1-5.主従、舌鼓をうつ
街の入り口は埃っぽい石の壁が続いていたが、2分も歩くと明るいレンガの色が増えてきた。
商店街らしき屋台が並ぶ通りにはヒトの姿がいくつもあった。
その中には、二足歩行の犬や、トカゲもいる。服も身に着けていた。
獣は裸で連れていける、ようなことをサラが言っていた気がするから、彼らは彼女が言うところの獣類には分類されないのかもしれない。
「ミャーノのところにも街はあったでしょ?お店とかは?」
「ええ、ありましたよ。生産も流通も、星の歴史上かつてないほどに発展していたと思います」
妙な言い回しになってしまった。というか、私は元来こんな話し方をしてはいなかったと思うのだが、どうも翻訳したような――そうか、翻訳されているからこんな仰々しい話し方になっているのだろうか?
「そりゃあ、自分が生きている時点が一番発展しているものと思うのではなくて?」
「そうとも限りません。実際、暗黒時代のようなものがあったと聞いています。それまで水準を更新していた文明が、衰退して一転、文化レベルが地まで落ちるということはままあったようです」
中世ヨーロッパよりも、古代ローマ時代のほうが衛生的だったとか、そういう話だ。
氷河期だったり戦争だったりの影響で、それまで当たり前だった生活水準が文明単位でなくなってしまう。そんなことも思い出した。
地球の裏側からはるばる物資が運ばれて庶民が利用するマーケットに並ぶし、通信は数秒も待たず完了する。そんな文明は、当たり前ではない。当たり前に利用していたが、それまでの歴史を鑑みれば当たり前のことではないことは理解していたつもりだ。
目の前に並ぶ屋台は、蚤の市を彷彿とさせた。
屋根のある店は祭りの夜店を、茣蓙を敷いてその上に品物を並べている店は素人のフリーマーケットを思い出す。
日本よりは、欧州の蚤の市の雰囲気に近い。もっとも、実際のヨーロッパは、観光旅行でフランスやイタリアくらいにしか行ったことはないのだが。
「…?サラ?」
「ん?ああ、あのね。マスターは使い魔の記憶を読み取ることができるって聞いたんだけど…特に何も伝わってこなかったのよね…」
サラはそう言いながら、私の背中に当てていた手を離す。
「それは背中に手を当てるとできることなのですか?」
「身体に触れるって聞いた気はするんだけど」
私はサラの手をとって道の脇に身を寄せると、少しだけ身をかがめてサラよりも低い位置に頭を持っていき、彼女の手を後頭部に添わせて囁く。
「記憶を読み取りたいのであれば、こちらでは?」
「はわ…ば、ばか!」
「あいた」
繋いでいないほうの手で額をはたかれてしまった。
「何か見えましたか?」
「何も見えなかったわよ」
「そうですか…」
残念だ。私はうまく説明できないから、見てもらう方が早いと思ったのだが。
でもよく考えたら街並みの記憶以外が読み取られたら、恥ずかしい記憶もあるかもしれない。見られなくてよかった。
「でも、あなたにやましいところがないというのはわかった」
「そうですか」
サラが嬉しそうに言うので、私もなんだか嬉しかった。
「ほら、マーフさんの食堂はこの先よ」
「さっき定食が羊肉と聞いたところですね」
「マーフの羊肉料理はなんでも美味しいのよ。使い魔って味わかるのかしら?せっかくだから味わってもらいたいわ!」
「私の民族は世界的にも食べ物に執着があることで有名なところありましたからね…味覚はぜひあってほしいところではありますが」
「食べ物に執着しない生き物はいないと思うのだけれど、それはもしかしてグルメという意味で…?世界的にそれで民族が有名って相当じゃない…?そこまでの自信は悪いけれど、街の食堂にはないわよ…」
若干サラが引いている。冗談のつもりだったのだが。
しかし、そういえばこういう異世界モノでは、現地の料理はいわゆる「飯がマズイ」のが定番だった気がする。不安になってきた。
「これは美味しいですね、サラ!美味しいです!」
「ああ~~よかった…ッ!!」
横に座ったサラが突っ伏さんばかりに安堵のため息をついている。
おそらくマトン肉がタレで甘辛い味付けをされているものだった。うるち米というよりはタイ米とクスクスを混ぜたような食感のライスと、ジャガイモのような根菜らしきものが添えられている。香辛料のいい香りがした。
飲み物は水ではなく、エールのような酒だった。
サラも平気で飲んでいるから、ここではこのエールが水代わりという飲料事情なのかもしれない。
「お気に召して何よりさ。ええと、ミャーノだったかい」
「はい、ミャーノと申します、マーフさん。タレがじつによくしみていて、柔らかく仕上がっていて、丁寧な料理です。誠実な人柄を感じますね」
「な、なんだい褒めごろしだね。しょうがないねえ、このピクルスはサービスだよ」
「えー!マーフさんのピクルス?!ずるい!メニューにないよね!?私にも頂戴!」
「はいはい、紹介料代わりだ。アンタも食べな」
「やったー!でかしたミャーノ」
「有難くいただきます。……。――!程よい酸味でこちらも美味しいです!」
「美味しいよねー」
「いやあそれにしても、はとこなんて似ないもんだと思ったけど、アンタたち『美味しい』って言う顔はそっくりだね。本当に親戚なんだねえ」
「えっそうなの?」
「はぁ、自分の顔は見れないもので…」
ライスはそんなに好みではなかったが、ピクルスと併せると口内で絶妙な旨味がじんわりと広がることに気づき、その食べ合わせにも夢中になってしまった。サラよりも先に平らげてしまった。お腹も舌も満足だ。
「料理人としては冥利に尽きる健啖ぷりだね。ミャーノ、サラちゃんがメシ食わせてくれない日はウチに来たらいい。アンタの男振りと食べっぷりなら客寄せにもなりそうだ」
「ええー。私は?私は?」
「ウチは肉体労働系の客の方が多いからねえ。ほら、見てみな」
マーフが示した先を見ると、先ほどまでそこそこ空きがあった店の中がいつの間にか満席になっていて、着いたばかりの客は今日の定食を注文していた。
自分たちが着いていた席は店の外が見えるカウンターだったので店の中の様子には気づいていなかった。
「イイ男が美味しそうにパクパク食べてる様子っていうのは何よりの宣伝みたいだねえ」
店の外が見えるということは、道から丸見えだったということでもあったのだ。なんだか恥ずかしくなってきた。
鏡はまだ見れませんでした。
先にごはんの方が重要だったようす。
2018/3/2:横書きWeb小説だしと思い文頭空白つけてなかったのですが、つけました。