8-2.自警団で夕食を
シーリンの街へ戻ると、時刻は昼下がりくらいになっていた。
頭部は牙のみを採取して内臓を取り除いたとはいえ、それでも60㎏という巨躯を担いで下山するのはさすがに少し疲れた。
団長さんにおかれては私の比ではないだろうが、それでも20分ごとの小休憩で済ませてしまうのは、やはり自警団長の地位に伊達や酔狂でいるわけではないのだろうということが伺い知れた。
自分が二頭とも持っても良かったのだが、サラやベフルーズがいないので魔物避けの術も施していないわけで、もしもの時の咄嗟の行動が遅れてはそれこそ命にかかわる。そう思ったら申し出ることができなかったのだ。ごめんね、団長さん。
まあ、団長さんにしてみたら“120㎏持て”と命じる方がおかしいと思っているだろうから、別に心証は悪くなっていないのだろうけど。
「サイード、すまんがこれを捌いてくれ」
「うわあ~…、これはまた立派な猪狩ってきましたねえ~」
「どっちもミャーノ君の手柄だよ。ミャーノ君、牙を出してくれ」
「はい」
猪を仕留めたのは確かに私だけど、最初のボウによる牽制は単射式で一人じゃ難しかったから私だけの手柄じゃないんだけどなあ。
そう感じたけど、団長さんが立ててくれたのをわざわざ謙遜するのもなと思い、私は何も言わないことにする。
私から受け取った牙をカウンターに持っていったかと思うと、すぐに銀貨を持って戻ってきた。それをそのまま私に握らせようとする。
「ザール殿? あの」
「キミに働かせておいてなんだが、私の分も入っていると思ってくれ。餞別だよ」
銀貨が五枚もある。って、六万円くらい? 半額は元々私の取り分としても、三万円は他人への餞別としては多すぎる!
「こんなにいただけません」
「まあ、王都への道中や王都でミーネに美味いものを食わせてやってくれ」
「……わかりました」
そういう…ことなら。
「団長~、肉は全部リーマ姐に引き渡しちゃっていいんですか~?」
「ああ、それでいい。ミャーノ君、明日の食堂の献立は猪鍋になるだろう。サラちゃんも一緒に食べにきなさい」
「ありがとうございます」
紅葉鍋の次は牡丹鍋かあ。
学校まで行って帰宅前のベフルーズに、夜はアリー達と自警団の食堂に邪魔をすることを告げておく。
団長さんはさっき帰ってきた時点ではまだ書類に決判をしていなかったそうなので、それ待ちでもあるのだ。
「ってことは今晩はサラと二人ぼっちの夕飯か。めちゃくちゃ久しぶりな気がするわ」
なんてベフルーズは笑っていた。
二人ぼっち。そんな言い回しをしていたけれど、三年以上はバニーアティーエ家は二人きりだったはずだ。
二人の食卓が当たり前になっていたところへ私が舞い込んできて、三人が当たり前の賑やかさを感じ始めてくれていたならそれは嬉しいし――
「――いや、昨夜お前が言ってた通り、お前とサラが出発したら、俺一人なんだよな」
そう、さらに寂しい思いをさせてしまうのかもしれない。
「あ、夜はちゃんと帰ってこいよ。朝帰りとかダメだからな」
「はいはい」
やっぱりお母さんだな、この人。絶対怒るから口には出さないけど。
「『はい』は一回」
「はい……」
いや、先生かも。先生だった。
「というわけで、ベフルーズの許可も貰ったので夕飯ご一緒させてください」
学校から自警団に戻る道すがら、ライラック通りに寄ってアリーを迎えに行く。
ベフルーズとはここでお別れである。
「酒はエールまでだからな。ちゃんとウチに帰らせろよ」
「わかってるって」
アリーごと釘をさされてしまう辺り、私はベフルーズの中では日常生活においては被保護対象なのだろうなあ。私はそう感じていたのだが、
「ミャーノがもう二十歳だってことはわかってるんだが、どうしてもロスくらいの年に見えちまうからなあ。家の外で強い酒をすすめようとは思わねえって」
アリーがそんなことを言う。ロス君はちゃんと最初から年上として扱ってくれていたのに、この差は何だ。
「あらミャーノ、さっきは猪肉どうもありがとうね。この前の鹿といい、アンタ、騎士よりハンターになった方がいいんじゃないの?」
「鹿も猪も、ロス君やザール団長に案内してもらって私は撃っただけなんですよ。一人では全く狩れません」
森で狩ったキジやウズラはまあ、ほぼ自力ではあったけれど。
「姐さん~、ミャーノ君がこの調子で狩ってきちゃうと~、自警団がウチから肉を仕入れてくれなくなっちゃうから~~」
「フフッ、そうさね」
後で聞いたところによると現在の仕入れ元はサイードの店からだけではないそうだ。シーリンの商店の家にまだ店長でない青年がいる場合はほとんどが自警団に所属しているものらしい。つまり、仕入れ元は大体が自警団の関係者になる。
