに、なぜ私の方が拉致されている状況なのか。サラとビラールの呆れに既に怯える心がある。
男は私を建物地下のホールについてくるように命じた。
なぜ私が大人しく拉致られることを選んだのか? それは前述したように――
「手荒な真似をして済まなかった。改めて名乗る。私はキーリス王軍騎士団南大隊筆頭百人隊長、キア・アルダルドゥールだ」
――相手が騎士隊隊長を名乗ったからだ。
少し遡って、朝市で拉致される直前の、ミーネとのやりとりを思い出す。
朝市では、周りの田畑や河川から収穫された青果や魚介類の他、揚げ物や飴菓子などの屋台も出ていて結構盛況だった。
「探している品は何ですか?」
「買わないといけないものがあったわけではありませんの。シーリン以外でこうした市を覗いたことがなかったので……相場などを見たかったのですわ」
「なるほど」
「王都での相場もまた変わるのでしょうし、経済というのは難しいものですわね」
(全面的に同意です、ミーネ)
経済の仕組みを見たり聞いたりするのは好奇心が満たされて嫌いではないが、経済学の分野において都子の知能は働かない。何に転職するにしても医療と金融に携わる職に就くのはやめておこうと心に決めていた。IT企業にいた時点ですら、病院や銀行関係のシステムのチームに入れられることを拒否したくらいである。
喧騒が止むことがない市場とはいえ、その活気の性質は朗らかなものであった。
しかし、果物屋の通りを歩いていた時――前方から、明らかに市場にそぐわない殺気立った気配を感じて、自然と半身踏み出した。ミーネの前に己の身体の左側を前にして、庇うように歩いたのだ。
やがてその気配の主の姿が見えた。
三人連れの男たち。
真ん中前方を歩く金髪の上背のある男と、そのやや後ろについて二人並んで歩く、少し痩けた顔の焦げ茶の髪の男と、対照的に栄養が十分行き渡っている様子の健康的な黒髪の男である。
三人とも同じようなデザインの服を着ていた。腰にはそれぞれ長剣を下げている。
(一番苛ついてるのは真ん中の金髪か)
通りの周りの様子はというと、全く彼らを警戒などしていない。それはそうだ。私が感じ取ってしまっただけで、彼がその苛つきを身振り手振りにみなぎらせているわけでも何でもない。
(目を合わせないですれ違ってしまおう)
そう、思ったその瞬間に、つい金髪の男と視線を交わしてしまうというミスを私はおかしてしまった。
(やっば…!)
内心焦ったその瞬間、なぜか男の視線は私の顔から、前に出ていた私の左半身にスライドしたように見えた。
「君……その剣は?」
「えっ?」
剣? この片手半剣?
「……っ、私は騎士隊隊長のキア・アルダルドゥールだ。ちょっと、話を聞かせてくれ」
「……えっ? ちょっ、お待ちください?! ミーネ、とりあえずは――」
「先程尋こうとしたのは、そちらの片手半剣のことだよ。ええと――すまない。君の名前を教えてもらえないか。あ、連れは部下のハルニスとサリム・カドリだ」
相手が話を切り出してきたので、私は回想をそこでやめる。
今は地下の体育館のようなホールで簡易な椅子に座らせられ、そのキアと向かい合っている状態だ。
焦げ茶の髪の方がハルニス、黒髪の方がサリムというらしい。ハルニスの方は家名がないのか。
二人は手を後ろに回してキアの横に仁王立ちしている。
三対一の圧力構図がすごい。
「ご丁寧にありがとうございます。私はミャーノ――ミャーノ・バニーアティーエと申します」
すこし迷ったが、偽名を使わず家名も隠さず名乗った。ギルドの受付は彼らを把握していたようであったし、彼らが騎士団なのは十中八九本当だろう。これから入団試験願書を出す名前で名乗っておく方がいい気がしたのだ。
「――バニーアティーエ? フィルズの兄弟か?!」
キアが更に驚いたように声をあげた。
(あっ…そうか。バニーアティーエの家名自体は既知だろうとは思っていたけど、騎士団にはそもそも生前のフィルズを知っている人もいるはずなんだ)
