【キーリス異聞】使い魔のいない刻・4
前回に引き続き番外編です。番外編は今回で一旦終わり。
ミャーノがいない世界線の話なので注意。
あと普段の文量より少し長めです。
「ああ、お帰りなさい隊長。フィルズの実家に行かれてたんですよね。ゆっくり出来ましたか?」
休暇の終わりに合わせて王都の騎士団寮に帰投したパールシャを、談話室前の廊下でハルニスが出迎えた。
パールシャはもちろんフィルズと一緒に王都には戻ってきていたが、フィルズは剣を研ぎに寄ると言って、まだ城下町にいる。
「ええ。留守にしてご迷惑をおかけしました。おかげさまでのんびりと――」
「されていませんでしたよね?」
「――えっ?」
ハルニスは微笑んだその相好を崩さぬまま、有無を言わさぬ語調でパールシャの言を否定した。
「ええっと……?」
「何のための長期休暇だと心得ておいでで? 全く、王都でならまだ致し方ないものの、何故騎士章を外して田舎までバカンスに行って、害獣の討伐などしているのです、貴方は――いや、フィルズがどうせ安請け合いしたのでしょう。地元ですからね、見栄を張りたかったのでしょうが――」
「お、お待ちをハルニス殿。どうして貴方がそれをご存知なのです?」
「貴方が討伐した魔獣十三体はいずれも上級種です。シーリンのようなギルドのない街からの討伐報告は珍しい。そりゃあ私は、そのハンターの名を確認しますとも」
「あ」
「私にバレないとでも思ってらっしゃいましたか。意外と間の抜けたお方だ」
「いや、隠すつもりはなかったので……何かマズかったでしょうか……」
「法的にも風聞にも問題は全くありませんよ。むしろ、それだけ害のある上級種の魔獣が地方で放置されていたことが問題視されました。明後日には正式に朱雀に――おそらくは我々の隊をメインに、南西地方の調査と、随時の害獣討伐の命がくだるかと」
パールシャの休暇は明日までだ。つまり実質パールシャを指名した遠征命令であった。
「ハルニス殿、その南西地方の範囲は――」
「はい、その続きは明後日までお預け」
仕事の話を続けようとしたパールシャを、その後方から妨害した男性の出現に、ハルニスは少し前から気がついていた。頭を撫でられたことに驚いて肩を竦めたのは、パールシャだけだ。
「――と、失礼いたしました。パールシャ、先程帰投しました、キア筆頭隊長」
「お帰り。失礼をしたのは俺なんだがなあ」
男は朱雀の筆頭百人隊長、キア・アルダルドゥールであった。敬礼をせんばかりに畏まるパールシャに、キアは苦笑をするしかない。
「ハルニス。こいつにそんな話したら、今日から仕事し出すじゃないか。もう夕方だし、俺が今からこの討伐馬鹿に業務の確認で時間を取られそうなことをするのはやめてくれ」
「それはどうもすみません」
「……討伐馬鹿……」
パールシャは上司のその表現に異を唱えたかったが、さらに別の表現で罵られそうだったので、控えることにした。
キアはハルニスと同期の出世頭で、各大隊に十人いる百人隊長のまとめ役の、筆頭百人隊長である。かつてパールシャとフィルズが入団試験を受けた時は、百人隊長として彼らの試験官をしていたこともあり、パールシャにとっては三年間ずっと付き合いのある直接の上司であった。
「ちゃんと明日まで百人隊長兼任させてくれよ」
「はい、よろしくお願いいたします」
パールシャの休暇中、その権限は筆頭百人隊長のキアが代行しているのだ。
「――で、それはそれとして、俺はもうすぐ定時」
「え? はあ、そうですね」
「わっかんないかなあ」
「はい…? お疲れ様でした…?」
「わっかんないかあ」
「キア殿、なんでその雑な誘いしか出来ないあなたが女性にモテるのか、私にはわかりかねます」
兼業している割に暇そうに油を売っている筆頭百人隊長の戯れに付き合わされている休暇中の上司を憐れみ、ハルニスが助け舟を出した。パールシャは察しが悪いわけではない。彼にはそれで十分なヒントだった。
「ああ……わかりました。では、定時に執務室へ伺います。店はご指定ありますでしょうか? もし特になければ、私の方で見繕っておきますが」
要は、キアは久し振りに顔を見せた部下に食事を奢ってやろうと言っていたのだ。
「んー、シャルクアス料理以外で辛くないのがいいかな。居酒屋がいい。ラフな私服で飲めるとこ。着替えてから行きたいから、部屋の方に迎えに来て」
