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9-7.モスタンの夜

 宿は旅籠(はたご)――素泊まりの木賃(きちん)宿ではなく、食事(はたご)がつく宿屋のことだ――をとっていたため、夕飯も明日の朝も宿の一階でとることになっていた。

「でもさー、せっかくの宿(やど)泊だよ? ちょっと一杯やりたくない?」

 夕食を囲みながら、ビラールがそんなことを私に言う。

 ディナーメニューは茹で野菜と鶏肉の竜田揚げにライ麦パンらしきものがついているものだった。旅の間は偏りがちな栄養状態であるが、これのおかげで調(ととの)いそうだ。

 私の身体には関係ないんだけどね。サラやアークはまだ成長期じゃない?

「やっているじゃないか」

 食事の際の飲み物としてすっかり慣れたエールのジョッキを軽く掲げながら、ビラールの(げん)を茶化す。

「こんなのお酒じゃないやーい……ねえミャーノ、ちょっとならおごるからさぁ、寝る前に飲みに行こうよお」

「行かない。明日はまた歩くんだ。体調崩したりしたら困るだろう」

「真面目かよお! 王軍の騎士サマだってそんなに堅くないよお」

「王都で落ち着いたら付き合ってやるから、今回は我慢してくれ」

「ちえー、約束だからね」


 味付けの濃い竜田揚げに少し酸味のあるパンがマッチしてうまい。

 ビラールが、度数がそれなりにある酒を飲みたくなる気持ちもわからないでもない。この料理で飲む赤ワインは美味しそうだもの。


 でも、ここは「ホーム」ではない。

 敵地(アウェイ)とまでは言わないが、外で酩酊するのは避けたい。それに、酒場に行こうという誘いにはサラ達を伴わないで遊びに行こうというニュアンスを言外に感じたし――おごるというのはさすがに全員のことではあるまい――サラの使い魔である私は、サラを放って遊びに行くなどということには抵抗があった。


(……この気持ちは、使い魔だから、というよりは、単純にサラ達を女の子だけで行動させたくないっていう保護欲な気はするけど)


「落ち着いたら、だけどな。でもビラール、君は騎士団での確認が終わったらシーリンにすぐ帰るんじゃないのか? 私はそんなにすぐ落ち着かないと思うぞ」

「ん? 言ってなかったっけ。工房のアテは王都にもあるんだ」

 騎士団の発注分はそこで拵えるとのことだった。確かに、その方が輸送費用の効率も良い。

「だからミャーノ、その短剣はもちろん、剣を研ぎや修理に出したい時は、そこに依頼したらいい。俺がいれば俺がやってやるし、留守にしててもちゃんとやってもらえるように言っとくから。料金はもらうけどな」

「ああ、ちゃんと請求してくれ。ありがとう」

 ふと気になったこともあったので聞いておく。気が早いかもしれないが。

「騎士団はここを利用しろ、のような工房や研ぎ屋があるわけではないのだろうか?」

「特にないと思うけど。隊や班によって癒着(ひいき)はあるかもしれないけどねえ」

「ああ、うん……」

 都子の時も、会社の付き合いで利用する店を変えたりしていたけど、人が営んでいる社会である以上、異世界でもその業は存在しているようだった。


「それじゃあおやすみなさい。明日の朝は一階の食堂で落ち合いましょ」

「私は朝食前に朝市に行ってみるつもりですわ。どなたかおつかいとかありまして?」

「ないかなー。私は寝てよっと……」

「俺も大丈夫」

「僕も問題ありません。新しいテントはもう買えましたし」

「――私も特にないのですが……ミーネはお一人で行かれるおつもりで?」

「え? ええ、そうですけれど」

 部屋に引っ込もうという段階で、ミーネが明日の早朝の行動予定を軽い調子で報告してきた。

 シーリンなら、ミーネ一人で早朝に出歩こうが問題ないのだろうけど――

「私が供をしましょう。知らぬ地で女性一人というのは心配ですから」

「え……はい……そうですわね……ではお願いします」

 まあ、海外の都市部で朝夜(あさよる)気にせず一人でフラフラ観光に出ていた都子(わたし)が言うなという話ではあるんだけども。都子にはそういう行動に付き合ってくれる男性はいなかったのだから、仕方がない。

 でも、ミーネはそうではない。その程度なら、私を頼りにしてくれてよいのだ。


 ミーネとサラが部屋の中に入ったので、そのままアークを見送ろうとしたら、アークが私の上着の端をチョイと引っ張った。ビラールはその様子を見て、黙ってやはり部屋に入る。嘆息していた気がした。それでも部屋のドアは開けたまま、私が入るのを待ってくれている形だったが。