ちなみに、後継ぎのような立場であるアリーやサイードは臨時団員で地域貢献、次男坊三男坊なんかは正規団員としてフルタイム稼ぐといった具合だそうで。
うまいこと経済と雇用を回しているなあ、と感心した。
「私、このザワークラウト好きです。これはリーマさんが作られてるんですか?」
「そうだよ。可愛いねえ。ウチの息子なんて『もう食べたくない』なんて憎まれ口叩くのよ、ひどいでしょ」
「はは。そういう息子さんは、一週間も御母堂のご飯をいただかないでいたら、このザワークラウトを求めてやまない禁断症状に見舞われますよ。賭けてもいい」
罰当たりめ。
「おや、もしかしてミャーノ、アンタそのクチかい? もうホームシックかね」
脇に盆を持って一緒に並んでいたアリーとサイードの筋肉が緊張する気配がした。
二人はミャーノの「設定」――故郷の村に生き残りがいないこと――を知っている。「その話題の振り方はまずいよ」という緊張感なのだろう。
「ええ。母の作る煮っ転がしの味が、今になって恋しいですよ」
これは本当だ。
高校生くらいまではおでんや煮っ転がし系の煮物の類は大して好物ではなかったのに、母の料理を口にしなくなってから何故か求めるようになってしまった。
アリーとサイードには「気にしないで」とにっこり微笑んでおくのを忘れない。
ザワークラウト以外の今晩のラインナップは、デミグラスソースの煮込みハンバーグに、人参とセロリの付け合わせ、あとマッシュポテト、コンソメスープだ。主食はいつもの米とクスクスの混ぜご飯だった。
マッシュポテトとザワークラウトとコンソメスープは、日替わりのメインに必ずプラスされるメニューなのだろう。
「ハンバーグ大好物なんですよね~~。ベフルーズのも絶品でしたが、煮込みハンバーグはまた肉汁の味わいが別物ですね! 美味しいですね」
「へ~、ベフルーズのハンバーグ美味しいんだ~? 昔試食させられた時はぼろぼろに崩れて、味わいはほぼソースの味だった気がする」
「エッ、本当ですか? つなぎの程よさもいい具合でしたよ」
「俺らがアイツの手料理食わせられてたの、もう何年も前だもんよ。サラには美味いもん食わせなきゃだし、そりゃ上達もするだろ。昨夜食ったカツレツ美味かったな」
「あの鹿肉、キイキイ鹿のやつでしょ~? 確かに下味が漬け込みかなんかでつけられてたみたいで美味しかったね~」
「ベフルーズにも料理の腕がふつうだった時期があったのですねえ……」
なんかもう始めた時から三ツ星シェフみたいなイメージしかない。
「そりゃあそうだろう。お前だって最初から強かったわけじゃねえだろって話だし」
すみません、最初から強かったです。
「正直、自分の腕が世間だとどのくらいのレベルなのかわからないのですよね……。あ、違います、自慢とかじゃなくてですね」
アリーとサイードがジト目になりかけたので自分から否定しておく。
「その、故郷の村では師としか切り結んだことはなく……師が去った後は自主練しか行ってこなかったので。実は師以外と相対したのは、この街に来て武具屋のイスマイール殿に模擬戦をさせられたのが初めてだったのです。その次がアリー殿という状態で」
「ええ…ウソだろ」
ソマとの話は昨夜していた。腰の片手半剣が割と業物なのではと話題に上ったのだ。
「過疎村出身ならそんなものかもしれないねえ~…。アリーの所感としてはどうなの~?」
「フィルズには悪いが、フィルズと比べ物にならないくらいミャーノはやる」
「そういえばアリーと互角って聞いたね~」
「互角じゃねえよ。ミャーノが上だ。ミャーノお前、ちゃんと自分が強いって自覚しとけよ。……騎士団に入ってから適当に先輩連中打ち転がしちまった日にゃ、お前みたいなの絶対陰湿なイジメに遭うぞ」
「え、そういう心配になるのですか?」
それは困る。政治関係者に話を通すために王軍に入り込もうとしてるのに、嫌がらせとかされて、機会を逸することになったらたまらない。
「でもさ~、わざと負けるとかも嫌じゃない~?」
「できるだけ逃げて、対決させられないように立ち回るとかかね?」
「処世術というのは難しいのですねえ……」
体育会系の上下関係のマウント取りというのは厄介な敵な気がしてきた。魔物や賊なら斬り伏せてしまえばしまいだが、同僚となればそうはいくまい。
酒を飲まず、茶しか飲んでいないのに、何となく頭痛がしてきそうで眉間の皺を揉む。
そんな私を見てアリーは苦笑を漏らした。
「お前の場合は、お前の強さを素直に受け止めて利用してくれるような上司を捕まえるのが、一番簡単なのかもな」
実際、後にアリーが言ったようになるのだが、それは後に語ることとする。
20万字を超えておりました。
お読みいただきありがとうございます!
4/9 16:30追記
現在の仕入れ元は〜あたりで文節丸ごと抜けまくってたので足しました……