5-9.コロールの魔術大系
コロール氏により定義されていた“魔術の大分類”はこうだ。
・智慧接続
・救命医療
・武力行使
・精霊会話
・国土防衛
・精神操作
まず、「精霊会話」には、水で物を洗っていたサラの≪アブー・アブー≫やベフルーズに毎晩行使してもらっていた≪ドァーク≫があたるようである。分子、元素は精霊によって構成されていると考えられており、風、水、火、土といった元素は、精霊へお頼み申し上げることで、魔術使用者の意図する働きを起こすことができる、とあった。
次に、「国土防衛」。これは小分類なのでは?と思ったのだが、コロール氏は領土――居住地や、農地や、牧場――の確保は、優先事項であるとしていた。確かにそうだ。これは防御結界の術が該当しそうである。
しかし魔物避けや獣避けの術は、「精神操作」に該当するようだ。また、サラやベフルーズが「魔術に対する抵抗・耐性」と言っていたものもここになる。睡眠導入や鎮静なんかもここに分類されている。
さて、「救命医療」は、これまで行使しているところを見た例はない。いわゆる治癒魔術だろう。サラは“真っ二つになった身体くらいなら繋げられる”と言っていた。それはここだろう。
よくわからないのが「智慧接続」。“根源”にアクセスすることで、どんな叡智も思いのままに識ることができる、と言っているが――うさんくさい新興宗教のコピーのようだ。世界記憶とか、そういう話なんだろうか。
最後に「武力行使」。これは、矢の魔術や伐採魔術、槌打ちの術、といったものが並んでいた。基本的には狩りや刈り、農業に従事するにあたって便利そうな魔術の例が並んでいて一瞬疑問に思ったのだが――ああ、そうだ。狩猟具や農具というのは、戦のための武具としても威力を発揮する代物であった。
「コロール氏の分類で考えると、呪いは『国土防衛』に加えて『救命医療』の魔術もありうるかもしれません」
「救命医療? 体調を崩させる呪いみたいなものは術士本人に悪影響が出るし、かといって私に治療をするってどういうこと?」
たしかに、コロール氏の本にも、救命医療は「毒になるほどの医術」は術師に報いとしてデメリットが発生すると注意書きがあった。薬はいいが毒はダメだと、救命医療を司る魔神が制約していると。
「サラへの作用であることに固執することはありません。たとえばですが、『救命医療』だけで、『サラとシビュラ様を近づけさせない』ということもできるのではありませんか?」
「うん?」
ベフルーズもサラもピンとこないという顔をしている。
「シビュラ様は、まずトロユの王に『シビュラ様から一定期間ごとの施術を受けることで腸の調子が良くなる』という術を組んだとします」
もちろん、この「王」の部分は直接かかわっている重臣とか、彼女を攫った責任者でもいい。そして当たり前だが、無論、腸でなくていい。
「で、相手にはこう言います。『お前が私から離れるか私を害するかした時、お前は一生腹を下し続けた揚句死に至るという呪いをかけた。私は大魔女であるから、報いなどなしにそれが出来るのだ』とか、なんとか」
「お師匠様が悪役みたいだなあ」
「すみません、ご本人にお会いしたことがないので口調は再現できないのです……」
「でも、それでは離れたとしても体調が悪くなるわけではないわよね」
「『体調を崩した実績』が生じれば良いのですよ」
例に出した消化器官なんて、簡単に調子を崩してしまうものだ。ましてや、相手から脅されていたら神経性の胃腸炎になんて簡単に陥るだろう。
「その信憑性を植えつけることができた辺りで、次の段階として、そうですね…たとえば『相手の吸入する空気の圧や酸素濃度を高くする』という術を相手に施すのはどうでしょう。そして『私を拐かすのみに飽き足らず、我が弟子を巻き込もうものなら、即座に殺してやろう』と言えば良い」
これなら、シビュラを殺すことはできず、且つ、サラを攫うこともできない。
酸素カプセルの要領なら、高気圧酸素治療の範囲のはずだが、これを何の予告もされず喰らったら不安になるはずだ。
「師匠完全に悪の親玉のセリフ回しじゃないの……」
「す、すみません」
「でもそれなら、『トロユには立ち入れない呪いがかけられた』なんて言い方するか?」
「呪いをかけられた人物と、サラを襲うように命じられた人間が別ならば有り得ます」
「――そうよね。かけられた人がいなくなった方が都合がいい人物はきっといるのでしょうから、師匠を殺せばその人物も死ぬと知られたくはないはずだわ。そして、かけられた人は師匠をも守り通さねばならなくなっている」
「あくまで、手段としてこういう方策も採り得るというだけです。我ながらもう少しマシな手段があるだろうとも思うのですけれど……」
「ミャーノが怖い……」
「まさか病気でない奴に救命医療系列の術で脅しをかける方法を思いつくとは……」
「えっ、なんですかその目はお二人とも!」
心外だ! そもそも私に魔術は扱えないのだから私にそんなことはできないのに!
そういう意味の訴えを行ったが、「お前が味方でよかったよ」と言うばかりで訂正はしてもらえなかった。
魔術設定回その2でございました。
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