【キーリス異聞】使い魔のいない刻・3
前回に引き続き番外編です。
ミャーノがいない世界線の話なので注意。
パールシャの両親は既に亡くなっており、兄弟は元よりいない。騎士になるべく上京する折、彼は生家を手放していた。
フィルズはそれを知っていたので、己の帰省に彼を強引に誘ったのだ。
フィルズの両親も亡くなっていたが、彼には兄と、その上の兄の娘がいた。
現当主である兄、ベフルーズ・バニーアティーエも、姪のサーラー・バニーアティーエも未婚であったので――もちろん、フィルズも独身である――邸には家族として仲良く住んでいる。
兄と姪は魔術士だったが、フィルズはそうではない。
理知的な二人のマニアックな会話についていけない自分に落ち込むこともあったが、その分兄よりは剣の能はあった。
怪我で王軍騎士団を退役してシーリンに帰ってきたエルトゥールル・オズジャンに勧められて、フィルズは騎士になることにした。
バニーアティーエ家の推薦状を持って上京した彼は、その受験会場で、その後短い間ではあるがルームメイトとなるパールシャと出会う。
「そのハンカチ、見覚えが……あ、鈴蘭の騎士の肖像画を観に行った時にフィルズが買ってたやつと同じなんだ。もしかして君も鈴蘭の騎士が好きなの?」
「は? いえ……いや、これはフィルズから貰ったものなので、同じ商品というよりまさに同じ物だと思いますよ」
「へえ。アイツがねー」
長期休暇でバニーアティーエ邸に滞在していたパールシャは、客だからこそ手伝いをせねばと言って譲らなかった。ならばと薪割りを頼んだベフルーズが、しかし彼に休憩をさせようと冷たい飲み物を差し入れにきたところである。
パールシャは礼を述べながら懐からハンカチを取り出して手の土を払った。ベフルーズはそれを見て、彼の行儀の良さにこっそりと感心した。
フィルズならズボンで拭ってしまうかもしれない。彼も育ちは決して悪くないはずなのだが。
その白いハンカチには、鈴蘭の意匠の刺繍が施されている。鈴蘭の騎士のファンであるフィルズが、移動博物館で展示された鈴蘭の騎士の肖像画を拝んだ記念に、展覧会人気に便乗した商店で買い求めたものであった。
そのハンカチを、お守りだとまで言ってフィルズは王都に持っていったはずなのだ。それをあっさりと、友人とはいえ、譲るとは。
ベフルーズは、パールシャのいないところでそのことを弟に問うた。
「ああ、おれはもう守ってもらったし――おれの血で、パールの母上の形見のリボンをダメにしちまったから、その詫びにさ」
盗賊団の討伐で首に重傷を負ったフィルズの応急手当に、パールシャが使った止血帯は、幅広の山吹色のリボンだった。それは、パールシャの母の一番の「お気に入り」だったもので、だからこそ自分を守ってくれるのではないかと携帯しているのだと――入団したての頃に、フィルズはパールシャから聞いて知っていた。
フィルズは、そのリボンが治癒士によって衛生的な理由で廃棄されてしまったことを知った時、パールシャにどう謝ったらいいのかと蒼白になった。
「あいつ、けろりとした顔で言ったんだ。『気にするな、むしろ本当に守ってくれて驚いてるくらいだ』って。おかしいだろ、パールのお守りがおれを守ってどうすんだって――じゃあ次はおれのお守りがパールを守るべきだって思ったから、あれをやったんだ」
「……つくづく、俺たちは彼に頭が上がらないなあ」
「あ。でも兄貴、あれがおれのお守りだったってことは言うなよ。あくまで詫びとして受け取らせたし、パールにとってはただのハンカチでいいんだ」
「わかったよ」
それでも、パールシャがあのハンカチをこの三年間大事に使っていたのであろうことは、見ればわかった。
「パールは持ってるものは大切にするけど、壊れたら壊れたであんまり――いや、全然だな――くよくよしないんだ。それは人間でも同じみたいで、おれはたまに不安になるよ」
「人間でも? 死を割り切るとかそういう話か?」
「うーん……人の生き死にはたぶん気に病んでる。そうじゃなくて――人間関係のほう。たとえばおれがあいつを構わなかったら、定期的に好きだって言い聞かせておかなかったら、あいつはきっとおれとつるみ続けてはくれないよ」
「ふぅん……?」
弟ほど交友に長けていないベフルーズには、フィルズの言っていることがいまいちピンとはこなかった。
そんな兄の様子に気づいたフィルズは、少し笑う。
「あいつを口説くのはきっと存外簡単だってことだよ。とにかく愛してると言葉をかけ続けて、とにかく毎日抱きしめ続ければいいんだと思う」
「は、……はぁ? なに、譬え話? それとも今兄ちゃん、弟にカミングアウトされてるの?」
「はは、パールがその気になるならおれはやぶさかじゃないけど。今のところは、おれはあいつが友を思い浮かべる時にはいの一番に浮かんでみせたいってところかな」
同性婚は少なくともキーリスにおいては禁忌ではない。
男の割合の至極多い職場である騎士団は、下町に女性を求めに行く者もいれば、職場内に慰めを求める者もいた。
後者においては騎士団内の男同士で婚姻関係となることも少なくはない。
弟がパールシャにその気を起こしているのかと思ったが、本人は否定――一部否定していない部分もあったが――しているのなら、つつかないでおくのが兄弟関係を円滑にする最適解だろうか。ベフルーズはそう結論づけて、ため息を漏らした。
「おれは、サラのお婿さんになってくんないかなーと思ったのもあって連れてきたんだけど。今のところパールと打ち解けてきたの、兄貴だけってのはちょっと困ったな」
独り言である。ベフルーズの耳には文章としては届かなかった。
4-8.使い魔と伽話
の最後にあったハンカチの話。
番外編あと1つの予定です。




