6-4.朝食の糾弾
――目を覚ましたら、視界には男の鎖骨が飛び込んできた。
混乱はない。ベフルーズに眠らされた記憶はあり、それがまるで先程のことのように感じられていたからだ。稀に凄まじい熟睡をした時の感覚そのものだった。
そのまま寝てしまったのだから、ベフルーズのベッドで同衾している状況は理解できる。
なんでミャーノの肩を抱いて寝とんねん、ベフルーズは。
思わず関西弁にもなる気持ちをわかってほしい。
私の体勢も体勢で、丸まったエビのように、腕も胸の前で折りたたんで小さくなって、彼の腕の中に収まっている。
「べ……ベフルーズ、ベフルーズ」
とんとんと遠慮がちに、ベフルーズの胸を叩く。
耳に届く自分の声は妙な反響をしていない。防音魔術は解かれているようだ。
外はどうやら既に夜が明けている。今起こしてもいいだろう。
「…ん……ああ、おはよ」
「おはようではありませんよ、なんですかこの状況は」
がっちりと肩を抱かれているとはいえ、自分で退けようと思えばおそらく簡単に退けられるのだが、敢えてそのままで抗議をした。
「……ん?! ぅおっ……?!」
若干寝ぼけていたその目が見開かれて、自分の肩からその体温も離れた。
今の反応はもしかしてこの体勢は意図的ではなかったのだろうか。
あまりつっこまないでおいてやろう。
「あなた、私に魔術かけて昏睡させましたね」
「そこまでじゃない! 睡眠状態にするだけで何かしたら普通に起きる程度の術だよ」
「それにしては私ものすごいぐっすり寝られたみたいなんですけど……」
「だからそれは俺が何もしてないってことでだな……」
「は? あ、ああ……いえ、そんなことは別に疑ってませんが……」
身を起こしてさっさとベッドから離れる。自分の部屋に戻って着替えないと。
「だってお前、ほっといたら…………何でもない」
「――よく寝られたので、頭はすっきりしています。ありがとう、ベフルーズ。この家で寝られる日は、寝るようにしますから」
「……おう」
寝落ちる前に彼が話しかけたことも覚えていたのだ、私は。
自室に戻ろうとベフルーズの部屋の扉を開けたところで、洗面所に向かうサラにばったり出くわしてしまった。
こちらはしっかり夜着だし、扉の位置からはまだベッドでぐずっているベフルーズは丸見えという状態である。
「……おはようございます、サラ」
「…………おはよう」
いつもより五割増しで意識的にニッコリ微笑みかけてしまった。我ながら胡散臭い。
サラは逆に爽やかな朝に相応しくないジト目になっている。
「サラちゃん!? 違うよ!?」
いけない、ベフルーズ。そんな反応をしてはいけない。
「何が違うのかしら?」
「おそらく、何もかもです、サラ……」
「話は後で聞かせてもらうのだわ。さっさと着替えて朝食作るの手伝って頂戴」
トゲがある、トゲが。
そのまま階段を降りていってしまった。
「おい、おい」
声を潜めてベフルーズが来い来いと手招きしてきた。何となく何を言いたいのかはわかるので、大人しく耳を寄せる。
「なんです? これ以上サラの誤解招きたくないのですが」
「俺がお前に術使ったとか抱いて寝てたとか絶対言うなよ……!」
「当たり前でしょう、そんなのさらに誤解が深まるだけです……!」
そんな墓穴掘るような真似を、この期に及んで誰がするか。
鹿肉のローストしたものを薄切りにして、サラダと一緒に濃いめのドレッシングであえたもの。今日の朝食はオシャレというか豪華というか。黒糖パンのほろ苦甘い風味によく合う。
「昼は何がいいかな~」
「夜は俺も街で食べるから、今日作るのは本当に二人の昼食だけでいいぞ」
「えっ、叔父さん、でもカルガモ亭には――」
「ああ、カルガモ亭には入らないよ。あの辺の店はよく知らないからどこにとは今言えないけど。一応近くにはいようと思って」
「何かあったり、終わったら、通信魔術使うね」
「そうしてくれ。……」
「……」
「……」
「……それで、二人とも昨夜は何をしていたのかしら?」
「ぶほっ」
ベフルーズ、汚い。何となくこのタイミングで蒸し返されそうだなと思ってたよ……。女の勘というものは一応働いているのだろうか。
「何もっして、ゲホッ、ない」
「叔父さん、私も何も知識のない子供じゃないのだわ。叔父さんには全く女性とお付き合いしてる噂とか様子とかないなと思っていたけれど――叔父さんが男を好きでも私は気にしないのよ」
「気にして!?」
「いいえ、良い機会だからはっきり言っておくのだわ。叔父さん、私が成人するまでとか、結婚するまでとか、そういう区切りまで叔父さんの方の縁談や交際を控えているのだとしたら――そういう気を回される方が私は気にします!」
おーおー。叔父思いのいい姪っ子ちゃんだなあ。
よかったねベフルーズ。あなたの姪、こんなに健気。
鹿肉サラダ、脂気になるかなと思ったけど全然そんなことないね。サッパリしてて口当たりがいいね。
ドレッシングの酸味のおかげなのかな?微塵切りのタマネギが良い食感を演出している。
「ミャーノ! お前なに他人事みたいな顔してんだ! お前も否定して!」
「いえ、他人事だから黙ってたんですけど……」
「うっ」
「……ミャーノ」
「えっ、はい」
サラに呼ばれては背筋を正してしまう。
「……他の女の人がミャーノのいい人になったらちょっと嫌だけど、お、叔父さんなら、私は、いいわ」
「ダメでしょうそれ」
何を言ってるんですかね、私のご主人様は。ベフルーズの方はもはや頭を抱えている。
「ベフルーズにも私にもそんな気ないですから。彼の部屋にいたのも今日の課題を選んでもらって私がそのまま寝落ちしたからなのです」
「寝ぐせついてたものね。ベッド狭いのに自分の部屋に戻らなかったのはどうして?」
「……たとえば男がサラのベッドで寝てしまっていたら大問題ですが、ベフルーズのベッドの端を借りたところで問題はなかったので……つい、ものぐさで」
実際には端どころかど真ん中でぐっすり寝ていたわけなのだが、そう仕向けたのはベフルーズなのだからベフルーズに文句は言わせない。
「ふーん。私はてっきり、私がミャーノの抱き心地を叔父さんに自慢したせいで、叔父さんが試してみたくなってベッドに連れ込んだのかと思ったのだけれど」
「違っ、確かにフカ……いやええと……」
おい、「確かに」何だ。つっこまないでおいてやるけど。
「分かるわ。リラックスしてる時のミャーノの筋肉本当にやばい」
「違う……違わないけど違うんだ……」
「…………ベフルーズ、そろそろ食べ終わらないと仕事に遅刻してしまいますよ」
色々確認したいことはあったが、知らない方が心穏やかでいられそうだったので、訊かない。
都合上BL回が続いてしまっていてすみません。
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