6-7.はじめての短剣
「よぉ、ミャーノ! 剣の調子はどうだ? 折ったりしてねえだろうな」
「ごきげんよう、ソマ。おかげさまで、わ……家族を無事に守れております」
“我が主”、とつい口をついて出かけたが、サラは対外的には一応親戚の扱いだった。まあ、分家が本家の従者のような扱いだったりすることはこちらの世界でもきっとあるのだろうし、おかしくはないかもしれないが。
「そいつは重畳。今日はどうした? 飲みなら今晩空いてるぞ」
「すみません、今日は先約がありまして。……短剣や短刀を探しているのですが……ソマのお店にはショート系はあまりありませんでしたよね」
「短剣か。ここに卸してくれる鍛冶屋が長剣の類が好きなもんだから、ウチは槍とか短剣はあんまり扱ってねえんだよなあ」
「どこか御紹介いただけないかと思いまして」
「いいぜ。そういうことなら……おーい、カアちゃーん」
はいよー、という応答が二階から聞こえてくる。
「はい、はい。なんだねもう」
「ちょっとビラールんとこ行ってくるから、店番頼むわ」
「はい、はい」
ソマはいかにもガテン系という外見だったが、おそらくソマの母御であるその初老の女性はおっとりとした雰囲気で、武具屋の店番というよりも雑貨屋の店番と言われる方がしっくりきた。
「ソマ?」
「連れていってやる。ついでに選ぶのも手伝ってやるよ」
「お待ちください。そんなに高い買い物はする気はないのですよ? それではソマにも先方のお店にも申し訳ありません。……お母様にもご迷惑をおかけしてしまうわけですし」
「平気、平気。分かってるよ、この前だって1000銅樽を覗いてたしな。カアちゃん、こいつがこの前話してたミャーノだよ。どうだ、イイ男だろ?」
「ああ、キイキイ鹿を捕まえてきてくれた人ねぇ……あれはとても助かりましたわぁ、ありがとうねぇ」
「恐縮です。また何かありましたら御用命くださいませ」
胸の前に片手を掲げて軽く礼をすると、夫人の頬が赤らんだ。息子と違って随分と肌が白い人なのだなと、そんなことを思う。
「あら、あら。あら」
「カアちゃん口説いてんじゃねえよ、ミャーノ。行くぞー」
「あ、はい。ええい、仕方がない。お言葉に甘えてお願いしてしまいましょう、サラ」
「口説いてたの?」
「……先程の私の御挨拶では彼女に一言も賛辞を送れていなかったのに、どうしてそうなるんですか」
ソマの冗談を本気にしたサラが小声で非難してきたので、小声で唸る。
「おう、邪魔すんぜー」
「はい、いらっしゃ……なんだソマか。働けよ」
店先でクズ鉄を仕分けしていた青年が振り返る。口から大きくはみ出た牙が上下で4本。サーベルタイガーかイノシシか、と思ったが、尻尾が見えるところに出されているようではなかったので獣人かどうかすらわからなかった。
「今働いてんだよ! こいつに短剣見繕ってやりたいんだが。で、お嬢ちゃん、具体的な予算はいくらだ?」
「…だって、ミャーノ。どれくらいにする?」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて私にそのままスルーパス。もちろん、小遣いから捻出する予定だから私が決めないといけない。
「2000銅から3000銅で考えています」
「――だ、そうだ。そうなるとどのへんかね? ビラール」
「……アンタ、普段他に何使ってる?」
「こちらの片手半剣と、クロスボウです」
普段、といってもまだ一週間も経っていないけれど。
腰のベルトから剣とボウを外して、手近な、テーブル代わりである様子の樽の上にそっと置いた。
「あれ、この片手半剣売ったの。ソマ」
「がっはっは、まぁな! こいつは遣うぞ」
「ふぅん……」
ビラールと呼ばれた青年は相槌を打ちながらクロスボウを手にとって弦の強さを確かめている。
「力はありそうだから、少し重さのある方がいいかもね」
