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5-12.ヒツジの毛並みが良くなる術

 唐揚げにされたウズラの肉に、フライドポテトが添えられていた。サラの焼いた平たいパンも、美味しそうなにおいを漂わせている。この弟子たちは、シビュラの家の備蓄を遠慮なく使っていくつもりのようだ。


「夕飯はカツレツにしたのとクレソンのソテーと、ガラスープな」

 小麦粉で少しかさまし効果を出そうとしているのかもしれない。普通に豪華なディナー予定だった。

「収穫量が目標に届かなかったことへの罪悪感が少し薄れました。ありがとうございます、ベフルーズ……」

「これまで獲れてたのがすごいんだから気にすることないのに、ミャーノ」

 銃を使用したわけではないのだから、音によって警戒心を高めてしまったということはあまり考えられないと思っていたのだが。しかし、猟の知識など、しかも弓矢だけの時代の狩りの知識など私にはないので、もちろん言い切れはしない。


「使い魔の本、どうだった? 面白かった?」

 唐揚げをつまみながら、サラが感想を聞いてくる。

「ええ、勉強になりました。あの、半鳥人(セイレーン)鰐獅子(アメミット)といのはこの世界には普通に居るものなのですか」

 街にはトカゲや犬、猫などの特徴を持った人種がいた。いない方が不思議だ。

 私のその疑問には、ベフルーズが答えてくれた。

鰐獅子(アメミット)はもっと温暖な地域でないと生活しづらいそうでこのへんではあんまり見かけないかな…半鳥人(セイレーン)は昔はいたと言われてるけど、今は種としては確認されていなかったはずだ」

「どっちもあの使い魔の本に載ってたわね」

「お前のいた世界にはいなかったのか?」

「ううむ……私の時代にはいなかったと言っても、恐らくは良いと思うのですが……一応いずれも伝説や神話にその名があったわけですし…鰐も獅子も河馬(かば)も現存しておりましたゆえ……否定するのも夢がないかもしれません」

「歯切れ悪いわねー」

 笑われてしまった。

半鳥人(セイレーン)の“キシロナ”、でしたか。彼女が女主人に恋をしていたような記述がありましたが、そんなことまで伝えられているのがなんだか気の毒ですね」

「え、気の毒?」

「使い魔本人からしてみると、やや気恥ずかしいかと……」

 女性同士というのは文化や宗教の問題もあるだろうから、ここでは置いておこう。

「あら、別に悪いことではないのに」

「もちろん、そうですとも。しかし、両想いならともかく、なにやらフラれていたではありませんか」

「あー、気まずいよなー」

「なによう、二人とも気の弱いこと」

 思わずベフルーズと顔を見合わせて、苦笑いし合ってしまった。


「それから、気になったのは、大蛇(おろち)の“ティベリオ”。使い魔の身の内側は虚数空間のごとくであったとシビュラ様やアップル様はおっしゃっていたのでしょう? 思い切り、焼き蛇にして食べられてませんでしたか?」

「ああ、あれね…いいえ、私もその辺はわからないのだけれど。外側の肉だけはあったとかなのかしら……」

「ミャーノ、骨ありそうにしか見えないけどな」

「触った感じは人間の骨格といった感触ですね…あと、心臓や肺もあるようですよ。もちろん身を割ったことはありませんから、この骨や筋肉の感触、肺が膨らんだり心臓が動悸したりは錯覚であるという仮定も可能かと」

 心臓の存在を感じる一方で、摂取した食べ物の消化結果が生理的な側面で発現することはない。


 あの使い魔の目録には、“使い魔が()()で何をしたか”は様々な記載があったが、私が本当に知りたかった“使い魔の()()”となった存在が、元の世界でどうなっているのか”という疑問については一つも回答が得られなかった。


 ――()()は元の世界からしてみれば、平行宇宙というものなのだろうか。

 であれば、私の記憶がぼんやりとではあるものの途切れているのは21世紀初めなのだが、ここの世界がその時期を同じくしている必要はない。

 都子(わたし)()()()で死んだ記憶(おぼえ)はないが、22世紀中ごろにはきっともう死んでいる。

 ()()()()()()()()()()()()()()


 それは何と詮ない問いであるのかと、思考する。


 だが、「ミャーノ(わたし)都子(みやこ)として元の世界に帰り得るのか」?


