8-1.使い魔、連行される
青いコートのほうを着ていくことにした。
何となく、赤いジャケットの方はかっこよすぎるというか……。色的にも鎮静効果ありそうじゃない? 青。
サラも同行するか確認したが、旅支度を進めたいから書類を引き取ってくるのは任せるとのことである。
「サラ、面倒事に巻き込まれたくないなという顔をしていますよ」
「あら、私ったら本音が出てしまったのね」
まあいい。
ミーネを付き合わせるなら、親御さんであるザール団長への挨拶は責務だろう。
「今日は、アリー殿やサイードさんは自警団の当番は?」
「僕はシフトあるよ~」
「俺は非番だけど、昼飯と夕飯は食いに行くわ」
「ミャーノ君、団長との話終わったら~、三人で食べない~?」
「そんなに長く話し込むつもりはないのですけれど」
「ああ、それなら心配ねえよ」
「え?」
「待っておったよ、ミャーノ君」
自警団の受付カウンターに、団長さんが仁王立ちしていた。
「では、参ろうか」
詰所の敷居を跨いだばかりなのに、首根っこを掴まれてそのまま外に引きずり出される。
「え? ザール殿!?」
「気をつけてね~、ミャーノく~ん」
サイードは呑気に手を振って見送ってくれたが、全然有難くない。
団長さんと私の背はほとんど同じなので、なんとか体勢を整えて首根っこ引きずりは解消できたのだが、状況が理解できないままだ。
「ザール殿、どこへ?」
引きずられはしないが、かといってとんずらするわけにもいかないため、普通についていく。
「西の鉱山へ、狩りに行くのだ」
「はい?」
「携帯食と水はこちらに用意がある。これがキミの分だ、持ちたまえ」
「はあ。……いやいや、突然なぜ。いえ、自警団のお仕事へは望まれるならお力添えはもちろんいたしますが」
「いいからついてきなさい」
「……承知いたしました」
まあ、今日中に戻れるなら構わないけど……。女の子の身であるサラと違って、私は大して支度の必要がないしな。
「ザール殿。狩りの目標は? 街の方からの依頼なのでしょうか」
腰のクロスボウを確かめつつ、矢の本数を数えておく。
「猪二頭、鹿三頭まで。依頼だ。オジギ亭での事件の影響で、通常のミッション消化が滞っていてね」
「――道理で」
通常定期的に狩られている動物は、少しでもそのペースが落ちると一気に増えてしまって結果他の種の生存を脅かしたりして、いわゆる生態系のバランスというのが崩れてしまう。
非常の事件を放っておけないが、かといって通常の業務も放ってはおけないのだ。
早足なのと、サラを伴っていた時と違って私と団長さんの背丈的に歩幅が広いことも手伝って、前回西の鉱山に赴いた時よりも倍は早く登山口に到達した。
今日はサラが同行していない。つまり、私は前回と違って疲労する状況だということだ。……気をつけないと。
私を待ち構えて、連れてきたのは、きっとミーネ絡みで間違いないとは思うのだが……。登山口から口をきいていない。
狩りをしようというのだから、それは当然だ。
目標数は聞いた。なんなら今団長さんが出張らないといけない理由も聞いた。
であれば、狩りの対象が我々の話し声を聞いて警戒してしまうのを避けるのは当たり前なのだ。
(でも、状況的には気まずいなあ……)
相手が団長さんでなければ、これがアリーやロス君ならそんなこともなかったのだが。
年齢が親子ほど離れたおっさん相手というのは別にいい。
ミーネのことで詰問するなら、早く済ませてほしいと思ってしまうのは仕方がないだろう。
前回ロス君に案内された四合目に着いた時、団長さんがやっと口を開いた。
「猪のフンだ。昨夜から朝にかけてのものだろうな」
これがそうなのか。ツヤツヤしてるもんね、そんなに時間経ってなさそうなのはわかる。
「君のボウの腕前については、ロスから聞いている。猪を狩ったことはあるかね?」
「ありません」
正直に申告しておこう。
「鹿連中と比べてあれは足掻く。眉間が急所とはいえ、あれらの頭蓋は固い。心臓辺りに撃って――キミのボウは単射式だな、ならば一発か――その後速やかに首に止めをさすんだ。できるかい?」
「やってみましょう」
猪って興奮したら突進してくるんだったよね?
