9-5.また一緒に
「僕、ミャーノさんとこうして会えた以上、もう離れる気はないからね。拒否されても無理やりストーカーしてやるから」
「アーク……キミ、せっかくの転生なのに」
「だからこそだよ? あっ、嫌がる演技とかしても無駄だからね。オレ、都子さんに愛されてた自信だけはめっちゃあるんだから。ミャーノさんがアークを厭うなんてこと絶対ないのわかってるんだから!」
まったく、キミにそう信じてもらえてる都子は、いいお母さんに成れていたんだね。私には覚えがないことだけれど、その点は讃えてやりたい。
「あなたはミヤコと同郷だし、私がミャーノを召喚したきっかけと、今やろうとしていることを話しておくわ。ただし、他言は無用よ。あなたをミヤコの息子と見込んで話すのだわ。良いかしら」
サラは隣国トロユとのいざこざと、王軍へ入る目的を話した。
「……都子さ…いや、ミャーノさん……こっちでも戦いに身をやつしているの……」
「……『こっちでも』?」
「ああ、そういえば、大強襲前は傭兵じゃなかったって言ってたっけ。あれ? つい二週間くらい前に召喚されてんだよね? いつ剣の腕なんて磨いたの」
「うん、ちょっと待ちなさい。まるでキミと暮らしてた時は傭兵生活を送っていたみたいに聞こえるんだが?」
「え、うん、そうだけど。……オレと都子さんは『御嶽部隊』にいたんだよ。長野県で暮らしてたって話したでしょ」
……今は本題じゃないから、これ以上突っ込まないでおこう。
平行世界とか世界線なんて考え方があるが、アークがいう明と都子の世界線と、私が認識している都子の世界線は違うのかもしれない、なんて思ったりもしたのだ。
しかし、召喚された日の夜に見た夢の内容を、私は今になって唐突に思い出していた。
――あの赤褐色に煙った瓦礫の山の記憶。
あれはきっと2031年の私が見た――あるいは見る光景なのだろう。
(メシキの森で見たミナの夢と違って、土地が見せた過去視というセンは薄いだろうしな)
「ミャーノの腕が立つのは、ミャーノの肉体の方が武芸に優れていたからだと思うけど……ねえ、ミヤコは事務方仕事に就いてたのではなかったの?」
「私が一番混乱しているのですよ、サラ……」
「にくたいのほうがぶげいにすぐれている……?」
アークは意味がわからないという顔をしている。
「また明日……王都に着くまで、ゆっくり話をしよう、アーク。まだ王都まで十日もあるんだからな」
「はい、みや…ミャーノさん」
「……ミーネさん達の目があるから、親子水入らずにはしてあげられなくてゴメンね? 母と息子じゃなくて、兄と妹って感じだけれど」
アークをあやすようにその黒髪を撫でてやっている私を見て、サラは微笑ましそうに笑っていた。
さすがに父娘には見えないようで、何よりだ。
「アークちゃん、すっかりミャーノに懐いてますわね」
アークが合流してから三日目となる昼ごろ、ミーネにそう指摘された。気づかないでいてほしかった。……言い訳がめんどくさいから。
「そうでしょうか」
悪手と承知しておきながら、とぼけてしまう。
「そうですわ。歩いてる間もずっとミャーノの傍にいますのよ。気づかなかったのですか?」
「……そう言われてみれば」
「アピールしがいのない殿方ですわね」
「失望しました?」
「いいえ?」
なんでそこでニッコリするんでしょうか? 女心はよくわからん。
軽食がてら昼休憩をとる。
またアークが用意してくれるというので、行李からの配膳待ちだったのだが、
「ミャーノさん、お味噌汁です、どうぞ」
「えっ」
「しかもミャーノさんの好きな赤だしなのです!」
「なんですって」
まさかの和食であった。
インディカ米らしいのだが、おにぎりとタクアンまで用意がある。完璧かよ。
「検索できるのは別に機械の設計図だけじゃないんですよ。おいしい昆布の加工の仕方とか、鰹節の作り方とか、そういうのもあるのです」
「早速いただいていいかな?!」
味噌煮込みは存在していたが、味噌汁としては初の邂逅だ。
和風出汁というのは意外と特殊なのである。
