7-1.会食・カルガモ亭
ロス君あるいはミーネには「カルガモ亭」で何か起こるかもしれないという話を通しておくべきか、あらかじめバニーアティーエ邸で三人で少し悩んだのだが――結局告げないこととしておいた。王軍に話を通そうとしているくらいのややこしい「国の問題」に、一介の市民である彼らを巻き込むのは、やはり躊躇われたのである。
そして、ベフルーズが近隣の店で控えておくことで、ある程度の危機は回避できるものと考えた。
ガラシモスは店や街に被害は出さないと言っていたが、決してそれを信じたわけではない。
夕刻。
「……叔父さん、待機OKだって」
「通信魔術、本当に便利ですな。私とサラの間にこそそういうシステムがあってよさそうなものなのですけれど」
「まあ、私だってこの辺じゃあ叔父さんと師匠としか遣えないからそんなに便利でもないけれどね」
「シビュラ様と? ――ああ、効果範囲に制限があったりしますか」
「ええ。たとえば私の家からだとメシキの森の師匠の家は圏外なのだわ」
なるほど、電話というよりはトランシーバーなのだな。
「では入りましょう、サラ」
「りょーかい」
カモのイラストが描かれた扉を開くと、その店内は「オジギ亭」によく似た食堂だった。
きょろりと店内の人影を確認する。
「……相手はまだのようですね」
店員が「お好きな席へどうぞ」と声をかけてくれたので、壁際の、しかし奥ではなく入口に近い位置の四人席のテーブルに腰かけることにした。店員には、後からさらに二人来る予定だ、と一応言っておく。
「私りんごジュース」
「私はレモネードで……」
「あとドーナツ盛り合わせください。とりあえずそれでいいかな?」
サラが一応確認してくれたので頷く。
なんとも緊張感のない注文だ。そして飲み物以外に何か食べ物をとはいえ、パンケーキの後でドーナツ。いやドーナツは揚げ物だから全然違う菓子ですけどね? かつての私と違って何でもかんでもホットケーキミックスを使っているわけではないだろうから材料はまた違うだろうけどね?
「かしこまりました」
店員がオーダーを厨房へ届けに行く背中を見送っていると、サラがぼやいた。
「こんな目的でなければ普通にデートのシチュエーションなのになあ」
「そうですね」
デートにこんな片手半剣と短剣とクロスボウを腰から提げている男もどうかと思うが、その辺はもしかしたらこの国の文化としてはアリなのかもしれない。
銃社会が問題になっている国でのデートって、銃も携帯してるもんなんだろうか。武家社会が崩壊して久しい21世紀の日本人としては武器を持ってデートとか嫌すぎるのだが。
「お待たせしました、お先にレモネードとりんごジュースです」
「どうもありがとう」
レモネードはしゅわしゅわと泡がでている。炭酸割りか。
エールの場合は冷やしている場合もあるようだが、水やジュースの類は常温で供されるのがこちらでは普通のようだ。レモネードは常温だったが、蜂蜜と生姜がブレンドされていて美味しかった。自分の身体には意味がないことだが、風邪予防などに効果がありそうな味がしている。
「――サラ、奴が来ました」
「えっ?」
カルガモの扉は閉まったままなのにそんなことを言う私に、サラが怪訝な声を上げたとき。その扉が開き、見知らぬ男性と――見知らぬ女性の二人連れが入店してきた。
だが、その一見ヒト族の男は少なくともあの竜人だ。根拠は挙げられないが、確信をもってそいつを見ていると、その男はこちらを見て――ニヤリと笑った。
シビュラの蔵書『幻獣図鑑』で学んだが、竜人は古に滅びた種族とされているようだった。竜人の姿で街を訪れたら目立つということなのだろう。
「やぁ、ミャーノ・バニーアティーエ。来てくれて嬉しいよ」
そう、朗らかにとは言い難い、目を見開いたままの笑みを湛えて、私とサラのついている卓へ歩み寄ってきた。店員さんが「こちらがお連れさんだね?」と目で問いかけてくるので肯定の意で会釈しておく。そうしたらガラシモスが勘違いしたのか、面喰らったように目をぱちりとさせた。
「……礼儀のある奴よな」
違う。お前に挨拶したんじゃない。
そう反論しようかと一瞬口を開けたが、何も言わず閉じた。
「座っても?」
「どうぞ」
席は勧めてやろう。
彼らが着席すると、店員がドーナツの盛り合わせを持ってきた。
「コーヒーを二つ。あと――そうだな、このオリーブのケークサレを二人分つけてくれ」
「かしこまりました」
セレクトがオシャレ女子か。
「――我々はここで夕食をとるつもりはありませんが、あなた方はご自由になさってください」
「フ、キーリスの飯は美味いからな。魅力的な提案だが、遠慮しておこう」
でもケークサレは食べるんでしょ?