まっすぐにしか走れないから、直前で避ければいい、という話は以前の世界で聞いていたけれど、狩り方とか止めのさし方までは、デスクワーク人だった私は知らない。
「猪どもの巣については、いくつかアタリがついている。こっちだ」
「はい」
団長さんについていく。道のりは再び無言だ。
おっと、巣に近づく前に矢を番えておかなければ。
団長さんを呼びとめると、彼もこの場で矢を番えることにしたようだった。私のものと異なり、連射式だ。
今のところ、足に疲れはまだ出ていない。
「!」
団長さんがそっと私の肩を叩く。
本当にいた。しかも二頭だ。
どちらかに狙いを定めてしまったら、どちらかには逃げられてしまうのではないだろうか。
視線の先で、団長さんが指を使って示す。
そうだった。私だけが狩人ではない。この場には彼もいるのだ。
私の相手は、向かって左でキノコらしきものを食べている方を指定された。
了解。頷く。
私のタイミングで撃ってはいけない。
団長さんのタイミングに合わせないと。
そのつもりで団長さんの呼吸を伺うと、団長さんはなぜか満足げに笑ってみせた。
斉射。私は命中し、団長さんの一射目は外れたが、私は告げる。
「出ます。次が外れたら三射目は要りません」
二射目の矢と同時に飛び出し、腰から短剣を抜き放つ。
残念ながら、二射目も外れたようだ。だが、問題ない。
ビラールの店でかまぼこ板を作らされた時の要領で、向かって右側の猪の首を落とし、返す刀で、己の放った矢の刺さっている方の猪の首も落とした。
少しだけ、青いコートの袖が返り血に汚れた。
赤いジャケットにしておいたほうがよかったのだろうか。
「キミにはボウは不要なようだな」
「いえ、鳥獣相手はやはりボウの強襲性は必要だと思います」
近くの沢で血抜きを行い、水に流す。内臓は沢のほとりに置いていくそうだ。
血と内臓が抜けた分、少し軽くなった気がする。
「鹿についてはどういたしましょう」
「猪が二頭も仕留められたんだ。これ以上は、今日はもういいさ」
帰ろう、と団長さんは一頭を担ぎあげる。二頭とも担がされるかと思ったが、そんなことはなかったか……。
「……ザール殿、どうして今日は私を伴われたのでしょう?」
「疑問があるかね」
「ミーネさんの件で話があるのだろうと思っておりましたが、今ここまでそのお話がありませんからね」
耐えきれず、自分から話題に出してしまった。ちくしょう。
私は――都子は、堪え性がないのだ。
「私の話はもう済んだよ」
「え?」
「単騎のキミが強いのは知っているが、これから騎士団に入るキミが、誰かと組んだ時にどうなのかが見たかったんだ」
……模擬集団戦、擬き。
「キミは強いが、傲慢ではない。そして己が前に立つ時機を提言することができる」
クロスボウを撃った時の話か。
この山行きにおいて何かを試されているのはわかっていたが、そこを見られているとは思っていなかった。
「ミーネの方がキミに無理を言っとるんだろうということはわかっているんだよ」
そんなことは……あるけれど。
「キミがミーネを貰ってくれなくても構わんのだ。せめて若い内の死に別れだけはせんでやってほしい」
「ザール殿……」
「初めてまともに惚れ込んだ相手には、自分とだろうが他の者と共にであろうが、幸せに暮らしてほしいモンだからね」
この人はいい人だ。
そんなことも察することができずに、「世の中の父親は普通は娘の連れてきた交際相手を追い返す」というイメージだけで先入観を抱いてしまっていた。
「もし父親になれるなら、あなたみたいな“お父さん”になりたいものですね」
「なんだ、『私みたいな父親が欲しい』と言ってもらっても構わんのだぞ?」
「そう誘惑をしないでください。――長く父がいない私には、とても魅力的な話なので」
それはミャーノの設定ではなく、本当の話だった。
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