 ――気がつかないふり、察せられないふりをしていた。「再構成」という名前の、魔術、あるいは魔法。

 “ミャーノ”の()の心は、サラという魔術士のために作られた“葛野都子”の精神の「コピー」、「クローン」、あるいは「バックアップデータ」……


「……ミャーノ?」

「あっ、はい? なんでしょうか、ベフルーズ」

「…いや。夕飯も楽しみにしてろな」

 私の前の皿もまとめて食卓を片づけながら、空けた片方の手で私の頭を、ベフルーズはふかふかと撫でる。

「え。ええ…?」

 思惟(しい)に沈んでいた私は、その思索を中断した。




 予定としては明日の朝ここを()ち、家に戻ることになっている。


 サラはシビュラのベッドを使おうとシーツを勝手に交換していた。ちなみに、シビュラ達がいたころは、彼女が泊まる際どうしていたかというと、リビングの長椅子で寝ていたらしい。なお、弟子が二人以上泊まったことはなかったそうだ。

「ベフルーズもアップル様の寝台を借りては?」

「いや、俺はアップルに怒られそうだからいいや……」

「でも叔父さん、リビングも長椅子は一つしかないけれど」

「あ、私は床で問題ないですよ」

「……いや、庭にテントはって、そこで寝ることにする。おまえも一緒でいいだろ」

「はぁ、私は構いませんが」

「えー、じゃあ私もテント!」

「だめ!野営ならともかく、サラちゃんは別に寝なさい!今朝叔父さんがどれだけ肝冷やしたと思ってんの!」

「えー」

「まあまあ、サラ。きっとシビュラ様のベッドは私よりふかふかですよ」

「そうだろうけどお」

 サラはベッドよりもふかふかに違いないだろうけど、という実体験は、無論口にしない。


「さて、気になるのはこれですね」

 サラが「一ページ足りていないのではないか」とした、「羊毛(ウール)用のヒツジの毛並みが良くなる術」と思われる一連のパピルスである。

 他の「揃っている」と思われたものは「米櫃(こめびつ)に虫をわかせない術」「咽喉(のど)()れをひかせる術」「ゆで卵の調理において黄身の具合を調整する術」という完全に「ああ、困ったから開発したんだな」と思われる内容だった。

「羊のだけ、師匠の家で使うものではなくて、どこからかの依頼で研究してたということもあるかしら?」

「攫われた場所がこの家だったとしたら、その1ページだけを握りしめてったてのもよくわからんな」

「………」

 ふと思いついたことがあり、二人に確認を願う。

「あの。サラはなぜこれがそういう術だとわかったのでしょうか? ――抜けている内容の見当がついているのなら、それも教えていただきたい」

「ん? うん、えっとね――」


 卓上に並べられたページは3枚。

【1】毛根の大きさを整える

【2】日に()けにくくする

【3】<紛失>

【4】歯が痩せるのを防ぐ


 これで何でサラが「羊」という主語を断定し、そして私が納得したのかといえば、1ページ目に可愛い羊の絵が描いてあったからだ。可愛い、と言ったが、割と写実的なものである。もこもこした、毛刈り前の羊である。

「術式の手順として無いのは2枚目と3枚目――正確を期せば4枚目というべきね――この間だというのはわかるのだけれど、抜けている内容についてはピンとこないのよね」

 手順3以外の内容だけで、十分羊毛(ウール)は上質なものになるから、と言う。

 2の日灼けを忌避するのはなんとなくわかる。せっかくの毛を傷めてしまうことを防ぐためだろう。

 1や4により何がよくなるのかと聞くと、「毛の細さや長さを揃える」「餌を食べる力を衰えにくくさせる」ことができるとのこと。

 羊の絵がなかったら、単に人間の老化現象を防ごうとしているようにも解釈できる内容である。

 羊の絵以外に、2ページ目の右下に花の絵があった。ただ、私は植物に明るくないので、これが何の花かはわからない。

 私はその絵を指差しながら、先程の「思いつき」を口にした。

「……アルカロイドなどの毒に関する方策の可能性はないでしょうか?」

「あるかろいど?」

「『アルカロイド』という物質はご存知ですか? もしくは、ケシから作られるモルヒネや、コカから作られるコカインは? 紅茶やコーヒーに含まれるカフェインもアルカロイドの一種だったはずです」

「ああ。モルヒネやコカインはあるぞ」

毒豆草(ダーリンピーズ)が羊を自殺に追いやる、と聞いたことがあります」

「えっ? 動物が自殺?」

毒豆草(ダーリンピーズ)には中毒性のある物質である『アルカロイド』が含まれており、それを羊が食べてしまった時……そうした羊は麻薬中毒患者のような状態になる、と。私が聞いた例だと、集団で頭を木や岩に打ちつけて死んでしまったそうです」

「へえ。集団飛び降り自殺とかなら聞いたことはあるが……」

「この場合、ギンコトキシン等でも毒は毒なのですが、麻薬の場合は死に直結はせず、『()()()』に見えるだけの段階があります。逸失(いっしつ)された3ページ目がそれに対する方策だと仮定すると……」

 これはただの思いつき(ブレインストーミング)。だけど私の中でこの仮定は妙な確信があった。


「トロユの王家関係者が薬物中毒に陥ったが故に、シビュラ様が必要だったのでは?」

作者は専門家ではないので色々あやしいと思います。参考にしないでください。

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