「承りました。ではそのように」
「楽しみにしてるね。じゃあ残りの決裁頑張ってくる」
手を振りながら去るキアの背中を無言で見送るハルニスとパールシャであったが、やがてその姿が見えなくなると、ハルニスはパールシャに苦言を呈した。
「完全にビジネスの要素を断ったお忍びデートなんぞ、承る必要はないんですよ、隊長」
「……凄まじい語弊を感じます、ハルニス殿」
「あれに釘は刺しておきますが、下町の宿に連れ込まれたりしませんよう、貴方も気をつけて」
「ハルニス殿……筆頭隊長はそこまで見境ない方ではないというか、不自由していないのは私も知っております……というか、私はそんなに危なっかしく見えますか? さすがに三年も一緒に仕事をさせていただいてきたハルニス殿にまで心配されると、成人男性としてのプライドが」
「二十二歳など、戦場ではまだまだヒヨッコですよ。――私にまで、とおっしゃいますと、最近他の誰かにも何か言われましたか」
「……フィ……いや、情けない話なので黙秘で」
「いや、もうそれフィルズですよね」
「フィルズではなくて」
「他のフィから始まる私の知らない方ですか」
「いえ、フィはフィルズなんですが」
「おれがどうかした?」
ここは寮の廊下だ。遅れて帰寮したフィルズが通りかかった。
「……どうもしないよ。おかえり……」
「? ただいま?」
ハルニスは三年の付き合いの勘で、パールシャの様子から、フィルズが何か言ったわけではなさそうだと悟ったので、それ以上深入りするのはやめておいた。
「久し振りに王都のメシだなー。外に食いにいこう、パール」
「あ、すまん。さっきキア筆頭隊長に今夜の予定入れられた」
「えーっ?! 帰ってきたばかりだぜ?!」
(いや、フィルズ、君は今朝まで二ヶ月ずっとパールシャ殿の寝食を独り占めしていたのでは……?)
フィルズのパールシャへの懐き振りに、感心に近い呆れをハルニスは感じたのであった。なお、この感想を抱くのは別に今回が初めての機会ではない。
「キア筆頭隊長、お迎えに上がりました」
「やあ、どうも。――おや、その赤いジャケットは初めて見るな。休暇中に買ったのかい?」
話しながら、寮を出るまではキアが先行するべく、彼は部屋を出る。
「よく気がつかれますね。そうです、これはシーリンで」
「いや、君がそういう――洒落た配色? の私服なの、珍しいからね」
「私普段そんなにダサいナリをしておりますか? フィルズの姪御に、手持ちの私服を地味でパッとしないと指摘されて――この上着は彼女が選んでくれたものです」
パールシャが着ていたのは、赤を基調に黒を差し色にした、それ単体で見ると恐らくやや派手なジャケットだ。しかしこれが不思議なもので、パールシャが羽織るとその派手さはどうしたことか緩和され、ちょうどよく映えている。
「他にも選んでもらったのかい?」
「ええ、あと青いコートも」
「へえ、いいねえ、今度そっちも見せてよ。あー、そのお嬢さん羨ましいなあ。ねえ、俺もパールシャに服選んであげたい。俺は買ってあげるからさー」
もちろん、キアも察している通り、サーラーは選んだだけで、購入代金はパールシャ持ちである。
「遠慮しておきます、筆頭隊長。男から服を贈られる趣味はありません」
「あ、ハルニスだな? ハルニスが余計なこと言ったな? もー、違うって。パールシャは俺にとったら甥っ子みたいなモンなんだよ。わかるだろ?」
わからない、と、心の裡だけでパールシャは思う。彼には兄弟も従兄弟もいなかったし、伯父などもいなかったので、実感は全く出来ない。
(ああ、でも――姪っ子が可愛いというのは識っている。フィルズもベフルーズも、サラが可愛くて仕方ないみたいだったから。まあ、サラは親戚かどうか関係なく間違いなく可愛いかったけども)
「……パールシャー、その女の子のこと考えてる? ニヤニヤしてる」
「えっ、そうですか?」
「フィルズの姪だっけ? よほど可愛かったんだねえ」
「ええ。気立てが良く、賢い方でした。フィルズに似て、顔立ちも愛らしかったですよ」
「……そっかー」
キアは顔に出さずに驚いている。
パールシャがフィルズの顔立ちがそもそも好ましいと言っているも同然の発言をサラリとしたからだ。