「サラちゃん、アカダシとはなんでしょう…そしてなぜアークちゃんはそんなことを聞き出し済みなのです…?」
「さあ……ミャーノ、シャルクアスの食文化? にも詳しいみたいだし、あれも東の方の料理じゃないかしら……」
外野がなんか言ってるけどそんなことはどうでもいい。
「キミはすごいなアーク! まさかダシの効いた味噌汁がまた飲めるなんて……タクアンがこんなに美味しい……!」
「ああ……この感じ間違いなくみや…ミャーノさんだぁ……」
私がポリポリタクアンを咀嚼しながら泣きそうになっているそばで、アークもなぜか泣きそうだ。
「不思議な味だなぁー…。しょっぱいのとはまた違うんだけどなんとも言えない味だ……」
「そうね…豊かな味だとは思うのだけれど」
「この赤だし? がミャーノの好物なのですか……タクアンというのもピクルスとしては少し臭…クセがあるのですわね」
私以外のメンバーの反応が微妙すぎた。
「アーク、和食系は違いのわからない人々に提供するのは勿体ない」
「うんうん、そういう意地汚さ、僕は嫌いじゃないよ」
失礼な、これは意地汚いんじゃないぞ。料理は美味しいと感じる舌に乗るべきなんだ。
私は具の油揚げの旨味を堪能しつつ、憤慨していた。
アークの味噌汁の何がすごいって、器までちゃんと漆器だったところである。
確かに、和食は器の見た目も大事なのだ。
その漆器もアークのチート錬金によるものだという。
三人と距離を置いて、少しアークと食材について話す振りをする。
いや、食材の話でもあるんだけどね。
「こういうのを売ろうとしているのか?」
「いやー、王都で流通の様子確認してから考えるつもりだよ。あんまり物珍し過ぎても行政府に目をつけられるかもしれないし……」
そういう心配もあるのか。
「和食用の調味料に関してはそもそもさっきの味噌汁への反応みたいに、こっちの人が昆布出汁の類に慣れてなくて美味しいと思うかどうかって問題の方がね……僕は知識があったから自分で作って舌育ててたんだけど、ミャーノさんの身体がちゃんと旨いと思うのは不思議かも」
「この身体の味覚が優れているのだとすると、もしかしたら王都には昆布出汁やかつお出汁の類があるのかもしれないぞ。この身体はどうやら王都にいたという設定があるようだからな。この身体が使う剣術の流派、箸とか絵筆を使う感じも、都子由来ではなく、どうもこの身体の技能に準じている」
「どういうこと?」
「剣の腕は至極立つのだが、箸の扱いはぎこちないし、絵がド下手なんだ」
言いながら地面に絵をガリガリと描く。
「なるほど。……ミャーノさん、これ何?」
「…………ゾウさん」
「やべえ、双葉にしか見えねえ。確かにここまで下手じゃなかった」
「くそぅ…頭の中ではちゃんとアジアゾウインドゾウアフリカゾウの区別もついてるのに」
「……まあ、ミャーノさんの職務的には絵が下手でも問題はないし………ねえ、肉体と魂が分離してて混乱したのってこれくらいなの?」
「いや? 当初は顔つきも背の高さも腕の長さも違ったから、その感覚に慣れるまでは大変で」
「――そんな些末事よりチン「わああーーッ!……言わせんぞ!!!」」
「サラちゃん……ミャーノが何やらアークちゃんに向かって吠えているのですが大丈夫でしょうか…」
「ほっときなよ。好物関連でテンション上がって凄味がでるのはいつものことだし、アークは平気そうだし。ミーネさん、りんご食べる?」
「はい、ぜひ」
「ミャーノさん照れるような年でもないだろ」
「年齢については放っておいてくれ。照れないのと礼節をわきまえるのは別の話だッ」
「ついてんでしょ?」
「……………ついてます」
「身体のことでわからないことがあったら僕に聞くといいですよ」
すごい満面の笑みで親切なことを言ってくれる。
「……相談相手は間に合ってます。というか、どんなに困ったとしても、今のキミの見た目ただの可愛い女の子なんだから相談とか無理」
私に明に関する記憶があったとしても駄目だろうに、況んや現状をや、である。
「……間に合ってる? まさかサラさんにそんな話を?」