店員がコーヒーを淹れて持ってきた。
「キーリスはお菓子も美味しいわよ。もしよければこのドーナツも召し上がれ」
向こうのケークサレが配膳されていない状態で、サラだけ食べるのも気がひけますもんね。しょうがないという感じで、その盛り合わせの皿をわずかにガラシモス達側へ寄せてやっている。
「あなたもどうぞ。――初めましてよね?」
サラは、ガラシモスが伴ってきたヒト族の女性に話しかけた。
女性ではなく、ガラシモスが口を開く。
「ブロシナと呼んでやってくれ給え。これでも我が国の外交官だ」
ロングストレートの黒髪に碧眼という、サラよりもよほど魔女っぽい見た目であった。無口を貫いているようであるのに外交官なのか。大丈夫かそんな内向的な印象で。
「……パラース王の代を専門に研究もしております。私は外交も担いますが、普段は研究者として国に仕えております故」
外交官という職にあることを意外と思ったことが私の表情に出ていたのだろうか。ブロシナがやっと口を開いた。
……パラース…王? パラースってどこかで……あ、ミネルウァや鈴蘭の騎士と関わりのあったトロユの王太子の名前か。
「“偉大なる魔女ミネルウァの霊験譚”についてお詳しいということでしょうか?」
鈴蘭の騎士――オスタラ――彼女に求婚をした王太子は、時系列としてはその戦争前の青年時代、ミネルウァによって薬物中毒から命を救われている。
私が「今の王子もかつての王太子のように薬物中毒になっているんだろう」とカマをかけた結果、パラースの専門家を連れてきた。
それはもう、肯定したも同然だった。
「はい。現在の我が国においては、パラース王に関しては私がわからないことは他の者にもわからないと申し上げることができます」
「承知しました。……ガラシモス殿、どういうおつもりなのかそろそろお聞かせを」
店員がケークサレを運んできた。ドーナツには誰も手をつけられていない。この場で食べきれなかったら持ち帰りできるんだろうか。
ううむ、食べ物があるとどうにも気が散る。
武器を手にしている時と料理を前にした時とで似た衝動があることに薄々気が付いているので、この「食べ物に関する妙な執着」は、きっとこの身体の要素が高いのだろうなと推測しておきたい。
都子の時はここまで食い意地は張っていなかったはずだ。ほんとだよ?
「その前に、確認したいのだがね。王子の件がどこから漏れたのか教えてはくれまいか?」
「漏れてなどいないのだわ、ガラシモス。あなたが勝手にミャーノの誘導に引っかかっただけよ」
サラが即、つきつけてやっている。
「なんだと? だがその結論に達するような手掛かりは少なくともあの魔女の家には残しておかなかったはずだ」
「なるほど、ケシ中毒を連想できるような魔方陣の書かれた紙は、シビュラ様ではなく貴方がたが持ち去ったのか」
「――魔女め。弟子たちが研究内容を知らぬというのは虚偽であったか」
「痴れ者め。シビュラ様を尋問でもしたか?」
「私たちは本当に知らなかったわ。師匠を侮辱したら許さないわよ」
「……魔女を苛めたりはしておらぬ。それより、『知らなかった』? ならばなぜ」
「中途半端にそこだけ抜き去ったら、そこが目的だったと考えるのは当たり前でしょう? 手掛かりを隠滅したかったのなら、途上の研究が持ち去られたこと自体は悟られることを覚悟で、一連すべて持ち去るべきだった」
これが推理小説ならもう一段階、「そう思わせるためにそこを抜き去ったのであって、本来の狙いは別」とかもあるだろうが。
ほとんどの生き物は短絡的な行動をとるものだ。そんな深読みはしなくていい。
「……あなたたちは、どうしたら師匠を帰してくれるの」
焦れたように、サラは問うた。
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