7-7.都子の肖像
「待ちなさい、ミャーノ」
サラは歩みを止め、すぐに校門をくぐらない。
私のご主人様は誤魔化されてくれなかったようだ。
「エル先生に話を聞きに行く前に、あなたに聞いておかなきゃいけないことがあるのだわ」
「……何をです?」
「……あっちの花壇にベンチがあるから、座りましょう。ちゃんと聞きたいの」
拒む理由も名分もない。私は素直についていった。
「本当は昨夜聞いておきたかったのだけれど、ソマさんたちと盛り上がってしまったし、家に帰ったら私も疲れてたから寝てしまったしで聞けなかったの」
サラは自分の肩掛けカバンから、一枚の巻かれた紙を取り出した。
「ガラシモスが言い出したことが見当違いなのは私にはわかっている。鈴蘭の騎士が使い魔として召喚されるのは理屈が通らないのだから」
広げて、彼女の膝の上にその紙面を置いた。
それは、ブロシナが私達に進呈した「鈴蘭の騎士の肖像」だ。
「でも――ならばどうしてあなたはあれほど動揺していたの?」
「――……」
すぐに答えることができなかった。
どこまでなら、言ってもサラを失望させずに済む?
そんな打算を胸に抱いてしまう。
「ミャーノ。お願い。あなたが主人には明け透けでいられると思わせてほしい」
「……ああ――申し訳ありません、違うのです――違うのです」
何が違うのか、うまく言葉を続けられない。
「――私は女だったかつての世界での自分の容姿を気に入ってはいませんでしたが、嫌悪していたわけではなかった。しかしあなたに再構成を施された今の私は――この顔をあなたが『好き』だと、『可愛い』と褒めてくれていることが嬉しくて」
そうだ。召喚されたその日にすでに、サラは今の私と都子の顔が別人だと理解はしてくれていた。
「サラ……その鈴蘭の騎士――オスタラの顔は、あなたにはどう見えますか……」
サラは「まさか」と呟いて、私から手元の肖像に視線を移した。
「鈴蘭の騎士のその容貌は、葛野都子と瓜二つなのです」
尋ねておきながら、サラが何かを続ける前に、畳みかけるが如く言ってしまう。
私は小心者だ。臆病者だ。
所詮は顔立ち程度の話なのだ、使い魔としての私と共にいるサラには関係ないことなのだ――だが、それでも都子がサラに気に入られていないことが私にわかってしまう可能性があるのだと思うと――怖くて。
サラは優しいから、都子の顔だという情報を与えてしまえば――鈴蘭の騎士の容貌を酷評することはしないだろう。そういう、せこい考えを持ってしまった。
「――馬鹿。馬鹿ね、ミャーノ」
「サラ……?」
「そんなことに怯えて――いえ、それだけあなた、今の顔を気に入っているのね? だからミーネさんの好意が顔に向けられてると思ってしまっているのかしら」
サラの小さな手が、私の頬を優しく撫でる。
「鈴蘭の騎士のこの肖像は、私は既に昔見たことがあるのだわ。王都から移動博物館がきたことがあってね。その時に展示されていたの。私だけじゃなくて、シーリンの街では人気の展示だったのよ」
サラは私の頬から手を離すと、その指先で、ついと鈴蘭の騎士の顔を撫でた。
「かつてトロユの王子が鈴蘭に喩えたその騎士の顔を、私たちはてっきり華やかなお姫様のような顔立ちだと勝手に思っていたものだから、実際のそれは千人隊長に相応しいものだったと知って――大人気だったのよ、この肖像画は」
「――大人気?」
どうして? どう考えても姫騎士のほうが人気出る要素、あるよね?
「ミャーノにとっては自分の顔だからピンと来ないのかもしれないけど――私達の民族的な好みと感覚が違うのかもしれないけれど、鈴蘭の騎士の容貌は『かっこいい』のよ?」
「え? この頼りなさそうな顔の、どこが……?」
「それ、絶対に私以外の“事情を知らない”人間の前で言っちゃだめよ? 鈴蘭の騎士のファンはけっこういるんだから――ロスなんて、肖像画見てから『これまでなんとも思ってなかったけど強くて頼もしそうで好きになった』とか言ってたクチなのだわ。それに……フィルズ叔父さんは『王女カトレヤと鈴蘭の騎士』の物語で彼女に憧れて王軍の騎士になろうとしたのかもしれないわね。フィルズ叔父さん、あの本大好きだったもの」
強くて頼もしそう。それは褒められているのか。褒められているんだろうけど……。
納得はいかなくて憮然としていると、サラはとうとう苦笑した。
「鈴蘭の騎士の容貌はイイけど、たとえ『ミヤコ・クズノ』の顔立ちがどうだったとしたって、きっと私には好ましいわよ」
「そんなの」
「わかるのだわ。だって、その身体とは関係なく、私の召喚に応じてくれたのはあなたの精神でしょう、ミャーノ。いいえ――ミヤコ」
サラはそう言うと、肖像の描かれた紙を巻いて鞄にしまい、ベンチから腰を上げる。
「私に応えてくれてありがとう。その始まりだけで、きっと私はあなたの全てを愛しているわ」
私にとっては鈴蘭の騎士よりも頼もしい表情をした少女は、私に向けて、その小さな手を差し出した。
顔の良さにも色んな種類ありますからね……。
「実は守りたい系お飾りの姫騎士だった」わけじゃなくて「ホントに強かったから」伝説になったんだなってシーリンの人たちの好感度が上がった可能性もある(あるとは言ってない)。
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