5-4.森の中ごはん
「よし、塩取ってくれ」
「どうぞ。…ベフルーズのカバン、重くなかったですか? よければ私もいくらかお持ちしますが…」
塩、胡椒、唐辛子、ソース、砂糖、包丁、小さめのまな板、底が深めのフライパン……どこでもサバイバルできそうだ。
「いいよ、テントと毛布はお前に持ってもらってるし」
体積は圧縮されても、重さは変わらないようで、テント用の棒やピンが金属な分重量はあった。
ただ、150ポンドのクロスボウを引けないベフルーズと、180ポンドのクロスボウを軽く引けるこの身体の膂力の差を考えたら、私が全部持ったっていいくらいだ。
アユのわたをさっと処理すると、頭はそのままに、踊り串をした。しっかり塩をまぶす。
て、手早い。やっぱり彼の“メイン・ジョブ”は料理人で間違いない。
「≪アーテシュ≫――紅蓮の児よ」
しかし、彼は魔術士であった。
サラが集めておいてくれた枯木の小枝が、オレンジ色の火をまとう。
ガスも炭も、もちろんライターも要らない、お手軽火起こしだ。羨ましい。
いや。
(サラもベフルーズも何でもないことのように魔術を遣っているけれど、その習得には並々ならぬ努力があったのだろうな……)
ついぞ大した努力をしてこなかった私が、羨むことすらおこがましいのは分かっているつもりだ。
「叔父さん、クレソン一杯あった。あとホロムイイチゴとコケモモとってきたよ」
「おう、じゃあクレソンはスープにするか。ミャーノ、ザックの右ポケットに入ってる巾着からキューブ一つ出してくれ」
「これは何ですか?」
「ブイヨンを収納魔術で固めたやつ。湯で戻すんだ」
「なんと……」
20世紀の叡智が、異世界の魔術で再現されていた。
「≪アブー・アブー≫――洗え」
クレソンについていた泥は、サラの魔術で綺麗に洗い落とされてた。
――便利だなあ。
アユの塩焼きに、クレソンのコンソメスープで小腹を満たす。ホロムイイチゴとコケモモで後味もさっぱりとした。
「この後、三時間くらい歩いたらいつもキャンプしてるところに出るからね」
「はい。この森、とても深いのですね」
「キャンプ地からはすぐ師匠の家よ。師匠の家は、森としては真ん中あたりになるのだわ」
「トロユが簡単に攻めてこられないのは、この森のおかげみたいなところがあるからな。俺たちはさすがに迷わねえけど、キーリスにもトロユにも、この森を歩ける人間はほぼいないと思うぞ」
シビュラの家を調べるのに、夜中に着いてもしょうがないことを考えると、実に計画的なスケジュールと言えた。
それにしても、“この森は難しい”とはいえ、実際にサラはシビュラの家の敷地でトロユの手先に襲われているのだ。油断はできなかった。
野営地でテントを張り終えると、ベフルーズは再び私をタンパク質確保に駆り出す。
ウサギか鳥、もしいるならイノシシもいい、と張り切っていた。
「さて、獣避けの術は解くからな」
テントで留守番しているサラは、獣避けと魔物避けの術を一人で展開済みだ。昼もそうだったらしい。
昼の清流と違い、結構な距離を離れることになるため、少し心配だったのだが、通信魔術でお互いの状況は頻繁に確認しておくから問題ないとのことでった。
「…もう解除されました?やはり違いが全くわかりません」
「ま、俺とサラがわかってるから構わんだろ」
通信魔術に次ぐ疎外感に嘆きつつも、私は腰のクロスボウを取り出した。鐙で固定し、弦を張る。矢をセットして、右手に持った。すっかり慣れたものである。
「やっぱ巻き上げ式よりかっこいいよな~」
「ベフルーズも使えるようになればよろしいのに」
「うるせえ。いいんだよ、俺は。矢の魔術があるんだから」
