9-2.旅は道連れ
「そうなのですか。僕も王都へ行こうとしているところなのです」
「じゃあ一緒に行きましょうよ。いくらあなたが戦闘系錬金術に長けているといっても、夜営や食事時はどうしたって危険だもの」
サラが言う通りだ。これがおっさんとかならちょっとためらうが、うら若き乙女がひとり旅はちょっと見過ごせない。
というか、戦闘系錬金術とかあるのか……なんだそれは。
バニーアティーエ邸やシビュラの家で読み漁ってた書物は魔術や魔法、歴史や地理に関するものだったから、錬金術は結局どういう分野なのかよくわかっていないままなんだよ。
「でもご迷惑を……」
「私やサラちゃんがついてるから安心なさって。そもそもミャーノやビラールさんは礼節のある殿方たちですから心配は要りませんけど、アークさんはそれをご存知ないから不安なのはわかりますわ」
「す、すみません。ミャーノさんたちを警戒しているわけではなかったのですが」
「いえ、アークさん、それはいけません。警戒はしておくべきです」
「ミャ、ミャーノさん?」
思わず口を挟んでしまった。でも老婆心で続けてしまおう。
「見た目通りの性質の人間ばかりではないのです。やむを得ず一人で旅せざるを得ないような女性は、簡単に油断してはいけません」
「は、はい、すみません」
「……特に男女混成パーティの女性は、男性メンバーの手先になっていたりするパターンもありますから……気をつけてくださいね。あ、サラもミーネもですよ」
「べ、勉強になりましたわ、ミャーノ」
「あー、でも、いるいる、そういうグループ……ミャーノ、それの男女逆のパターンで引っかかりそう」
「わかるぜ、サラっち。男メンバーに気を許したら、その野郎が女の下僕で、気がついたらハメられてたりな。いや、ハメてんのか。アッハッハ」
「ビラール。サラに下品な話を聞かせるな」
「聞くくらいなら平気よ。ミャーノまで叔父さんみたいにならないでよね。過保護は子供を非行に走らせるのだわ」
「平気なんですか? 私はその手合いの下品さは耳にするのも嫌です!」
耳を塞ぐ手振りもつける。
「私もちょっと……ミャーノ、そういう潔癖なところも素敵だと思いますわ」
ミーネが同意してくれてホッとするものの、
「け…………潔癖症なんでしょうかね……やはり……」
都子の時から、特に性的な側面で、一般的な感性よりもやや潔癖症のきらいがあった自覚はある。ちょっとコンプレックスを刺激された。
「あはっ、皆さんが安心していい性質の方々だというのは、わかりましたよ!」
私たちの低俗な会話に、アークは申し訳ないくらいの快活な笑顔を見せてくれた。
さっきサラも話題にしていたが、アークは錬金術士らしい。
年は十五。サラとそう変わらないが、サラよりも少し背が低いのもあって、実際の年より幼く見える。
ベフルーズ達に散々童顔でイジられていた身としては一方的に親近感を抱いてしまった。
坑道を抜けて久しぶりに空を拝むと、既に陽が傾いていた。
出入り口横に、キャンプ跡がある。
ビラールによると、北上する場合は大体ここで一泊するのだという。
坑道を抜けたところでいきなり平野となるわけではなく、まだまだ山の上である。
「サラ、ちょっと行って参ります。皆の守護をお願いいたします」
「ん? ああ、行ってらっしゃい」
「ミャーノさん、どちらへ?」
「アークさん、あなたの分も用意しますから、待っていてください」
私はそれだけ言って、道のない藪の中を蹴って駆け上がった。
背中にアークの疑問符を感じつつ、既に夕方ということもあり私は急いている。残りの回答はサラに任せた。
「夕飯を狩りにいったのよ。アークの分も含めて獲ってくるって」
「今からですか?!」
その後の遣り取りは耳に届かなくなった。
保存食は十分に持ち出してきているが、獲れそうな時は獲っておくべきだ。
平野で狩猟を行うことは難しいため、山間部をゆく間くらいはビタミンの豊富な食事を摂っておきたい。
そういうわけで、私は張り切った。
そんなわけで、
「皆、喜んでください!キジです!」
「狩ってきたミャーノが一番喜んでいる件について」
どうしてサラのテンションが上がらないのかわからない。
「まあまあ、二羽も」
あ、よかった。ミーネはそれなりに喜んでくれてるのがわかるぞ。
「一応血は抜ききったつもりなのですが、私がこのままさばきましょうか? それとも……」
ビラール達の誰かやりますか、と確認をしようとしたら、一番低いところから手が上がった。
「よろしければ僕に任せてください。鳥をさばくのは得意なのです」
「それでは、調理は私が担当するのだわ」
これは正直助かった。アークが加わってくれたことは、この旅路において正解だったかもしれない。
日は、完全に落ちていた。
サラ達はツェルトをそれぞれ設置していたが――なお、私の分は食べた後にでも張るつもりであったのでこの時点では緑のツェルトは未設営だ――、アークのは小さいテントだった。少し遠慮したのか、サラ達のツェルト群とは少し離れて設置してあった。
「後で展開するけど、範囲的には問題なくカバーできるのだわ」
防衛魔術の効果範囲について、サラの調理の手伝いをしながら確認したのだ。
「それにしても、あのテントが行李の中に入っていたのですよね……? 小さいテントですが、あの行李にあれを入れたらそれだけでいっぱいなのでは?」
どういうパッキング方法なんだろう。
「……そう言われてみればそうね。私たちもツェルト張ってたから、どういう形で収納していたのか見ていないけれど……もしかして、叔父さんみたいに収納魔術が得意なのかしら」
翌朝片付ける時にさりげなく確認すれば済むことか、と思っていたのだが――
夜明け前、ぐらぐらと地面が揺れた。
「な、なに?!」
ツェルトから飛び出してきたサラとミーネが動転していた。
「地震でしょう。お二人とも、下手に動かず、姿勢を低くして――毛布で頭を保護して……」
少し遅れてビラールも出てきた。
彼はそこまで慌てていないようだ。
アークは、とテントを見遣って、瞬間的に予感が脳裏をよぎる。
「アークさん!」
私たちのツェルトから離れた所に設置されていた彼女のテントは、山際に沿うように張られていた。
(落石がきたらやばい!)
