7-10.男達の飲み会
「ただいまー」
「お帰りなさい、ベフルー…おや、アリー殿にサイードさん」
「ようミャーノ、いきなりおしかけて悪ィな。お前が王都に行くって聞いたから」
「アリーだけ行かせたら羽目外しそうだったからね~。ついてきたんだぁ」
玄関に出迎えに行くと影三つ。私達を口実に飲みにきたようだ。
「俺が吹聴して回ったんじゃないからな。ミーネ嬢がお前の王都行きについてくからっつって団長とやり合ってたのを自警団の連中が聞いてたらしくて…ていうか、お前アレどういうこと? なんでミーネ嬢がお前についてくことになってんの?」
「おう、それな。ミャーノ、お前が明日詰所に書類取りに行けよ? 団長がお前と話したいって」
わぁお。
「……まあまあ、とりあえず上がって。ご案内するのは談話室でいいですか? ベフルーズ」
「うん。菓子、これ買ってきたから。茶だけとりあえず頼むわ、ミャーノ」
「わかりました」
クッキーのような焼き菓子の香りがふわりと漂う紙袋を受け取り、暖炉のある部屋にアリー達を案内した。
ベフルーズは夕食を作りに台所へ向かう。
「あら、お二人。いらっしゃい」
「邪魔してるぜ、サラ」
「突然ごめんね~。ミャーノ君の顔見に来たんだあ~」
風呂から上がって支度を整えたサラが廊下に出てきて、アリーとサイードに気づく。
元々ベフルーズと同居しているので、風呂上がりも朝起きてきた時もサラの服装に隙はなかったのが幸いした。
この叔父と姪、線引きと距離感はきっちり保っているようなのだ。
物理的な距離感でいえば、まず間違いなく、私とサラ、私とベフルーズの間の方が、サラとベフルーズより余程近かった。
「今お茶お持ちしますね」
「あ、いいわよミャーノ。私が淹れてくるのだわ。二人とも、冷たいお茶の方がいいわよね」
たしかに私が淹れたところですぐに冷やすこともできないので、サラに任せた方が二人には有難かろう。
菓子皿に紙袋の中身を移していると、アリーが卓上に置かれた灯っていないランタンを見ながら気がついたようにぼやく。
「そっか。ミャーノは魔術士じゃねえからベフルーズやサラみたいに魔術では火をつけられねえんだな。この家マッチの類ないだろ? ミャーノのために買――いや、もうすぐに行っちまうから今買ってもお前が帰ってくるまでにシケっちまうな」
「あ、暗くてすみません。すぐにサラがお茶を持ってきますから、その時にお願いをしますよ」
自分が夜目きくものだからついうっかりしていた。
「私も魔術を使えたらよかったのですけれどもね」
「君のところのお家は~、本当に魔術に長けるか剣術に長けるかの二者択一だねえ~」
「その中でもサラとミャーノはそれぞれ突出しているようだけどな」
バニーアティーエ家を指して「君のお家」と言われたのだということを理解するのに一瞬を要した。フィルズは魔術を使えなかったほうのバニーアティーエなんだろうか。
「はいはいお待たせ~。ってうわ暗っ! ≪アーテシュ≫――紅蓮の児よ」
しゅぼ、という引火する音が耳に届いた。
「おっ。さんきゅなー、サラ」
「お茶いただきま~す」
「どうぞー。それでは私は失礼するのだわ。ごゆっくり」
「え。サラもご一緒されないのですか」
盆をサイードに渡してさっさと退室するサラに驚いて思わず追いかける。
「え? ええ、私は遠慮するわ。ご飯も叔父さん、ちゃんと別に用意してくれるみたいだし…」
「え? では私も」
「何言ってるのミャーノ。アリーさんたち、あなたと飲むために来たんでしょうが。悪いけど私は男連中の飲み会に参加するのはちょっと」
「――あ。ああ、なるほどそういう……えー…」
そういうことなら私だって男連中の中に巻き込まれるのはちょっと嫌なんですが。サラは知ってるでしょうが。
「そうだぞミャーノ。主役が逃げようとしてんじゃねーぞー」
「ふふふ。そうだよお~」
「ええー……」
サイードとアリーはベフルーズと同年代だし、私は唯一の最年少男性だしで、どうやら逃げる選択肢がない模様だ。
ベフルーズは、鹿の肉の炙って香ばしいソースをかけたものやら、シビュラの家で作ってくれたようなカツレツやら、酒のつまみに最適すぎる野菜スティック(マヨネーズっぽいディップつき)やら、ふんだんに肴を用意してくれた。ベフルーズは酒を出そうとしているので、その間に私はそれらをせっせと談話室へと運ぶ。
そういえばベフルーズ、――私もだけど――この家でお酒飲まないな。
「このお家、飲むためのお酒置いてたんですね」
「エール系はさすがに常備してないけどな。リキュール系は菓子とかにも使うしあるぞ」
ああ、お菓子用ならなんか納得するな…
あ、でも氷とかないからストレート? 私そこまで度数高いとちょっと
「≪アブー・サード≫――凍てつけ」
ガシャシャシャシャ、と爽快な音を立てて、空のガラスボウルに、ロックアイスが大量に拵えられた。
「べ、便利」
「ほい、これも持ってって」
「はい……」
ロックなら飲める。たぶん。
――そう思っていた時期が、私にもありました。
「くっ……この身体、見掛け倒しか……!」
この身体、都子よりたぶんアルコールに弱い!
