5-14.待ち合わせの約束
「あれがサゥイェか?」
半馬人が竜人に問う。
槌野郎は二人の傍へ飛び退るように、バルコニーから離れた。
私はバルコニーから降りず、剣は正眼に構えたままだ。
「あの男で相違ない」
竜人が答える。
こっちに挨拶もせず、そっちだけで会話してんじゃねえぞ。
相手の流儀に合わせて、私も挨拶などせずに訊きたいことだけ訊いてしまおう。
「先日、シーリンで我々を襲ったのは貴殿か?」
私は竜人の手首を見たが、左も右もあった。
彼はそれに気づいたようで、右手を掲げてみせる。
「ああ。――悪いな、我が手が無事で」
私からすれば右か左かも知らなかったのに、右手を示したということは、実際にあの時私は彼の右手首を落としたのだろう。「無事」だったのではなく、何らかの手段を使って「接いだ」と見るべきだ。
「此度は影法師でのご登場ではないのだな。乱暴で無礼な訪問がトロユの流儀なのか?」
思わず挑発するようなことを言ってしまう。
この竜人は以前「オジギ亭」の窓ガラスを割って襲撃してきたし、今回だって槌野郎を止めなかったらこの家のバルコニーは破壊されていただろう。
オジギ亭の時とは異なり、シビュラの術による警鐘のおかげで私の注意に油断はなかった。あの時も、気をつけていればきっとオジギ亭をあんなに壊されることはなく――いや、今はよそう。反省はもう、あの晩に済ませた。
今は、目の前の敵三人をどうするかだ。
「サーラー・バニーアティーエが我が国への招待に応じてくれるのであれば、我々もこんなことをせずに済むのだ」
応じさせることができないとあらば殺しにかかってくるような国に、降るとでも思っているのか?
「おまえのような腕の立つサゥイェを使役できる魔術士を失くすのは惜しい」
「――ああ。確かに我が主ならば、貴国の王子を薬物の誘惑から解放することができような」
「――何?」
竜人より先に、半馬人が怪訝な声を上げた。
竜人のほうは半馬人とは少し様子が異なり、低く平坦に訊き返してくる。
「――何の話だ?」
何故だか背後でサラがきゅっと口を噤んだのが感じ取れた。
(ええ、カマかけですとも。この使い魔めに少々お任せください)
私も心の中で話しかける。もちろん伝わりはしないだろうけど。
「まあ、いわんやシビュラ様におかれてはというところではあるがな。主は未だ己の研鑚に時を割くべき時分である。そこはご容赦いただきたい。――それとも」
大丈夫。もしこの予想がてんで的外れだったとしても、この竜人たちには「そうではない」ことは確信できまい。いわゆる「悪魔の証明」というやつだ。
顎を少しつき出し、目を細めてみせながら、言葉を続けた。
「もしや、シビュラ様の診療がかんばしくなく、お困りか?」
槌野郎は半馬人以上にはてなマークを浮かべていたが、私の態度に苛ついたのだろう、その手の大金槌を振りかぶり、飛びかかってきた。
片手半剣の腹で槌の柄を殴り落とす。
さすがにその大金槌で殴られたら私も怪我をするだろうが、いかんせん、槌野郎はガッチリした身体付きではあったが、背の高さは私の胸までくらいしかない。私が少し地を蹴るだけで、その武器は上から簡単に封じることができてしまう。
「その腕を落とさなかったことを感謝してもらいたい」
「下がれ、ニコス」
槌野郎改めニコスは、そう言われても今の私の打撃によって手と足が痺れて動けない様子だった。
「貴殿の名は? 私の名前くらいはもう調べてあるのでしょう」
「ガラシモス」
「どうも。さて、ガラシモス殿。王子の件は、どうなのですか?」
ガラシモスは黙っている。
簡単に名前を明かしたということは、トロユの有名な重鎮ではない可能性が高そうだ。もしくは、偽名。
いずれの場合でもない場合、まさか「どうせ殺すから言ってもいいだろう」なんて間抜けではあるまい。
「我々は、治療を求める病人を見捨てるような人でなしではありませんよ。もし相談事があるのなら、話をするくらいはよいのでは?」
「おい……」
半馬人から戸惑いの気配がする。こちらには揺さぶりが効いているようだ。
「ミャーノ殿」
おや。ガラシモスの中で「おまえ」よりは多少位が上がったようだな。
「其方、ただの力自慢のサゥイェというわけではなかったか。それとも、主殿の受け売りかね?」
「私が筋肉莫迦にでも見えるのなら、あなたは探偵には転職しない方がよろしいでしょうな」
「そう煽るな。褒めているのだ、若者よ」
ガラシモスは竜人なので、彼の年齢はそのハ虫類顔からは私には推しはかれないのだが、壮年以上なのだろうか。
「サーラー嬢を招くことはできないが、彼女の代理で其方を我が国に招き、偉大なる魔女シビュラを説得してもらうということは可能だな」
「説得?」
「先も申しただろう。我々はサーラー嬢をやむなく弑しようとしているだけで、可能ならお招きしたいのだ。我々ではなく、身内の其方にその呪いを解除してもらうよう説得を願うほうが得というものだ」
「こんな夜半に、主らの憩いの時間を台無しにするような者の招きに応じるのは業腹です。このようなこと、わざわざ言わねばわかりませんか?」
「その通りだな。では、明後日の夜、そうだな、シーリンの『カルガモ亭』で平和的に親交を深めぬか」
「……マスター」
さすがにこれに私が勝手に答えるわけにはいかないだろう。ガラシモス達から目を逸らさないまま、背後に確認を取った。ベフルーズとサラが頷き合っているのがわかる。私の後頭部にはいつの間に目がついたのだろう? いや、見えているわけではないのだ。「わかる」だけで。
「……『オジギ亭』みたいに壊されちゃたまらないのだわ。ガラシモス、あなた一人でくるつもりということでいいのかしら?」
「貴女とミャーノ殿がお二人でいらっしゃるのであれば、こちらも、私以外にあと一人、ヒト族の女性を連れてまいりましょう。もちろん、店や街に仇なすようであれば、このガラシモスの首はミャーノ殿に刎ねさせてくだされ。よろしいですかな?」
「良いわ」
「では。――ニコス、コスティス、引き揚げる」
「おまえ、何を勝手に」
「コスティス」
「……わかった」
痺れから解放された様子のニコスは、半馬人――コスティス――と違い何も文句は言わず、むしろガラシモスを追い越す勢いで進んで退散していた。
更新に二日間を置く場合は、今回のようにあらかじめ活動報告にてご報告するようにしていきます。
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