「そんなわけないだろう。……サラの叔父のベフルーズは私が彼女の使い魔だと知っていたから、その……色々」
言いながら、思わず腹をさすってしまった。
「…………は? 色々? 何ですって?」
気温計が地面を突き破る音がするんじゃないかというほど冷たい声音がしたので、ゾッとしてアークの顔を見ると真っ青になっていた。
その視線が自分の腹に注がれていることに気づく。
「え? あ、違、キミ、誤解して」
「――ちょっと見せてください、ミャーノさん!!!」
「わああちょっとーーーーッ!!!!」
女の子を突き飛ばすわけにもいかず、上に乗られる勢いでシャツをめくられてしまった。
「んな?! ちょっと、アーク?! 何をしているの!」
「アークちゃんダメですわまだお昼です!」
「ミーネ嬢、違うそうじゃない」
サラが駆け寄ってきてしまった。
こうなるともはや私は観念するしかない。
ええい、アークの、馬鹿。
「――サラさんッ」
「は、はい?」
アークを咎めようと勢いこんできたサラに、アークはセリフでカウンターを叩き込む。
「あなたの叔父さん――ベフルーズさんでしたっけ?――、ミャーノさんの何様のつもりなのですか……?!」
「は?」
「あなたさては知りませんね? 見てください、これ」
「ちょ、やめなさいアーク」
胸部が露出する勢いでグイグイとシャツをさらにまくりあげる。
いや男だから別に上半身は隠すべきものはないんだけど、こうやってめくられる形はなんか嫌なのである。
アークは、右手でめくり、左手は私の腹筋辺りに置いている。
「――何それ」
私の腹には、紋様がほのかに光っていた。
「この魔円陣、見てもサラさんは読めないのですか?」
「よ、読めてると思う、けど。何これ」
「うう…見ないでくださいサラ……」
「…………………ミャーノ……これ叔父さんが……?」
嘘ついて否定しても仕方がないので渋々頷く。
うう、恥ずかしい。
死にたくなるような単語だが、わかりやすい言葉で端的に言ってしまうならばそれは「貞操帯」だった。
尻に何かブッ込まれそうになったらその防御術式が発動し、相手を一時的に麻痺させるというものらしい。――ちなみに、私が誰かを抱く分には問題がないというのは聞いてもいないのにベフルーズが補足してくれた。
もちろん、こんなモンを仕込まれたのは、最後にベフルーズに髪の毛を乾かしてもらった夜のことである。
『色々やってみて思ったけどやっぱりお前危ない。これなら最終防衛ラインは守れるから!』
さすがの私もその時点でキレて、ベフルーズを押し退けて部屋に帰――る前にもう一度身体だけシャワーで流しに一階には行ったが――…帰ったのであった。
「いつこんなの……ミャーノのこと心配なのはわかるけれどここまでやる…? ……ミャーノも大人しくこんなモノ描かれてんじゃないわよ」
「うぅ……」
「しかもこれ、恐らく術を仕掛けた者は除外されていますよね?」
……貞操帯だからね……
「あ、ダメ、ムカついてきたのです。ミャーノさんを守るためという大義があるにしても、ミャーノさんの権利侵害の方に腹が立ってきました」
「アーク……とりあえず一旦退いてくれないか……私もキミも決してお互いに他意がないのは承知しているんだが」
十五の少女に跨られて、腹を露出させられている二十歳の男というのは事案だった。
サラが真っ先に駆け寄ったことでミーネとビラールにまでその紋様を見られることは避けられたが、もちろん何を騒いでいたのかとは聞かれる。
何と言って煙に巻いたものかと頬を掻いていると、アークが「ミャーノさんのシャツにカエルが飛び込みまして……探してたらいつの間にかどこかへ逃げたようなのです」としれっと方便を使った。
やだ……この子怖い。
――よかった、下腹部の方の紋様はバレなくて。
割愛はしたけどベフルーズの余計なお世話はこうして露見していく。
2020/12/30 0:42ごろ
>味噌汁のくだり
シーリンに滞在中に味噌煮込みの鹿鍋くっとるやんけと自分で気がついたのでちょっと修正しました。
ツッコまれなかった皆さんの優しさを噛みしめて2020年が暮れる…