(いや、フィルズが整ってないわけじゃない、というか、むしろ整ってる方だけど……そうかあ、意外とフィルズの一方通行の友情じゃあないんだなあ。知ってたけど……うん、よかったね、フィルズ)
寮を出ると、今度はパールシャが先導する。
無意識のうちに筆頭隊長の護衛を兼ねる感覚を備えていたパールシャは、その左手を剣の柄にかけていた。
「パールシャ、ハルニスに釘を刺されたんじゃないのかい? これは巡回ではなくデートなんだが」
「それはそれ、これはこれです、筆頭隊長」
「ならせめて役職名はやめておいてくれ、忍べやしない。今後も私事においては役職名をつけないこと。これは筆頭隊長としての命令だ」
「承知しました、キア殿」
「うん」
今後もこうしてプライベートで遊ぼうな、という遠回しの決定を言い渡されたようなものだが、パールシャは別にそれで構わなかった。
さて、パールシャが案内したのは、魚介類やトマト、タマネギを中心とした漁師料理が中心の居酒屋である。
「揚げ物より、さっぱりした口当たりのものを食べたいなと思ったので。ここのオニオングラタンスープも久し振りにいただきたいですね」
パールシャはこの店の馴染みなので、パールシャの名を呼びながら「ご無沙汰だったね」などと声をかけてくる店員もいた。長期休暇で王都を離れていたのだ、とパールシャは弁明をする。
二人は店内が一望できるような奥の卓に通された。
キアはともかく、パールシャはこの店の者には百人隊長であることが知られている。店で何か揉め事が、万が一刃傷沙汰が起きた場合はすぐ介入してもらおうという狙いをキアは感じた。
人柄によっては、こういった大衆酒場では煙たがられる場合もあるのが騎士という職業の辛いところだが、パールシャはそのケースに当てはまらないようだ。無論、キアはそんなことは知っていたが。
「ここはオニオングラタンスープが美味いのか」
「魚貝と野菜の炊込み飯や魚貝寄せ鍋もいいですよ。オニオングラタンスープはその、フィルズの実家でいただいたものが美味しかったので、食べ比べたくて」
パールシャはとりあえずワインとつまみを注文した。主菜と副菜はゆっくり考えてもらおうという算段だった。
「それもフィルズの姪っ子ちゃん?」
「彼女の料理も美味しかったですが、オニオングラタンスープはフィルズの兄君ですね。彼の料理の腕は凄かったです……何を狩ってこようが釣ってこようが、とにかく美味い料理にしてみせた。これが魔術かと思ったくらいですよ。もちろん常人の調理と手法は変わりませんでした。何度か一部始終を見せていただいたので、それは間違いありません」
「お、おう…」
(こいつホント作戦立案と美味い食事に関してはよう喋るな)
不味い料理に当たった時は、見るからにパールシャのテンションが下がっているのがわかるのだが、だからといって不味いとは言葉にせず、供されたものは全て平らげるのが彼の長所であった。
なお、拙い作戦に当たった時は、逆にこれでもかというくらい抗議と改善案について語り出す。上長の提案に異議を唱えられない者も多いため、キアはパールシャのそういう側面が気に入っていた。
実はパールシャからしてみれば、キアが自分に多少甘いことを知っていたので、その分遠慮なく提言できるというところがあった。だが、キアがそれに気がつくことはないだろう。パールシャは自己保身と関係なく、部下や市民の安全を優先しているだけだからだ。
岡目八目の状況にある他の筆頭百人隊長や百人隊長の中には、パールシャのそういう打算的な面に気がついている者もいたが、己らの益にしかなっていないので、わざわざキアに知らせることもしなかった。
酒と前菜が運ばれてきたところで、二人は寄せ鍋とオムレツの注文を追加した。
「それじゃ、改めて無事の帰宅を祝って乾杯だ」
「ありがとうございます」
「帰宅――と言ってしまったが、どうなんだい、パールシャ? バニーアティーエ家に婿入りでもするのかい?」
「恐れながら、それはサーラー嬢に失礼ですよ、キア殿」
「なんでさ。フィルズは少なくともそのつもりで君を連れて帰省したんだろう?」
「否定はしませんがね」
パールシャにはベフルーズとサーラーの思惑については推し量れなかったが、フィルズのそれについては多少察することができた。
――というか、初めのうちあまりにもパールシャがサーラーに対して、一定以上には距離を縮めようとしなかったので、中盤でフィルズが焦れて直接「サラは好みじゃないのか?」などと聞いてもきたのだ。