いや、そもそもお前、いや私、使い魔だろう?! なんでアルコール分解できずに酩酊するんだ! 酔うのはオジギ亭でロス君と飲んだ時に知ってたけど……!
しかしこの世界ではこれまで恐らくせいぜい18度程度のワインしか飲んでいなかったけど、このリキュールたぶん40~50度はある。これだとダメか、ダメなのか、お前!
「べ、ベフルーズ、このリキュールちょっと度数高くないですか…」
私の知ってるリキュールって20~30度だったと思うんだけど。
「ん? ああ、そうかも。これ正確には薬酒だからな。果実系のリキュールよりは強いよ」
「あれ~? ロスからミャーノ君はお酒強いって聞いたんだけど~……」
「そうだよな。ワイン数杯飲んで例の影法師とやりあったんだろ? ワインは平気だけどブランデーはダメとかそういうクチだったか」
「あのですね、アリー殿……。20度と50度の間には……明らかに数値の壁……が……」
「あーあー、≪サード・アブ≫――水を! ほら、飲め」
空になったグラスにベフルーズが冷水を生成してくれる。
「――ぷは、」
ベフルーズの作る水、ホントちょうどいい冷たさで美味しいな……。
「悪かったよ、弱くないと思ってたから――横になるか?」
ベフルーズがぽんぽんと己の太ももを叩いているので――私は遠慮なく借りることにした。
「そう……します……」
ぐらんぐらんしていたから、長椅子の背もたれに身体を起こしている状態もちょっとキツい。
ベフルーズの膝枕に後頭部で面する形で仰向けに寝転がった。
なお、私とベフルーズが長椅子で、アリーとサイードはそれぞれ一人掛けの椅子に座っている。
「ほんと、ミャーノ君のこと可愛がってるんだね~」
「な。俺なんて『アリー兄さん』って呼んでもいいぞって言ったのに全然呼んでくれねえ」
「いや、俺は兄とは呼ばれたいわけじゃないし呼ばせてないからな……?」
「なんだ……呼ばれたくもないのですか、ベフルーズ…」
自分よりも背は低いがガタイはいい青年に、お兄ちゃんだの兄上だの呼ばれても嬉しくはないだろうが。呼んでも嫌じゃないかもしれないくらいには、少し思っていたんだが。
フィルズという本当の弟がいた彼にしてみればただの紛い物だものな――者ですらない、物だし。
「なんだお前、呼びたかったのか?」
「『兄上』が欲しいとは……子供の頃思っておりましたよ。私は長子だったので。――いや、呼びませんけれども。呼びませんとも。子供ではないのですから――……」
ベフルーズが苦笑いしながら胸を優しく、トン、トンと叩いてくれる。胸焼けらしき不快なものが多少は払われていくように感じた。
先日、私がそうやってベフルーズをあやしてたんだっけ。私がぽんぽんしてたのはお腹だけど、膝枕の姿勢だと胸になるよな。でも剣状突起の上辺りをトントンされると役に立たない心臓マッサージかな……。
まあ、不快じゃないからいいや。
「自分の酒の量わかってなかったならまだ子供かな~」
「王都に行く前にわかってよかったじゃねぇか。あっちは軍内は仲間同士だが、自警団と違って出世に関しては敵同士でもあるんだ。酔い潰れたところにつけ込まれたら、どんな目に遭うかわかったもんじゃないからな」
「……そうだよなあ。魔導士がルームメイトの可能性高いんだもんなあ。お前は魔術耐性が強いわけでもなさそうだから、相手の性根がひん曲がってたら心配だよ」
そういえば私はベフルーズの睡眠導入の術にあっさり陥落していたな…。
「…でだな。お前がダメになってるとこで問い詰めるのも可哀想な気がしないでもないが」
あっ。
「そうそう。お嬢――ミーネお嬢と実際何があったのか教えろよ」
「君には黙秘権はあるけれど、僕たちはそれを良しとしません~」
サイードが一番怖いの何でだろう。普段一番怖くなさそうだからか。バツンバツン解体されていく己を想像するのが容易だからか。
恐怖からではなく、ふつうに酩酊が原因でベフルーズの膝枕から投げ出せない。
「何があったと言われましても……アリー殿にお初にお目にかかった日にお会いして、その後アリー殿と食堂でご飯いただいたときにも昼食をご一緒して、後日アリー殿と訓練場でお会いした日以外は、……オジギ亭の報告に翌朝、自警団を伺った時にミーネさんにお会いしたくらいしか、ないのですが」
「……最後の業務以外、ほぼアリーとの思い出になってるね~?」
「あぶねえ、アリーがウチの嫁にくるところだった。これはナイスプレー・ミーネ嬢ってことになんのか?」
そんなわけあるか。
「ロス君は、ミーネさんが私の顔が好みで一目惚れしたんじゃないかって言ってましたよ」
それだけではない、とサラに怒られたところではあるが、このメンバーだと面倒だからここは強調してしまおう。
「何さりげなく自分の顔褒めてんだお前」
「ガハッ」
ひどい。トントンしてた手がいきなり乱暴に肋骨叩いた!
