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5-7.魔女の家

 たき火をしていた場所はここ。星空を見上げた場所はここ。

 少し古ぼけたログハウスの、無愛想なバルコニーに昇降するための階段はまだ朝露に濡れている。

 バルコニー前の裏庭には、たき火の跡はなかった。


「ミャーノ、どうかした?」

「……サラ、ベフルーズ、ここにいたのは『ミナ』という魔女ではなく、シビュラ様なのですよね……?」

「ミナ…? ええ、師匠の名前はシビュラ――」

「――いや。お師匠様の前にこの森の主だった魔女ならいる」

「……え? 叔父さん、“偉大なる魔女ミネルウァ”のことを言っているの?」

「ミネルウァが『ミナ』なら呼び名としては普通じゃないか」


「ミネルウァ――」

 サラたちが口にしたその名を己でも復唱する。

「…あの、それは『王女カトレヤと鈴蘭の騎士』の、魔女ですよね…?」

 私が与えられている部屋の前の主・フィルズの蔵書と思われた、あのお伽噺(とぎばなし)の。

「そうね。ああそうか、叔父さんの――フィルズ叔父さんが好きだった本だわ」

「はい…机にあったので。勝手に読んですみません」

「それは全然いいけれど――『ミナ』なんて呼び方はされていないのだわ」

「翻訳の影響で変になったとかか?」

「いいえ」

 またおぼろげになっていく夢の記憶を、必死にかき集めながら言葉を紡ぐ。

「ミネルウァという名は本で知りましたが、ミナという魔女と()()()を見たのは、昨夜(ゆうべ)の夢でです」


 ()()()()()()に入れてもらい、リビングのテーブルに座らせてもらう。

 サラ達は勝手知ったる師匠の家として、とりあえず茶の用意をしてくれた。

「落ち着いたか?」

「……はい」

 紅茶の香り高い湯気を肺深く吸い込むと、ホッとする。

「小麦粉や砂糖なんかは残っていたから、シナモンクッキーでも焼いてしまいましょうか」

「いいな、それ。砂糖はともかく小麦粉は使っちまっても怒られねえだろうし」

「そうよね。ミャーノはシナモン平気?」

「はい、シナモンも好きです」

「じゃあ、ちょっと待っててね」

 様子のおかしい自分をなだめるために、気を遣ってもらってしまっているのが申し訳なかった。

「ベフルーズ。寝ている間に見る夢というのは自分の知らないものを見ることができるものではないですよね? ――少なくとも、私のいた世界の研究では、そういうものでした」

「……お前のところの『夢』はどんなものだと言われているんだ?」

「その日一日、起きていた間の記憶を整理する…取捨選択…()()ものは残し、瑣末なものは…記憶の外へ追いやる…そんな脳の機能の副産物だと……」

「予知夢とかはなかったのか」

「私の世界では、オカルト扱いです。――お話したことがある通り、私の世界では『神秘』は肯定されてはいないので」

「だけど、神はいたんだろ?」

「概念は、存在していました。…しかし、神という『人格』は、私は認識していません。私にとっての“神”というのは、自然の恵みだったり、災害だったり――人の縁だったり、大衆による流れだったり、そういうものです」

 私と違っておそらく一神教の信者である、ヨーロッパの哲学者すら「神の(インヴィジブル・)見えざる(ハンド・オブ・)(ゴッド)」という命名をしていたのだ。そんなに突飛な考え方ではないと思いたい。

 まだ紅茶は温かかった。一口飲んで、黙る。


「……この世界でも、予知夢っていうのは殆どが眉唾もの扱いだよ。俺は、本当に予知夢を見ることができる能力は存在しているとは思っているけど」

「…………」

「でもな、『過去視(サイコメトリー)』は実証がある」

「サイコメトリー?」

「その遣い手はサイコメトリストって呼び名があるくらい、ちゃんとした魔術だ」

「サイコメトリーとはええと…人に触れてその考えを読み取るとかそういう…?」

「ちょっと違うかな。人でも物でも、その思念を読み取ったり、読み取らせたりできるんだ。どれくらいの深度でそれができるのかは、その人のレベルに()るんだが」

 私は頷いて、理解したことを示す。なるほど、つまり。


「私の見た夢は、この森の記憶である可能性がある――ということでしょうか?」


「あくまで、俺の見立て、だけどな」

「いえ、それなら納得できますし、――安心、します」

「安心?」

「私は、やはり生身ではありませんから。私が私である拠り所など、記憶くらいしかないではありませんか」

「ああ、そうか…」

「……ベフルーズ?」

「いや。サイコメトリーっていうのは主体的な魔術なんだが、その主体が…ええと、生命体?とも限らなくてさ」

 ベフルーズは、私にも理解できるように噛み砕いて、言葉を選んでくれているようだ。

「この森が、ヒトではない――()()()()()()()()()()()()()に『見せたい』と考えたのかもしれない」

「“この森”が? サラやベフルーズがあの光景を見ていないのなら、私をピンポイントに狙ったと?」

 自然というものには意思があり、行動する。

 ベフルーズが言っているのはそういうことだ。

「正確に言うと、この森に残っていた――偉大なる魔女ミネルウァの残留思念とか記憶、それをお前に、何か伝えたかったか、託したかったか……(うま)く言えなくて、悪い」

「いいえ、ベフルーズの言いたいことはわかる気はしています」

 しかし。

「ですが、私の夢の視点は、ミネルウァ――ミナを見ていた人物のもの。これは間違いありません」

「ミナ、と一緒にいた奴の視点ってことか? そいつの名前や特徴は?」

「――すみません。そこは今思い出せないのです……ただ」

「ただ?」

「…………自分でもどうかと思うのですが、おそらくミナの手料理のチーズクリームシチューを食べていて……それがとても美味であったことは覚えております…………肉は、そう、チキンでした……」

「………………森は人選を誤ったな」


 私もちょっと、そう思う。

ミャーノというか都子の宗教観は21世紀の人間というよりも「無宗教の日本人」の想定で設定しています。

でも無神論者には成りきれなくて、精霊的なものは肯定したい夢見たい、そんな日本人っぽさ。


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