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6-1.帰り道の相談

 朝食はサラの焼いたパンケーキでささっといただき、火の始末や閉じまりを済ませ、可能な限り早めにシビュラの家を()った。

 帰路において昼食休憩はとるが、その後は一気に街道まで出て、日が沈む前には家に着く計算だ。

 往路では狩りやキャンプ地の確保をしていたから時間をかけた印象があるが、ただ歩くだけなら片道8時間もあれば十分だった。


「王都?」

「ええ、明晩のカルガモ亭での話次第にもなるとは思いますが」

「昨夜ミャーノに、バニーアティーエは王軍勤め多かったって話をしたんだ」

「トロユという『国』を相手取るとしたら、我々の判断だけでコトを進めるのはよくないのではと」

「王軍経由で、政府に話を通そうってことなの? そんな簡単に話聞いてくれるかなあ……」

「――思いつきだけで、言いますけど」

 サラとベフルーズが、「うん」と頷いたのを確認してから口にする。

「私やサラが王軍の騎士や魔導士として仕官して、そこそこの地位につけば、それなりの発言権は持てたりしませんか?」

 大人の社会がそう単純なものではないことは重々承知しているつもりだが――やはり短絡的な思考だっただろうか。サラとベフルーズは思案顔だ。

「……子供っぽい考え方でしたかね、忘れてください」

 ちょっと後悔した。

「ああ、すまん、ミャーノ。違うんだ。お前やサラちゃんを仕官させるっていう発想が俺になくて」

「ええ。叔父さんは畑や学校のことがあるから王都に引っ越すわけにもいかないけど――でも私はそうじゃないわね。もちろん、ミャーノも」

「そ、そうでしたか」

 バカだと気づかれるのは辛い。胸をなで下ろす。

「ちなみに、仕官する為の試験は……やはり難関ですよね……」

「武官――騎士団の方はそうでもないぞ。今の時代、能があるならフリーランスの方がずっと儲かる。倍率は低いってフィルズは言ってた。お前の場合はフィルズ同様『バニーアティーエ』として受けられるし、実技試験の方はきっと問題ないだろうし……一般教養なら一夜漬けでも何とかなるだろ」

 あっ、一番最後が一番不安なやつ。テスト苦手。一夜漬けも苦手。ベフルーズ絶対お勉強できるタイプだ。

「文官側は任せて。私結構自信あるのだわ」

 でしょうね、とベフルーズと顔を見合わせて苦笑いしてしまう。苦笑いのまま、提案を試みた。

「あの、ベフルーズ」

「ん?」

「やはりサラだけ仕官、に訂正を……」

「帰ったら一般教養試験対策しような」

「あ、ああ~~……っ」

 ニッコニコの鬼教師の背中に思わず縋りついてしまう。

 お勉強ヤダーッ! 人生やり直せるぞと言われてもやり直したいと思わなかった理由の一つが「もう一回勉強しないといけない」ことだった私になんたる仕打ち。

「そうと決まればますます早く帰らんとな。おら、ミャーノ、重たい。引きずらせんな」

 本能的にベフルーズの腰に全体重をかけて、少しでも帰りを遅くしようとしてしまっていた。

「ううあ~~~……勉強嫌いなんですう~~~……」

「嘘でしょ、ミャーノ?! 大学まで出ておいて」

「大学に入った後は基本的に興味のあることだけ学んで研究しておればよかったのですよ~! その前までは数学で落第しかけていたのですから~~!!」

「よしっ、数学を重点的にやろう」

「うわ~~~~~~!!!」

「みゃ、ミャーノ……」

「――くっ……ふふふ……」

「叔父さん?」

「くくっ」

 こらえるように笑うベフルーズは、首を傾げたサラの耳に手を添えて、何事かを囁いたようだ。

 私にはその声が届かない。


「いや……フィルズも、数学嫌がってたなと思ってさ…」

「――ああ。ふふっ、やだなあ」


「? なんです?」

「なんでもなーい。家に帰ったら、スポンジ焼いて生クリームたっぷり乗っけて、ミャーノが買ってきてくれた()()でケーキ作ってあげるから、今日から頑張って」

「さ、サラまで」

 軽率に仕官なんて言うんじゃなかった。




「おまえの『苦手』はもう信じてやらねえぞ」

「な……なぜ私はベフルーズの機嫌を損ねてしまったのですか……」

 バニーアティーエ邸の暖炉の部屋で、卓を挟んで、ベフルーズが帰路とは正反対にぶすくれていた。

 ちなみにサラは台所だ。今日は彼女が夕飯を、そしてケーキをこしらえてくれている。

「お前、ふつーに算学も数学もできるんじゃねーか! 全然大丈夫だよ、もう今夜試験受けたって受かるよ!」

 嘘つき!! とご立腹である。


 帰宅して早々、ベフルーズにペーパーテストを受けさせられたのだ。

 小学校で言うところのいわゆる四科目――国語・算数・理科・社会――に分類されていた。

 まず国語と社会に関しては、国語といっても漢字の書き取りがあるわけではなく、長文を短文に要約するパターンの問題が数問あったくらいで、社会といっても歴史と地理の簡単な問題だけだった。歴史と地理の問題は細かい人物や土地の名前の知識が必要ではないものだったので、昨日シビュラの家で夜通し読んだ概史の本の内容で十分事足りたのである。

 理科は、化学と物理がメインだった。私はこれらも苦手なのだが――出題レベルは小学校低学年程度だったのでさすがに。さすがに、大丈夫だったのだ。地球の事情と違っていたらまずかったが、どうやらそこは同じだったらしい。

 問題の、算数・数学の問題。これも、理科と同じで――いや、中学一年生レベルの問題はあったが、「(ゼロ)」や「(マイナス)」の概念は私の所属していた文明と同じものだったし、何より、因数分解どころか二次方程式、二次関数すら用いる必要はなかった。え、微分積分? 残念ながら高校で私立文系コースだった私はそもそも学んでいないです。


 ベフルーズの手持ちの数学の総論の本を見せてもらって「あっ、これとかこういうのです。私がいつまでも赤点取って本当に落第しかけたのは」と苦い思い出を掘り返していると、ベフルーズは本を閉じてその表紙で私の後頭部をこすり、静電気を作り始めた。やめて! 禿げちゃう!

「こんなもんが一般教養に入るか!! 魔術の研究でもしない限り役に立たせる場面すらねえわ!!!」

 あっ、つまり魔術士には要るんだその勉強……。

「ったく張り切って損した。腕が立って顔がよくて頭も悪くないってなんだこいつ可愛くねえ」

 まだプリプリしてる……。いや頭は悪いよ……さすがに小学校のレベルはまだ大丈夫だったことに実はめちゃめちゃホッとしてるんだよ……。


「うわっどうしたのミャーノ頭すごい」

 夕飯が出来たと言って呼びに来てくれたサラには、お好み焼きの上に散らした鰹節のように踊りまくっている私の後頭部をお披露目してしまった。

考えてみたら日本の「国語(現代文)」という科目はなかなか独特ですよね。

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