9-1.はじまりの洞窟
王都に向けての旅が始まった。
基本的には北上だが、常人が登るのにはキツい山などは避けて平野を行くため、無論、直進というわけではない。
「サラ。一応言っておきますが、開けた場所では魔物避けや獣避けの術の展開は不要ですよ。それは混み入った地形や、夜営時にとっておいてください」
「――わかったのだわ」
「約束ですよ。自惚れるつもりはありませんが、私を信じてください」
「わ、わかったのだわ……」
実際に展開しているかいないかについては、私にはわからないのだけれど。了承したサラを信じるしかないところだ。
平野を歩くこと、三日。山道に入り、縦走が始まった四日目の昼は、いよいよ洞穴に突入するぞという手前の地点にて、ビラールが釣ってきてくれた川魚の塩焼きで腹を満たしていた。
「ミャーノは魚釣りが苦手だったんだね」
「面目ない。どうにも虫が苦手で……それではダメだというのはわかってるんだが」
ビラールがいるならビラールに頼ってもいいよね……。
その代わり、狩りは頑張るので。
はあ。それにしてもこのニジマス、旨いな。塩がついている場所はわりとムラがあるんだが、塩が薄いところはそれはそれでじゅわりと旨みがしみ出ている。脂がのっているという状態なんだろうか?
「サラちゃん。あなたは虫はどう……?」
「私も好きじゃないわ。そういえば、この前叔父さんとミャーノが釣りをしてきた時も叔父さんしか釣れてなかったっけ」
「つまり、私が虫を克服すれば、それはミャーノにとってメリットとなるのですね!」
「その理屈で言ってしまうと、現在のミャーノの有力フィアンセ候補がベフルーズ叔父さんとビラールさんになっちゃうと思う」
「サラっち~。俺ミャーノのことは好きだけど性的興味全くないからね~~」
「あってたまるかと」
わざわざ宣言されると逆に怪しいからやめろ。
「ここは昔鉱山だったんだけど、王都とこの地方を結ぶトンネルとして使われてるんだ。コウモリとかはいるけど、魔物が出たっていう話はあんまり聞いたことがないや」
出口の明かりはここからだと見えない。このトンネルはけっこう長そうだ。
「≪アーテシュ≫――紅蓮の児よ」
サラの魔術で携行灯に火を灯してもらう。サラ自身はカンテラを使わず、正面を照らす魔術を継続させていた。両手が自由でいいなあ。
(自転車のライトみたいだ…)
「私が先頭を行きましょう。酸素濃度がおかしい場所に踏み入ったら、灯に異常が出るでしょうから」
「お待ちください、ミャーノ。それではあなたが危ないままですわ」
「大丈夫よ、ミーネさん。ミャーノ一人なら私が保護しておけるのだわ」
サラがフォローしてくれたおかげで堂々と先陣を切れることになった。
私はサラによって存在を維持されているのだから、サラがとった方便は嘘ではない。
さて、トンネルといっても、「隧道」ではなくあくまで「坑道」である。分かれ道があったり、天然の鍾乳洞としての空間も途中、あった。
「やはりこういう場所は冷えますね……サラ、ミーネ。あと少しだけ進んで一旦休憩しますから、何か羽織った方が良いですよ」
旅装なので、街ではスカートだったサラとミーネもズボン姿だ。外では暖かかったので皆外套を脱いでいたが、このまま奥に進むと息が白くなりそうである。ここらで着込んでおくのが良いだろう。
「あれ、ミャーノ、よくわかったね。確かにすぐそこ辺りに集会用の穴蔵があるけどさ」
「ああ、やはり。私、廃坑の坑道を観光するのが好きだったもので。だいたいこのペースでそういう場所があるものだとは見当がつきました」
「ミャーノ、変わった趣味持ってたのね。実は西の鉱山の坑道も行ってみたかったの…?」
「魔物が住み着いてるところはちょっと……」
肝試しは嫌いじゃないけど、腕試しはなあ。
そして鍾乳洞や坑道が好きだったのは、何となく冒険の匂いを感じたかったというのが恐らくは理由なので。
今や現実がファンタジー。
求めなくても供給は十分であった。
「ミャーノなら西の鉱山の魔物は問題なかったのではありませんか?」
ミーネがそう評する。
そんなに強い魔物がいるわけではないということかな。
「……里帰りした時にでも、行ってみることにしましょうかね」
私のその回答にどこか機嫌が良くなるポイントでもあったのか、ミーネとサラがなんだか嬉しそうだった。
「……これがゲームだったら、これが最初のダンジョン――シーリンがはじまりの街なら、ここははじまりの洞窟といったところか」
休憩中に周りを警戒しつつ、他の三人には聞こえない程度の声でポツリと口にしたりしていると、
「――ん? 皆、他のヒトの気配が。一人のようですね。他の旅人さんでしょうか」
「あ、ホントだ。足音がしてるね」
獣人であるビラールにもわかったようだ。
「――と。こんにち、は?」
「ああ、これはどうも。こんにちは」
黒髪黒目の美少女が、通路口から姿を現した。
疑問形で挨拶されてしまったが、少女の疑問はもっともだ。
ここはちょうどY字路になっていて、私たちが入ってきた入り口の他、そこより西寄りの入り口もあるらしいのだが、いずれの道もここで収束する。彼女は西寄りの方から歩いてきたのだろう。
彼女にしてみれば、なぜかその合流地点で私が壁に寄りかかるようにして立って、腕組みをしているのだ。
待ち構えられてたのかと誤解されても仕方がない。
「ここに休憩ポイントがありますのでね。我々は休んでおります」
「あ、ホントだ。こんな場所あるんですね……僕もここで休んで良いですか?」
「ええ、もちろん」
ボクっ子かあ。女の子だよね? 胸もしっかりあるし…と胸に焦点を合わせた自分の無意識な行動に、「初対面の女性の胸を凝視するなど不埒者」的なツッコミをセルフで入れておく。
「お邪魔します。僕も休ませてください」
「ええ、どうぞ」
「女の子一人かい? 危なくない?」
「その辺の山賊くらいなら返り討ちにする程度の力ならありますから」
「そいつは失敬。俺なんてただの鍛冶屋だから、護衛を雇わないとどこにも行けなくてね」
「あの入り口にいた方が護衛さんですか?」
「ああ、彼は護衛とかじゃないんだ。彼は――」
と、ビラールが言いかけたところに
「私のはとこよ」
「私の婚約者ですわ」
「俺のゆうじ……うわぁ」
三者ほぼ同時に私との関係を口にしてごちゃごちゃにハモ……ハモってはいないな。
会話内容は聞こえてるけど、面倒だから見張り優先を理由に黙っておこう。
「ちょっとミーネさん! ウチのミャーノはまだミーネさんの恋人ですらないのだわ」
「王都に入って落ち着いたらいくらでも進展できるわよ、サラちゃん」
「……な、なんか、触れない方がよろしいようですね? さっきの方、ミャーノさんとおっしゃるのですね」
「そうだね……。俺はビラール。シーリンと王都で鍛冶屋兼武具屋やってるんだ。剣に興味があるならこの看板を探してみて。王軍騎士団に卸す程度にはいい武器を扱ってるよ」
ビラールは紙片のような薄いものを少女に渡したようだ。相変わらず、この身は背中に目がついてるかのごとしである。
「僕はアーク、と申します。ありがとうございます。護身用程度の剣しか使えないのですが、お店とかで色々見るのは大好きなのです」
アークは背負っていた行李を下ろして、地面に置いた。
お待たせしました、新章ぎみです。
予定よりは早く投下できました。