「何するんですか。家庭内暴力だ」
「うるっせえ。イケメン税だわ甘んじて受けろ」
私の感覚からするとベフルーズもアリーもサイードも十二分にイケメン枠だと思うんですけど……それぞれジャンルは違うけど……。
ちなみに比較すると、ベフルーズがインテリで線が細い好青年で、アリーがガテン系?築地市場とかにいそうなガチムキ系で、サイードがふんわりお花男子って感じだ。この場合アリーとサイードの本来の職業が花屋と肉屋で綺麗に逆になってしまうのだが、二人とも看板息子として街では評価が高いようだったから人は見た目で判断できない。……とはいえ、アリーは見たまんま強いんだったな。
「いや、だからですね、私が言いたいのは私の顔の話じゃなくて。ミーネさんが私に構うのは私がこの辺りだとあまりない系統の顔立ちだからでしょう? 王都に行って色んな地方の人間の顔立ちを見て……その、見聞広めるのは悪くないことだろうなと」
「うーわ。他の男見つけてそっちに鞍替えしろってことかよ。鬼かな?」
アリーが苦々しい表情をしている。
「そういう言い方するとひどいですけど……しかし、だからといって、ウソでもこっぴどく振るのは私は嫌ですよ。ミーネさんのことは、私は今のところ、友人としてとても尊敬しています。ワガママですけど嫌われたくはないのですよね……」
「そうだね~……気持ちはわかる気はするかな~……。僕はよく知らなかったけど、ロス君から聞く限りは~…ミャーノ君は上品でたぶん教養もあるって言ってたから~、シーリンのその辺の男どもと一緒にいるより、ミーネちゃんは楽しいんだろうね~」
「同じくらいのレベルとつるむのが楽しいってことか?」
サイードさんのコメントに、アリーが補足する。
サイードさんとロス君仲いいのかな。
ロス君にはたしかに、私の食事の仕方が行儀いい、みたいなことを言われた気がするな。
「そりゃあ、女性の前なら上品にもなるでしょう」
「いいや、お前の行儀の良さはそういうアレじゃない」
アリーが納得いってくれない。
「ベフルーズに膝枕借りてるこの姿勢、行儀いいですか? アリー殿やサイードさんだと気にならないですけど、ミーネさんの前でこれをしては格好つかないでしょうな」
「そうか~、ミーネちゃん脈ないのかと思ってたけど、ミャーノ君の気持ちとしては格好つけたいくらいにはミーネちゃんは好きなんだね~~。それ、ミーネちゃんの頑張りようによってはアリってことだよね~?」
サイードさんは人参スティックをぽりぽり食みながら、私側のフォローに回ってくれた。この形勢自体はありがたい。
「……恋愛どうこうにリソースを割けないんですよ、私は今」
「そうだよね~、王軍騎士団に入ろうなんて相当だもんね~」
王軍騎士団に入った後にトロユやジェノーヴと交渉するのが本命なんだけどね。使い魔としての使命があることはベフルーズがわかってるからいいや。
「その間にミーネさんの気持ちが他にいくなら彼女の幸せは祈りますけど。私、若い女性からこういう好意を寄せてもらうことがなかったものですから…正直なところ私は惜しいんでしょうね……身勝手なのは承知なのですが」
「…………」
「?」
なんだろう、空気が重い?
「ミャーノ、お前のその、いた、村は……」
「はい?」
ベフルーズがなんでいきなり架空の村の話を。ベフルーズは私の「住んでた村が滅ぼされた設定」を踏まえて「前にいた世界」を指しているのだろうか。
「若い女性、ゼロだったのか……?」
「うっそだろ……告白されたことないわけねえだろ……?」
ああ、そういう。
まだ酔いが弱まらないフワフワした頭を悩ませないでくれ。
「残念ながら、男性からしか交際申し込まれたことないので……」
「エッ」
アリーとサイードが固まって、
「あー……」
ベフルーズが納得の声を出して、
「エッ?!!」
ベフルーズのその反応に、アリーとサイードが再度驚いていて。
「あ」
そうだ。私は彼らにとっては男性だった。しまった。
ベフルーズは納得してはいけない。