おもむろにごそごそと、「2500銅貨」と張り紙のある樽の中を漁り始めた。
「このへんはどうかな?」
三振りほど鞘付きの短剣を差し出されたので、真ん中のものを一つ手に取る。
サラの携帯している短剣よりもやや重い。しかし、確かにこれくらいの方が力を込めやすいかもしれない。
短剣は投擲もすることがあるだろうから、それを考えると軽いよりもこちらのほうが軌道は安定するだろう。
鞘から抜いてみると、この一振り目は左右対称の形である。
何となく、包丁型の方が使いやすそうな気がしたので、もう二つも借りてこれらも抜き放つ。
他の二つは包丁、いわゆるナイフ型だった。
右手で握りこんでみて、左手でも持ち替えてみる。内一方の、刀身が彫で装飾されている方がより手の形に馴染むようであった。
「どう? 試し切りしてみるかい?」
「よいのですか?」
「一回だけね」
ビラールはそう言うと、カウンターの下から自警団の訓練場にあったような藁の案山子の細いものを引っ張り出してきた。
それを四方1メートルは広さに余裕のある床に設置し、土嚢で重しをする。
「はい、どうぞ。真っ二つとかはやめてね。手加減してね。直すのチョーメンドイ」
「承知いたしました。では、失礼して……」
右手の小指側から外側に向けて刃が出るようにグリップを握りこんで、軽く浅くザクリと薙いだ。
「……切れ味が良さそうですな」
そんな風には見えなかったが。藁の切断面がまるで溶かしたかのように綺麗に揃うくらいには、鋭い切れ味を発揮していた。
「それ、そこまで鋭利じゃないよ? っていうかアンタ、ナイフ捌きすごいね?」
「すみません、加減がわからなくて。切りすぎましたか?」
そんなに力を入れてはいなかったし、腰も入れてない。ただ、ある程度の速さと圧はないと試し切りも何もないだろうと思ったので、それはそれなりにかけたつもりではある。
「ああ、案山子は大丈夫。修繕しやすい深さで切れてはいるから」
「それはよかった」
「ちょっと見せて」
「あ、はい」
受け取るが早いか、ビラールは雑な手つきでその短剣を案山子に突き刺す。
「……ええと、ビラール殿?」
「ほらね」
――突き刺した短剣を抜くが、そこには表面の藁を突き破られた程度の浅い痕があるのみであった。
「はい、持って」
「はあ」
ビラールは何がしたいのだろう。
再度カウンターの下に潜り、合板らしき板の的が棒の一番上についているものを取り出してきて、案山子の代わりに土嚢で押さえる。
「アンタさ、この――ここからここまで切り取るように割ってみせてくれないかい?」
板の右端から四分の一ほどを指して、垂直に下に向かって線を描く。そのかまぼこ板くらいを切り出せと?
「――よろしいのですか?」
出来ない、とは思わなかった。武器を手にしている時は、「この身体の思考」が私を支配する。
「いいよ。よろしく」
「わかりました。少し危ないのでお下がりを」
さっきの案山子相手と違って、多少気を遣って斬る必要を知覚していた。
「……フ――……ッ」
片手半剣を振るう時に空気の分子の間を縫うあの感覚を、今度は右手の短剣に乗せただけだ。
ビラールの指定したサイズのかまぼこ板が、的の下にカコンと落ちて、跳ねる。
「いいじゃん。その短剣にしなよ」
「そうですね、これにします」
「ますますおっかねえなあ、ミャーノ……」
「……え? ええ……? 今どうやって切り落としたのよぅ……」
財布を取り出していると、サラが己の短剣を取り出して、四分の三残っている合板をガツガツと攻撃している。
「この意匠は花……ですよね? サラ、何の花かわかりますか?」
無事購入した短剣の刀身の彫を示しながら、サラに訊いてみた。
「これはカトレヤよ、ミャーノ。キーリスではカトレヤは『戦の終わり』の象徴――転じて、勝利を願う花なのだわ」
次回がカルガモ亭となります。