「――どうした、アーク」

 ビラールには聞こえない程の()()()とした声で尋ねる。

「明日の朝、僕も一緒に朝市お供した方がいいですか? それともそれは邪魔になりますか? 不要なら僕はのんびり朝ごはんをいただくことにします」

「――うん?」

 意図がわかりづらい。もちろん邪魔なんてことはないが、アークの今の訊き方は邪魔かどうかを訊いているのではなさそうだと感じた。

「ミーネと二人で私は大丈夫だよ。――そういう話でよかったかい?」

「そうですか、なら良いです。……みや…あなたは、昔から女の人には甘かったから。ほんとは二人きりだとちょっと()()()()とかあったら、今は女の僕を利用して。――ミャーノさんは今、男性なんだからさ」

「気を遣わせて悪かった」

 都子はこんな子供に――最期が十九なら結局は大人ではない――以前の世界でも気苦労を掛けていたんだろうか。

「キミはキミでもっと自分を大事にね。申し訳ないことに、私はアークのキミしか知らないんだから、キミは女の子でしかないんだぞ」

 つい手が伸び掛けたが、肩も頭も撫でるのは躊躇われた。都子の時の自分は男性から撫でられるのが嫌いだったからだ。

「もう寝なさい。ちゃんとおやすみ」

「はい。でも――これだけは」

 私を見る彼女の目の力が強まった気がした。

「ミャーノさんがどう思ってようと、オレは結局のところ、明としてあなたと生きて死んだ男の延長線上なんだ。それはあなたにも否定はさせない」

「――ああ、わかったよ」

 どうしてこの子だけが縛られているんだろう。

 私はなんて薄情なんだろう。

「……わかってないと思うなぁ。でも、いいです。ミャーノさんのそういうところ、僕は許せるんで。――おやすみなさい」


 とうとうアークの部屋の扉が閉められたので、私は私の割り当てられた部屋に入った。

 ビラールは何も聞かずにいてくれたので、私もそのまま何も言わなかった。


 ビラールのこういう距離感が、私の性質にはちょうどよいのかもしれない。


(ベフルーズもこっちから話さないことには特に突っ込んでこなかったけど、なんか物理的な距離感が近いんだよなぁ……)


 アリーやサイードへの接し方を見ているとそっちは普通なんだけどな。

 弟と重ねているのかと思っていたが、最終的に腹に紋様(レイ・ライン)を刻まれた時には『あんた弟にもこんなことすんのか』と訊きかけて、でも(すんで)のところで飲みこんだ私を褒めてほしい。

 さすがに故人を引き合いに出して罵倒しない程度には、私は思い遣りのない人間ではなかったようで、ホッとしたものである。


「ミャーノ、これ見て」

「なんだ?」

 サラがいなくてもベフルーズはちゃんとご飯食べてるのかな、などとシーリンに思いを馳せていたところを、ビラールの呼びかけで現実に引き戻される。

「――なんだ、これ?」

 ビラールがサイドテーブルの辺りで何か見ていたのはわかっていたが、手にしていた板を寄越されて、すっとんきょうな応答をしてしまう。

 まるで前の世界のタブレット端末(デバイス)――そこには印刷ではなく、インクでもなく、しかし文字が表示されていた。

「このテの魔道具、見たことないの? まあ、シーリンだと受信ができないからあんまり使われてないよな。それはともかく、俺が見てほしいのはその記事」

「あ、ああ」

 それは王都の瓦版(しんぶん)のようだった。ビラールが指した記事が彼のタップ操作で、ホログラムのように浮き上がる。

『温泉観光街モスタンに打撃か』『モスタン街道に盗賊団が出没』『子爵が被害に遭ったため、王軍は討伐を検討』――

「モスタン街道って――明日からそこを北上するのでは」

「そう。……参ったねー。雨季でもないのに観光客が妙に少ないと思ったんだよなあ」

「検討ということは、まだ……」

「いや、捕まえてはいないかもしれないけど、記事になった時点で騎士団はもう出発してるんじゃないかな?」

 そういうものなのか。

「どっちかっていうとここまでの行程で山賊を警戒してたんだけどねえ。もしかしたらミャーノには本当に護衛としての仕事をお願いしないといけないかもしれないな」

「わかった。気を引き締めておこう」

 元々そのつもりで道案内をお願いしているのだ。頑張らせてもらうとも。

活動報告で言ってたよりは早めにアップできてよかったです。

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