「サラと同じことをおっしゃる」
正確には、サラは別にクロスボウを使いたがったわけではないのだが。
「ぶっちゃけ、俺の矢の魔術は命中率高くないから頼りにはすんなよ。今晩の肉はお前のクロスボウ頼みだ」
「なんと、責任重大ですな」
おどけてみせる。
「では、ここからは静かに参るとしましょう」
「オーケー」
一時間ほど、身を潜めながら直径50メートルくらいの範囲を探索する。
遠くから鳥の啼き声は聞こえてくるが、近くはなかった。
私はともかく、ベフルーズにはそろそろ休憩が要るかもしれない。
音や気配を察知するための集中力もさすがに切れるだろう。
「……少し休まれますか?」
やや身を寄せ、可能な限りの小声で、ベフルーズの耳元へ話しかける。
「……ん…っ?! …あ、俺は、大丈夫だけど?」
「私は殆ど疲れを感じないので、ベフルーズの調子に合わせます。言ってくださいね」
「わ、わかった」
ベフルーズはやや紅潮して、額にうっすら汗を滲ませていた。
気を遣って、「大丈夫」などと言ってくれているのだろう。サラを待たせていることは確かなので、申し訳ないがこのまま強行軍とさせていただこうか。
「……!」
草の中にその姿があった。木の枝に生っている実をついばんでいる。
鳥だ。キジか、ウズラか?
ベフルーズに指で示してみせると、彼ははっきり頷いた。
音がしないように安全装置を外して――喉元を穿った。
ばさばさとのたうち、ほどなくしてもんどりうつ。
「すげえな、お前」
呆れたようなベフルーズの声を背中に、キジに近寄り――大きかったから、ウズラよりはキジだろう――首を押さえた。更に、膝でキジの体躯を押さえ込む。
「ベフルーズ、血抜きと止めをお願いします。食材としての処理はお任せしたい」
「よしきた」
ベフルーズもそのつもりだったのか、既にナイフを取り出していた。
血抜きと解体を身につけたら、猟師として生きていけそうな気がしてきたな。
「いやー、サラちゃんがずっと、ボウの腕前すごいすごい言ってたのわかったよ」
「でっしょー」
なぜかサラが鼻高々である。いや、使い魔が褒められているのだから、主人としては当然の態度ではあるのだが。
ベフルーズは、昼にサラが摘んでいたコケモモでソースを作ってみせる。
チキンステーキといったていだ。
「ん~、キジ肉久しぶり」
「アップルがよく狩ってくれてたからなあ」
弓の名手は、優れた狩人のようであった。
「こちらのシイタケも、味がよくしみていて美味しいですね…」
キジのガラを煮込んでメインの出汁とした濃厚なスープでたっぷりと煮られた山菜ときのこのスープがこれまた旨い。
「キジもこのスープも、酒が欲しくなる味です…」
「ミャーノ、結構お酒好きよね?」
「美味しいモノはなんでも好きですから。美味しい料理で飲むお酒ほど、贅沢な酒はありません」
これは持論だが、いい酒の良さはやはり、料理と共に飲んでこそ、だ。
「……一応ちょっとは持ってきてるから、水割り一杯くらいならいいぞ」
「いえ、飲みませんよ?! この森での調査を終えて帰るまでシラフでおりますよ!」
「あはは。叔父さん、料理褒められて嬉しいのよ」
「ミャーノもサラちゃんも食わせ甲斐があって、俺としては冥利に尽きてるんだわ……」
「え、私も? そんなに食べ盛りじゃないのだわ」
「たくさん食べるかどうかじゃなくて、うまそうに食ってくれるかどうかってことだよ」
「……」
お母さんみたい、というセリフはスープと一緒に飲みこんだ。うむ、身体が温まる。
この三人、調味料が尽きるまではずっと森で暮らしていけそう。
次は久しぶりにサラのターンです。久しぶりって…