「いえ、フィルズ・バニーアティーエは、私の母の従弟です。と言っても、私自身はフィルズとは面識がないのですが……フィルズの兄のベフルーズには世話になっています」
「そうか……彼の兄上は息災か」
「……はい。あの……? その、当家のフィルズが何か……?」
「ああ、いや……フィルズは私の隊にいたんだ。思わぬところで彼の家名が出てきたので驚いたのさ」
三年前に殉職した部下の名前を覚えていて悼んでくれたのか。
「この剣とフィルズに関係はありませんが……」
「うん……それは承知している。その剣はエルドアンの作だろう? どこで手に入れたんだい」
「え? これは、シーリンの街の武具屋で…買いました」
実際にはもう少しややこしい手順を踏んだものだが、値札もついていたのだし、この回答で問題ないはずだ。
「申し訳ありませんが、刀匠については私は詳しくありません。騎士団の方が気にされるようなことが、何かあるのですか?」
「エルドアンを知らないのか……」
「なにぶん先月田舎から出てきたばかりで」
「あ……済まない、失礼な言い方だったかな。そういうつもりではなかったんだ。……その柄尻にある彫金、それがエルドアンの印なんだ。本物かい?」
「私には真贋がわかりません。ご覧になりますか?」
私はそう言いながら腰のベルトから留め具を取り外し、ハルニスさんの方にチラリと視線を向けた。
ハルニスさんは察してくれて、私の方に近づいてそれを受け取ると、キアに差し出してくれる。
「えっと……ありがとう。でもミャーノ君、ダメだよ。知らない人に得物を渡してしまっては」
「はあ」
私をここに無理矢理引っ張ってきた知らない人に諭されることではない。
短剣がまだあったし、だいたい騎士様に害されるような状況が発生したらそこで応戦したところで捕まるのはどのみちこちらだろう。
いや、害されたら蹴散らして逃げるけど。
「どう思う、サリム?」
「本物だと思います。仮にこのマークが偽物だとしても、業物なのは間違いありませんよ」
「そうか……ねえミャーノ君、これ買う時、なんか面倒な手続きとかなかったの?」
「え……手続きですか……? 元傭兵とかいう武具屋の店員に一戦強要されましたが、そういう話ですか?」
「そういう話さ! 傭兵? そいつ、イスマイールとかいわないかい?」
「ええ、そうです」
驚いた。なんで王軍騎士団の筆頭百人隊長の口からソマの名前が出てくるんだ?
「ということは、君はイスマイールより強いんだな」
「……ええ、剣での勝負なら少なくとも、ですが」
「よし。ミャーノ君……騎士団の人間ではない君に求めて申し訳ないが、モスタン街道の野盗退治に力を貸してくれないか? もちろん、報酬は相場の額を出そう。私の懐からだけどね」
「筆頭隊長?!」
「キア殿、何を……」
サリムとハルニスは『この人は何を言いだすんだ』とキアに掴みかからんばかりの様子だった。
「見せてくれてありがとう、ミャーノ君。どうかな?」
部下の様子を一顧だにせず、キアは直接、私に片手半剣を返却する。
「……理由をお聞きしても構いませんか」
ハルニス達の様子から伺うに、市井の人間を戦力に数えようとすることは、あまりないことであるに違いない。
「ああ。エルドアンの鍛えた鋼は、対魔力性能がずば抜けて高いんだ。今回の野盗退治では、その剣を遣う手練れが一人でも加わってくれると、味方側の被害が抑えられると思うんだよね。だってその剣だけ貸してもらうわけにいかないだろう?」
「え、ええまあ。――ということは、野盗の中に魔術士が?」
「うん。モスタン街道の野盗には、どうやらゾルフィータ盗賊団の残党がいるようなんだよ」
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2018/5/6 21:55 追記
「元傭兵とかいう」が抜けてたので挿入しました。なんで削れたんだろう…
2019/6/22 15:10追記
今更なんですがキャラ名一箇所誤字ってたので修正しました…ミーネの名前なぜか推測変換でミーナにされる…