「アークさん、失礼!」
「えっ?」
テントの出入り口を跳ね除けると、這って出ようとしていたアークと目が合う。そのまま彼女の腹に腕を回して抱き上げると、地面を蹴ってテントから離れた。
その直後、轟という響きと砂煙が巻き上がり――
「な…んな……」
腰くらいの位置からアークの震える声が聞こえてきた。逆さまに抱いてしまっていたアークの天地を戻して、地面に下ろしてやる。
揺れが収まって視線がブレなくなった目の前には、案の定とばかりに、落石が直撃して、骨が折れ、幕の破れた、無残なテントの姿があった。
「……大丈夫ですか、アークさん」
「だ、大丈夫です……大丈夫じゃないけれど……」
「ですよね………」
地震大国にいたおかげで揺れに動揺せず対処ができたことにはホッとしているが、モノを守る術は身につけていない。
(人命を守れた。それで良しとしよう)
「二人とも、怪我はない?」
たたんだ毛布を頭に乗せたままサラが駆け寄ってきた。
アークに目を合わせると「大丈夫」と首肯した。
「無事です。サラ、一旦はもう防護は解除していいですよ」
「そ、そう? ふぁー、びっくりした」
「まだ余震はあるかもしれませんので、油断はしない方が良いですがね」
「余震?」
「ええ。大きい地震には小さい地震が付随するものなので」
「そういうものなの? 地震なんて子供の頃に一度遭ったくらいだからあんまり詳しくないのだわ」
ないというわけではないのだな。何せ本当に地震が起きない地域というのはあるからね。
「あの、ミャーノさん――ありがとうございました」
「いえ、どういたしまして。……テントはダメですね。サラ、アークさんをお願いします。私はアークさんの荷物を確保して参りますので」
「えっ、そんな、危ないのです」
「大丈夫よ、ミャーノに任せて」
崖上の気配を警戒しながら、テントだったシートをめくり、中の様子を伺う。
幸い行李と毛布は引っ張り出すことができた。
(行李、やっぱり軽いな…? ほとんどテントだったのかな)
そんな感想を抱きながら、その二つをアークの手元に運ぶ。
「ありがとうございます。荷物はこれだけでした」
「そうですか、不幸中の幸いですね」
「はい……行李が壊れなくてよかったぁ……」
彼女は心底安堵した様子で、行李を大事そうに抱えていた。
「あとは下山してここで縦走は終わりなんだよねー。また大きいのが来るかもしれないし、さっさと下っちゃおう」
「そうですね」
ビラールの言う通りだ。雨が降ってきて地滑りなんていうのも困るし、早く山から離れよう。
そんな気持ちが逸っていたので、アークの行李から興味が離れていた。
しかしその日の昼過ぎのこと。下山を完了して、遅めの昼食をとろうとしたとき、保存食を取り出そうとしたビラール達を制して、アークが提案をしてきた。
「保存食を消費されるのですか? それならお昼は僕が。昨夜はご馳走になりましたし、朝は携行食をいただいてしまいましたから」
行李を下ろして、蓋を開けるアークに、遠慮するなと言いかけた私たちの視界に飛び込んできたのは――
「あ、すみません。お皿とカトラリーだけご用意お願いしていいですか? 自分の分しか持っていなくて」
「それは……いいのですが……」
「アークちゃん……? 今、そのバゲットはどこに入っていたのです……?」
そうだよね、ミーネ。
このド違和感は私の勘違いではないよね。
続きはまた明日の午前にでも。
お読みいただきありがとうございます!