(おまえがそんなことを考えていそうだと思ったから、近づかないように気を遣ってたんだろうが)
「フィルズ。キミには私が、初対面の自分を居候させてくれるお家の方に、そういう目を向ける様な人間に見えているのか」
「うっ……それはそうだけど……」
それを言えば、フィルズはそれ以上追及してはこなかった。
「ふぅん。君、ほっとくと結婚しなさそうだよね」
「私は王軍騎士団の百人隊長を務めさせていただいている身。もしご縁があるとしても元々王都に住んでいるか、王都に来ても良いという女性でなければ結婚はできませんよ」
「ああ、そういう意味で言えばサーラー・バニーアティーエは難しそうだな」
「ええ。彼女はメシキの森の魔女の一番弟子ですから」
魔導士団に入って国防に携わりたいという理由があるのでもなければ、わざわざ上京をするメリットなど彼女には何もないのである。
「順番を逆にすればいい。彼女が君に嫁入りでもして王都に来て、魔導軍団長にでもなってくれれば心強いんだがなあ」
「その場合は私が相手でない方が話が早いですね」
「はは。筆頭百人隊長の席は四つしかないからな。それか、千人隊長になってしまうか」
「戦時下でしか任じられない地位を目標にするのはちょっと。平和が一番ですよ、キア殿」
「そうだな……」
寄せ鍋とオムレツが運ばれてきたので、今度は、オニオングラタンスープを一時間後に持ってきてほしいと頼んでおく。
「不躾ですが、申し上げてよろしいですか、キア殿」
「君はその前置きをすれば良いと思っていないか? いいよ。どうぞ」
「私よりもキア殿が先でしょう、年齢的には。常に複数のご婦人方とお付き合いしていらっしゃる貴方にそれを言うのも野暮かもしれませんが」
「野暮だねえ。それも逆に考えてほしい」
「……とおっしゃいますと?」
パールシャは素直に尋ねてしまう。こういうところが迂闊で可愛げがあるのだ、とキアはにっこりとした。
「君が身を固めたら、潔く諦めて結婚するかもね」
「わかりました。今すぐ諦めて大丈夫です」
「わかってないなあ。そういう態度とるから、余計に俺も意地になっちゃうのさ。あ、その『クッソめんどくさい』って思いながら表情に出さないのも可愛いからだめ」
「出てないのか出てるのかどっちなんですか」
「どちらかと言えばもちろん出ていない。だがね、君は実にポーカーフェイスだが、嬉しいことに、近しい者にはちゃんと分かるようになっている。たとえば、旨くないものを口にした時、君は表情も態度も変えていないつもりだろうが、ハルニスはちゃんと汲み取っているだろう?」
確かに、とまた素直にパールシャは頷いた。
「しかし、フィルズは私が否と言っても是を通します……」
「それは分かってて我を通してるだけだねえ」
そうだろうな、とパールシャは今一度頷くのだった。
「ところで……」
「ん?」
「このオムレツ、美味いですね。実はまだ頼んだことがなかったのです。豚肉……これはハムですかね? チーズと一緒に、実に塩気をちょうどよくしていると思いませんか」
「そうなんだ」
「ブイヤベースも、冷めない内に。脂が浮いてきてしまうと味が落ちます」
「わかった、わかった。いただくから」
(旨いものを食べ始めると、それに頭のリソース全部持っていかれるの、どうにかならないのかな、この子……)
「君はそんなに美味しいものを愛しているのに、どうして料理人ではなく騎士になったんだい?」
「……私は料理がどうにも上手くならないのです」
それなら料理のできる人々を守れる男になろう。そしてそれで稼いだお金で、美味しいご飯をいただこう。
それが、パールシャが騎士を志した動機だった。
(……間抜けな気がして、フィルズにもそのことは話していないけど、ベフルーズには話してしまったのだよな)
オニオングラタンスープは結局、半月前に食べたベフルーズの拵えたそれの方が、パールシャの好きな味わいであった。
お読みいただきありがとうございます!
前書き部分にも記載しましたが番外編はここで一旦おしまいです。
次は本編に戻ります。
番外編については特にわかりにくいところがないか心配なので
質問だけのご感想もお待ちしております。
次は日曜更新の予定です。




