6-6.鈴蘭の騎士―実像―
歴史書上の「鈴蘭の騎士」は、その記述において、『王女カトレヤと鈴蘭の騎士』と違い、「偉大なる魔女ミネルウァ」に関連する説明が一文しかなかった。
そしてそれはもちろん、夢で垣間見た「ミナ」の話――プライベートのエピソード――ではない。
あのお伽話の方を読んでいるとき、鈴蘭の騎士、というのは名前ではないと思っていたのだが、「ミナ」と一緒にいた誰かに向かって、「ミナ」は「鈴蘭の」と親しみを込めて呼んでいた。
そういう愛称の在り方もあるというのは知っているが、あれだけ親しそうなら名前を呼んでも良さそうなのに。そう疑問に思っていたのだが、その答えがこの歴史書にはあった。
『鈴蘭の騎士の実名はオスタラ・ヴォルフ。オスタラとはヴォルフ家の巫女長に代々引き継がれている名であり、厳密には本名ではない。神事にその身を捧げんとする儀式を終了すると、その名は喪われ、「オスタラ」となる。』
オスタラ、という名が記憶に引っかかって――結果なんとか思い出せた。オスタラは私たちの世界の神様の一人の名前にもあった。確か、女神様。イースターの語源になっているほどの、春の象徴である。
ミネルウァに関する一文はこれだ。
『オスタラは、偉大なる魔女ミネルウァを味方につけることで、メシキ攻略戦を無血にて終わらせた。』
これはキーリスか、そうでなかったとしてもトロユ以外の国において出版されたものなのだろう。ミネルウァの扱いは裏切られた側であるトロユにおいてどうなっているのか、多少は気になってしまった。
オスタラは襲名した名前だが、「鈴蘭の騎士」の方は彼女の固有の名前の扱いであるようだ。先日読んだ使い魔の目録においても、本名が不明な使い魔はこういう二つ名での見出しとなっていた。
鈴蘭の騎士、の由来も書いてある。
『メシキ攻略戦後、トロユの王太子との会戦の折、トロユの王太子は彼女の凛とした清らかな姿を鈴蘭に喩えた。』
『王太子の御母堂の生家の紋章は鈴蘭であった。王太子が敵国の一将軍をそれに喩えたのは、最大級の賛辞だったといえよう。』
ということは、あのお伽話で最初から「鈴蘭の騎士」と呼ばれていたのは時系列的には間違いなのかもしれない。
『王太子はオスタラに結婚を申し込んだが、オスタラはそれには応じなかった。そして王太子軍をその知略でねじ伏せたのである。』
王太子突然どうした。
というか、お伽話ではミネルウァはトロユの王子が好きだったんでしょ?
トロユの王子は鈴蘭の騎士を好きになったってこと?
困った三角関係だな……。
この「王太子」とお伽話の「王子」が別の人物である――王太子でない王の息子も王子に含まれるからね――ことも少し考えたが、その後の以下の文を見る限り、おそらくこの王太子がお伽話の王子だろう。
『オスタラはトロユ王太子戦後、王太子を討たず捕虜とした。』
『カトレヤ姫可愛さに無謀な征服戦を展開したキーリスの王ライデンは戦争中に病没。カトレヤ姫が女王として即位した。征服戦争はただちに過ちとして撤回され、そしてトロユの王太子はトロユに帰された。』
ミネルウァと鈴蘭の騎士の間の約束は果たされていたわけだ。お伽話を最後まで読んでいなかったので、その点は少しホッとした。
しかしそうか、カトレヤ姫が女王になったんだ……。
オスタラもカトレヤも強いな……。
というか、ここまで強い描写のある男の登場人物がいねえ。
今は男の身である私はなんとなく肩身が狭かった。
リクエスト通りに作ってもらったパンケーキをペロリとご馳走になり、身支度を整える。
「万が一店内で相手が暴れ出した場合、バスタードソードでは立ち回りにくそうですね……」
「ナイフが欲しい? 私の貸しましょうか」
「いえ、それはサラが持っていないといけません。少し早いですけど、今から出てソマに相談してみてもいいでしょうか?」
「わかったわ」
あの店には短刀やナイフの類はあまりなかった記憶があるが、あの通りは武具屋がいくつかあったから紹介してもらえるかもしれない。
ふりがなふってない時はすずらん、
ふってるときはマヤリス読みのつもりです。